甘い吐息を噛み砕く

半年ぶりくらいだろうか、その日は久し振りに南海生物が陸にあがってきた。八人将のうちのジャーファルとマスルールが彼らの何倍もあろう南海生物、アバレウツボを仕留め、仕上げにとシャルルカンが器用な剣さばきで盛り付ける。それはシンドリアの観光名物でもある謝肉宴と呼ばれる宴の始まりだった。前述した通り恐らくそれは半年ぶりほどで、誰もが酒の溢れる杯を手に騒ぎ声をあげていた。


「久し振りにいっぱい呑めるー!」
「…すぐに酔っ払うだろあんた」


周囲の喧騒にまぎれて高々と酒の注がれた杯を掲げ一息で飲み干した彼女、名前もまたこの謝肉宴を待ち遠しく思っていた。といっても彼女の場合ただ酒が呑めるという点においてだけではあるが。隣に座る正しく筋骨隆々と表するべき赤髪の彼、マスルールはなみなみと酒を注いでは飲み干す名前を見下ろしながら自身もごくりと喉を鳴らした。きゅうと喉を柔く締め付けるような感覚にぼんやりとうまいななどと考えていれば、早くも潰れる声を聞いた。


「はああしあわせえ」
(はや)
「やっぱりシンドリアのお酒はおいしいねえなんでかなあ」


陽気に笑う名前はばしばしとマスルールの肩を叩きながら酒をあおる。彼女は確かに無類の酒好きではあるが、残念なことに酒に強いほうではなかった。微酔い気分になると必ずと言っていいほど幸せだと笑うのだ。それは間違いなく酒が呑めることに対してだと、彼はいつも隣で付き合いながら思っていた。
――それにしても今夜はやけに機嫌がいいらしい。彼女は大抵の場合謝肉宴、しかも酒が入ると上機嫌になる質だったが、今日はそれに拍車を掛けて笑い上戸である。
ふふふといつにないほど唇を緩めてこちらを向く名前のせいで、身体中が火照ったような気がした。


「マスルールが隣にいるからだねえ」


テーブルに頬を付けながらにまにまと笑う名前は、したったらずな口調でそう言った。危うく気管に入りそうになった酒を小さく咳き込むことでなんとか呑み込み、はあと生返事で返す。酔っ払いのうわごとに真面目に付き合えば、馬鹿を見るのは分かり切っている。どきりとした心臓を久し振りの謝肉宴の空気のせいだと押しつけた。
ちらりと隣を盗み見れば、広場の中心で焚く炎に曝した肩を赤く染め、いつもは見えない白い肌の続きが異様に眩しく見えた。――空気に、呑まれているだけだ。彼は唇のピアスを親指で押し、そのわずかな痛みにめくり落ちていきそうな思考を繋ぎ止めた。
しゃらんと彼女の髪飾りが揺れる。ぱちりと瞬きを一つすれば、ふわりと香る匂いに目を細めた。


「なあんか髪と一緒な顔してるよー?」


ぐにぐにと名前の指先が頬をつねり、彼女は不思議そうに小首を傾げた。その唇からもれる甘ったるい酒の香りに息を詰めた。
――明日になれば、彼女は頭痛とともにどんな言葉を呟いたかも忘れてしまうのだろう。頬が熱い。触れた指先がじりじりとやけるような気さえした。


「名前」
「なあに?」


ひらりと音を立てて何かが落ちる。マスルール、とか細く吐いた声も息も全部を飲み込むように、赤い唇に噛み付いた。

翌日、名前はやはり頭痛に悩まされながらも廊下で俺に会うやいなや赤面した。
「おおおおはよう……!」
(……覚えてたか)