埋没する手のひら

葉が枯れる。赤く赤く、乾いた音を立てて崩れてゆく。


火冬。


季節らしさを置いてきた名前は、いつ呟いても可笑しかった。肌寒い風が刹那強く吹いて、彼の褪せた髪色を撫でた。
ふわりと香る秋のにおいに立ち止まり、ぎらつく太陽のいなくなった空を仰ぐ。空は、きっととても遠い場所にあるのだろう。


「火冬、冬が来るね」


香りタバコを燻らせて、彼は少し不機嫌そうに振り返った。青い煙が離れ難そうに彼にまとわり、緩やかに霧散していく。
形のよい唇が、への字に歪んだ。


「暇人?」
「失敬な。お迎えにあがったのですよお坊ちゃん」


ご子息を迎える執事然り、恭しく一礼してみせれば頭上から乾いたため息が聞こえた。見上げれば案の定、面白くもない冗句だと冷ややかな目線を頂戴した。


「今朝座木がおもしろおかしくアップルパイ焼いてたよ」
「……僕は今日帰らないと伝えてくれ。それと、語彙に悪意を感じるんだけど」
「おかしいなあ好意しか詰まってないのに」


彼女はくすくすと笑う口元に手をやり、お気に入りの赤い手袋をした手で頬を擦った。まだ冬ではないはずなのに、風は突き刺すような冷たさを孕んでいる。
吐いた息は僅かに白く、赤い葉の重なりに溶けて消えた。ぱきと足元で渇いた葉を踏む。秋はもうすぐ、いなくなってしまうのだろう。


「お腹すいたー」
「アップルパイ食べてきたんだろ」
「座木のなら丸々一つは余裕ね」


あの芳しいシナモンの香りを思い出せば、尚更胃が空腹を訴えた。

黒服の学生がすれ違う。賑やかな帰り道はやはりどの時代も似たような風景である。目を細めて立ち止まった彼女に、火冬は細く息を吐いてそれらを見やっていた。


「元気かな」


誰とは言わない。いえない。
少し前を歩く名前の背で彼がどんな表情をしていたかなど、別に知らなくてもいいことなのだ。


「座木!」


黒に交じる彼に手を振る彼女の背が、枯れ落ちた赤の葉に隠れる。


『ハル』


密やかに揺らいだ残影に、あの日の声を聞いた。