※薄桜鬼連載夢主×沖田です。
一人称は"俺"となっておりますが、性別は女性です。
井草の匂いが鼻を衝いた。それはとても優しくて、懐かしくて。
そんな揺らいだ心を映すように、蝋燭の炎はぐらりと震えた。
相部屋の原田は、どうにも抜けられない仕事があるらしく、今晩の見張りは別の人がするらしい。逃げる気などさらさらないというのに、毎日ご苦労なことだ。
毎日毎日、することもなく畳の上で雑魚寝をして、夕飯を食べにくる千鶴に起こしてもらい、二人だけで静かに食事を済ませ、最後に薄い布団に身を沈めて一日を閉じるだけの日々。
そんな中身の薄い毎日を、あと何度繰り返せば変化は起きるのだろうか。いや、何か大きな変化を期待しているわけではない。ただ少しだけ、この身を切るような寒さに嫌気がさしただけなのだ。
――淋しくなんて、ない。
俺はわざとらしく眠いなあと零して、込み上げそうになるそれをあくびの所為にした。
「随分と大きな独り言だね」
薄い月明かりに照らされた障子にわずかに映る影。それは室内の蝋燭の明かりにかき消されそうで、気配など気付きもしなかった。
心臓がびくりと飛び跳ねる。
別にやましいことなどしていないのだから堂々としていれば良いのだが、この薄暗さにほんの少しだけ非科学的なものを思い起こさせたのだ。
俺は少しだけ上ずった声を隠すように、短く答える。
「……いたんですね」
「うん、割と前からずっとね。静かだったから、死んでるのかと思ったよ」
「……勝手に殺さないでくださいよ」
思わずこぼれたため息で、今まで押し遣っていた憂鬱さが顔を出す。
監視されることも、自分の死も、全てが不自由で酷く軽い。
俺の鬱々とした空気を感じたのか、彼は少しだけ声の調子を下げた。
「――もう限界? なあんだ、もっと意地っ張りで頑固だと思ってた」
その言い回しに顔が引きつるのを感じて、障子に背を向けるように寝返りを打つ。蝋燭の明かりも届かない暗闇が、其処にあった。
「限界なんかじゃない。――沖田さんなんかに、分からないですよ」
そう零してしまってから、顔が熱くなるのを感じた。
なんて馬鹿なことを言ってしまったんだ。それではまるで、わかってほしいと駄々をこねる幼子のようではないか。自分には、誰かに分かってくれと叫ぶほどの理由も何もないくせに、どうしてこんな言葉が口を突いてしまったのだろう。
俺はばっと勢い良く起き上がり、頭を振った。
「っ、原田さんの部屋って、すごく寒いんですよ! 北向きだから風がもろに入ってくるし、日も差し込まないし! 一日中部屋にこもりっぱなしの寒さなんて、分からないでしょう?」
我ながら苦しいものだと思う。それでもこの露呈してしまった己の弱さを、ましてやあの沖田などに曝してしまうことは何にも変えがたい屈辱だった。
この陳腐な自尊心は、誰かに寄り掛かることを酷く嫌うから。
「ああ、なんだそうゆうこと? 僕はてっきり……帰りたいのかと、思ったよ」
どきりとした。その思いを、嘘だといってしまうほど強くない。
けれど、これが自分の望んだ結果だと無理やり押し込んで丸め込んだ本音の裏側に、確かに、ひっそりと在った感情。
「帰りたいなら帰りたいって、ここから出してって言えば、土方さんも考えてくれるんじゃないかなあ。君って、あまりに受け入れすぎてるから」
多分彼は障子の向こうでニコニコと笑っていることだろう。そこに悪意が在るのか、それとも好奇心なのかは彼のみぞ知る、だが。
俺は寒さに感覚のなくなった足を引きずるようにして障子に近寄り、顔を上げた。
ここでただ言葉の行き交いをしているだけでは、この男には一生適わない気がする。
勝ち負けの話をしているわけではないのだが、恐らく、きっとそれに近しい思い。
――この隔てる障子ごと噛み付いて、噛み砕いてしまいたい。
そうすれば、この燻った思いを全て伝えることが出来るのだろうか。
「…俺のこと、試さなくていいですよ。俺は絶対に、そんなこと言わない」
「ふうん、まあなんでもいいんだけどね。でも、よく耐えてるよね。それはすごいと思うよ、僕は」
「……え?」
俺は思わず間抜けな声を漏らしてしまった。
それぐらいその言葉が意外で、もしかしたら聞き間違いをしているのではないかと己の耳さえ疑った。
けれど、次に出てきた罰の悪そうな声の調子からして、やはり聞き間違いではなかったらしい。
「…だから、ほめてあげてるんだから少しはしおらしくでもすれば?」
「…なんか、それはそれで寒気が…」
「……斬るよ?」
俺が両腕をさすっていれば、沖田は障子を開け放って俺を見下ろした。
外の冷気が足元をどんどん冷やしていって、折角の体温が急激に降下していくのを感じる。
――てっきり、刀でも突きつけられるんじゃないかと思っていた。
俺の口が悪いのは重々承知だし、彼の手の早さも分かっているつもりだったから。
しかしそんな想像を大きく裏切るものが、そこにあった。
「はい。近藤さんに、ちゃんとお礼言ってきてよ」
「……。お、茶?」
沖田はその腰に差した刀ではなく、誰の手作りなのか不恰好な湯飲みを、突き出してきた。
湯飲みに張った緑茶は、疾うに冷え切っていた。
「…冷たい」
「文句言うなんて百年早いよ」
沖田は障子に寄りかかって、廊下側に顔を向けていた。その視線の先には、夜に冷やされた静かな月が浮いている。
冷たい緑茶に、歪な月が映っていた。
「沖田さん」
「何?」
「…ありがとうございます」
一瞬こちらを見た瞳が、柔らかくなっていたような。――そんな感じがしたけれど、きっとそれは見間違いだったんじゃないかと思う。
「…今度は、ちゃんとあったかいの持ってきてくださいね」
「僕に指図するの? 生意気だね」
「指図じゃないです。お願いです」
ふふと緩んでしまう口元を見られるのが恥ずかしくて、固い湯のみに唇をつけた。
「…、気が乗ったらね」
腕を組んだ沖田の声が、笑っていたような気がして。喉に流したお茶は、やっぱり冷たくて、ほんの少しだけ苦かった。
気 ま ぐ れ 本 音