※ 土方さんと兄妹設定(逆ハー)
朝は誰よりも早く起きようという気概はある。例えば日の出を拝んでから道場の掃除をしたり、早く起きた分学に勤しんだりとやれることは沢山あるのだ。しかし私にとって早起きは容易でなく、さらに誰よりもという条件が付いてしまった瞬間それを達成するのは不可能に近くなってしまうのだ。
――ああ、時刻になったら教えてくれる鐘かなにかあればいいのに! そうすれば今頃……
「あああにいうええええ! 寝坊致しました申し訳ございませんんん!!」
道場で稽古を見る我が兄上こと土方歳三に猛烈な突進をはかり、見事その腰に脳天を押しつけた。道場内のどよめきにはっと我に返った私は、急ぎ膝をつき額を床に押しつける。
「遅ぇ! 手前朝議は何時からっつった!」
「六ツ刻です! 今は六ツ半です!」
「屯所の廊下全部雑巾かけてこい!」
はい、と勢い良く返事をして脱兎のごとく井戸へと走りだした。
私土方名前は正真正銘土方歳三の妹であり新選組隊士である。訳あって今は男装をして弟としているが、持ち前の破天荒ぶりにおいたがすぎ、既に妹であるとばれつつある。しかしそこはあの鬼の副長の異名をもつ兄上の妹なので、今のところ何事もなく安穏とした生活を送っている次第だ。
遅刻をするのは何も今日が初めてなわけではない。それでも大好きな兄上が苦い思いをせぬよう、これでも頑張ろうとはしているのだ。ただ、朝が少し苦手なだけであって。
「土方さんも、名前には甘いよね」
四半刻ほどで雑巾掛けを終え井戸へ洗いに向かうと、途中昔馴染みの沖田総司に出くわした。彼とは試衛館時代からの――
「私と沖田ってなんだろうか」
「僕、名前のこと好きだよ」
「いつの間に恋仲に? あああれか、犬猿の仲かそうかじゃあね総司」
恋仲何ぞという甘い関係では断じてない。こんな男の嫁になるくらいなら兄上と離縁して嫁ぎにゆく。
「ちょっと全部声に出てるよ」
「あごめん」
右手を挙げて歩みだそうとすれば、後ろから総司に首を固められた挙げ句、最近肩凝り気味なことを知ってか知らずか肘でぐりぐりと肩を潰しにかかってきた。ぎゃあああといかにも断末魔に似た男らしい悲鳴をあげれば、後方で愉快げに笑いやがったのであとで味噌汁に苦い薬でも混入させておこう。
「総司――」
「あ土方さんじゃないですか」
兄上を前にしてにこにことしているなど断じて許せぬこの沖田総司! 私だって真正面から拝みたい。
私は懇親の肘鉄を総司の脇腹に決め、くるりと足踏みして半歩前に飛び出す。彼の肩ごしの向こうを見やれば、不機嫌極まりない兄上がそこにいらした。どんな表情でも様になるのだから、妹としても困ったものである。
「手前はなに稽古さぼってんだ」
「わ、土方さんてばそんなに馬に蹴られたかったんですか?」
「手前にゃやらねえよ他あたれ!」
「兄上私はどこにも行きませんよ寧ろ兄上のもとにいきたいです!」
「お前は黙ってろ」
兄上と総司の喧嘩は最早夫婦のそれのように毎度の事なので、私は一人井戸の水を汲み上げ雑巾と手を冷水に晒した。するといつものごとく、何人かの足音が聞こえてきた。
「よぉ名前、お疲れさん」
「左之さんだ!」
第二の兄上のように慕っている彼、原田左之助さんは後ろに永倉さんを連れて笑いながら現われた。暇人ですね、と笑えばこれから巡察だと苦笑いした。
「私左之さんみたいな人が良いなあ」
「総司、諦めろ! 左之に取られたぞ」
「だめだよ左之さん、名前は僕のだから」
「だから手前にだけは絶対やらねえ!」
朝から騒々しいなと笑った左之さんにそうですねと笑い返した。
なんて平々凡々で幸せな日々だろうと、私は一人小さく笑うのだ。兄上が傍にいて、兄上が楽しそうに話していて、兄上が悲しい思いをしていなければ。それだけで私は幸せになれるのだ。
「左之さん」
「なんだ?」
「兄上楽しそうですねぇ」
それこそが最大の幸せなのだ。ぎゃあぎゃあと騒ぐみんなを見つめていれば、左之さんが頭を撫でてくれた。そんなに年は変わらないのだから、子供扱いしないでもらいたいものだ。
「どうしたの、左之さん」
「いや、なんでもねえさ。源さんのとこで茶でも飲みに行こうぜ」
「巡察は?」
「まだ時間があるからな」
永倉さんを置いて歩きだした彼の背を眺めながら、また小さく笑った。詰まる所、ここは誰よりも不器用で真っすぐな人の集まりなのだ。そんな人たちに囲まれているのだから、私が不幸せを感じることなんて有り得ないだろう。
そうして過ぎる毎日の、ある日のこと。この後兄上と総司は珍しく一緒に近藤さんに嗜められたそうだ。
今日も半日お疲れ様でした、兄上。私は明日も早起きをめざします。