窓の向こう側では桜の花びらが舞っているというのに、握り締めた手のひらは酷く冷たかった。血色のよかった唇は少しずつ色を変えはじめる。
そこには避けることなど不可能な"終わり"が在った。
彼女はゆっくりと目を開けると、弱々しい声で呟いた。
「……あ、き」
反射的に彼の手はぴくと震え、ふわりと笑んだ。
「なに、名前?」
秋とは対照的な表情を浮かべる名前は瞬きを一つするとそれきり目を開けることはしなかった。ただぽつりとぼやいて、
「……さみ、し……いな」
今にも泣きそうな顔をした。秋がどうしてと問い掛けると、彼女は白すぎる右手をのばして彼の頬に触れる。
「もう、あきに……あえ、な、い」
「僕は寂しくないよ」
のばした右手が布団の上に落ちて、柔く拳を作った。彼は名前の前髪を軽く梳いてやりながら絶対的な口調で言い放つ。
「僕は何度だって名前を見つけてあげる。また生きるその時までずっと待っていてあげる。終わりなんかこないように、いつだって始まりになるように」
「……いや、だなあ。あき、は……わたし、がいな、くても――」
「良くないよ、名前がいなくなったらつまらない。だから、一日でも長くつまる世界にしてみせて」
無理だよ、そう叫び散らしたかった。でも無理の一言で終わらせたくなかった。
生きてみるよ。
声にならない言葉が、舌の上に転がった。
そして幾度の季節を迎え、秋は小さく溜息を吐いた。
「遅いなあ」
繋いだ手の温もりを確かめるように握り締めた拳の上に、ひらりと花びらが舞い落ちた。脳裏を掠めた彼女の笑顔に、少しだけ頬が緩む。耳元で聞こえた声は青空に消えて、かき消すような強い風が吹いた。
「秋」
桜が咲き、散り、葉が茂り、枯れる様を何度見てきただろうか。やはり君のいない世界などつまらなく退屈で。過ぎ去るばかりの毎日を数えることに飽きたのは何年前の話だろう。
「秋」
薄紅色に隠された向こう側。手を伸ばしても届かない君との距離。踏み出した一歩は、君の影を捉えて。
「名前」
心臓の奥の底の方に沈む確かな温かさは、きっと世界が変わるのを待っていた。
君 待 ち 世 界