マフラーに鼻を埋めてあくびを噛む。反射的にこぼれた涙を手のひらでこすりながら、堪え切れずにもう一つ大きなあくびを掻いた。
「眠そうね、名前ちゃん?」
「勉強が…ごめんなさい総和さん、つい」
ぼろぼろに擦れた参考書を鞄にしまい込んで見上げれば、目に染みるほどの赤が徹夜開けの彼女には痛かった。何度も瞬かせればさっきのあくびの名残で視界が歪む。彼は白い息を吐いて苦笑いをこぼすと、彼女の頭をくしゃりと撫でた。
「勉強も大事だけど、体調崩したら元も子もないでしょ」
「そうですけど、でも今詰めないと総和さんと同じとこ行けないですもん」
「留年したくなっちゃうこと言わないの」
彼、総和は両手で名前の頬を挟んでぷくくと笑う。その手が意外にも温かかったので、なんだか余計切なくなって唇を尖らせた。
「じゃあ、留年してください」
彼は目をぱちくりとさせて困ったように笑うので、名前は冗談ですと笑った。本当は冗談などで収まるようなものではなかったけれど、困らせたかったわけではないから。その鮮やかな髪を一房摘んで引っ張れば、彼は口元を歪ませて仰け反った。すくっと立ち上がり階段を数段上れば、後から立ち上がった総和と視線が並ぶ。
「待ってて、くれますか?」
ふわりと冷たい風に揺れた赤い髪は、やっぱり目に染みて痛かった。視界が霞んだのをあくびのせいにして何度も擦っていれば、いよいよ何だか情けないやら悔しいやら切ないやらでぽろぽろと目尻から酷く冷たいそれは零れた。――きっとこんな思いをしているのは自分だけなのだと、思えば思うほど遣る瀬なくなる。俯いてしまった名前の声は途切れて、静かな沈黙が落ちた。冷たい風の音ばかりが響いて、体の芯からすっかり冷えきってしまったような気がした。
「そうねぇ、四年もただで待ちたくないし……」
弾かれたようにあげた視線の先で、赤髪が揺れる。こつんとぶつかった額はじんわりと温かくて、優しかった。
「お早うからお休みまで、相手してくれるっていうなら待っててあげても良いかしら」
「……それは古いよ、総和さん」
「あら、嫌だった?」
ふふと目を細めて笑った彼につられて小さく笑えば、大丈夫と短い言葉が耳元に落ちた。
「朝弱いので起こしてくださいね」
「ワタシも得意じゃないわねえ」
「二人して寝坊しちゃいますよ」
それもいいわねなんて冗談なのか本気なのかわからない声音で言うから、なんだか酷く子供じみて可愛くて、思わず抱きついて総和の肩口に思い切り顔を押し付けた。
「総和さん、」
「なに?」
「好きですよ」
彼の赤い髪が頬をくすぐりながら、背中に回された腕が温かくて目を閉じる。耳元で知ってるわと囁かれた声が、シャボン玉のようにぱちんと弾けた。