夢の終着点

なんでもない日常ほど愛しかった。不確定な明日を生きているからこそ、細くて曖昧なこの手の中の見えない何かを守りたくて。
ふ、と真黒い視界にうっすらと光が差し込む。それが朝日だと、緩慢な脳内で理解するのに少しの間。
それから澄んだ声が誰かの名前を呼ぶんだ。


「沖田さん、」


ゆっくりと開けた視界の先で、昨日と同じ笑顔を浮かべる彼女がいた。彼は毎朝のごとく疼く胸の奥の違和感に、口元を歪める。
そんな弱さを彼女の前で曝したくなくて、いつも必死に笑顔を取り繕ってみせるけど、


「起きちゃダメですよ、昨日少し熱があったんですから」


安静にしてないと。
そう困ったように眉尻を下げて笑う彼女は、まるで小さな子供をあやすようにゆるりと優しく彼の前髪を梳いた。


「…名前、」


その仕草に少しムッとして、伸ばした彼女の左腕を強く引っ張るとすぐに重心を崩して倒れこんだ。それからぎゅうと抱き締めて、もう一度目を閉じる。


「僕が起きるのがダメなら、君も眠ればいいよ」
「……相変わらず屁理屈ばっかりですね」
「どうせ今日も暇でしょ?」
「時間にゆとりがあるだけです」


同じじゃない、と笑えば違いますと拗ねたような声で反論した。
それからもぞもぞと名前は腕の中で身動ぎして布団の中に収まると、今度は小さい声で、


「……じゃあ、今日はお休みの日ですね」
「今日も、お休みの日だね」
「……今日は、です」


ふふと小さく漏らした笑い声に、名前はただ何も言わないで胸板に額を押しつけた。
――そのあとに聞こえた泣き声を隠すように、彼は「お休み」と耳元で囁いた。そして彼女はお休みと返さない代わりに、ばかと震える声で呟くのだ。

例えばこれが日常だとして、この鈍い痛みさえも同化してしまうならば。
きっと見えない時間というものは、意地悪な程歩みを早めてしまうのだろう。
優しさと慈しみと愛しさと。
それらに包み込まれた言葉を抱え込みながら、
僕らは優しい微睡みに沈んでいった。


夢 の 終

(目が覚めたら、きっと)