2.きみに侵食されたい


ダンスリハ開始時間まで、あと10分。 スタジオにぞろぞろと集まっきたメンバーと話しながら、すばるくんが丸に爆笑してたときに村上くんの声が聞こえた。
「げ!お前おんのかい!」
スタジオの入り口に現れたその人は、村上くんに視線を向けると無表情でスタッフになにか伝え、鏡の前に立った。
「はい、さっさと始めまーす」
シカトかい!と安定のツッコミを入れた村上くんをスルーしメンバーが全員いるのを目で確認してすばるくんを見た。
「なに、前髪どしたの?」
最近、前髪を切ったばかりのすばるくんを即イジリだす名前ちゃんに、ほんっま嫌やこいつ、と言いながらも笑ってる顔を見て内心面白くなかったり。 とか思ってたら、最初のフォーメーションを説明してたらしく名前ちゃんは眉間に皺を寄せてこちらを見ていた。
「オクラ、聞いてた?あんたでかいんだから端に行って」
「ちょ、なにその理由。しかも、オクラって言わんとって」
ヤスと横山くんは、そんな俺を見てゲラゲラ笑うし、なんなんもう。しかも、俺のことはもういいのか亮ちゃんになにか説明してる。
思わず、じとり、とその光景に視線を送ると隣にいた丸が、「大倉顔、顔。見つかったらどやされるで」とコソコソ言ってくる。

「その方が、かまってもらえるからええねん。」
そう答えると丸は、さすが片思い歴2年半とちょっと、と余計なことを言ってきた。
全く変わらない関係に、そろそろなにか起こしたい、とは思ってんねん。そう思いながら彼女の後ろ姿を見ていた。

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あれから、とりあえずざっと通しまでした俺らは久しぶりのダンスに全員死にかけていた。 言うても、この世界入って十数年。
Jrの頃よりは踊ってなくてもまあ、踊れるわけやし体力だってツアー決まってからたぶんそれぞれジム行ったりなんやかんやしてる。なのに、みんな床やイスに力尽きて横になってんのはたぶん、振付のせいやと思う。
「あ、あかん。久々にしんどい」
きつすぎて笑いが出る。と床に大の字になった横山くんはタオルで顔を覆った。
丸は、ずっと村上くんとヤスに慰められてるし、すばるくんと亮ちゃんに至っては無言。
「はい。休憩終わりー。さくさくっと行きますよ」
さっきまで下ろしていた長い髪を一つにくくって、スタジオに戻ってきた名前ちゃんは、やはり相変わらず無表情で伸びてる俺らに手を叩いた。

何回目になるかわからないほど、繰り返し踊り体に覚えさせる。が、出来なかったとこが出来たら出来てたとこが、おかしくなっちゃうのが人間で。
「あ”ぁ、ちょ、待って」
丸を筆頭にそれぞれもう一回やって、と振りを練習してたらいい時間になっていたらしい。
「じゃあ、とりあえず今日はここまで。ありがとうございました」
疲れた〜、と一斉に床に伸びたり、水を飲みに行ったり。
タオルで汗を拭く名前ちゃんにそっと、後ろから近づくと「なに、オクラ」と振り向きもしないまま言われ、なんで?と顔に出てたらしくため息ひとつ出した彼女は、ん。と指を指す。
そこには、さっきまで自分達の姿を映していた鏡。そんなことにも気付かないくらい久々に会えたことに浮かれていた自身に恥ずかしくなり、へへっと笑って誤魔化した。
「オクラそーゆうとこあるよね。それも計算なの?」
俺、かわいいやろアピール?と聞いてくる彼女は2つ上だが童顔のせいか上目遣いも変じゃない。
「ちゃうし。てか、今回のめっちゃむずない?」 そう嘆くと、ちらっと俺を見た彼女は口元だけで笑って「でも、あれ出来たら最高にかっこいいでしょ」と自信たっぷりに答えた。
「きついのは最初だけ。みんな本番にはばしっと決めるじゃん。あの瞬間が最高に幸せなの」たまに、最後まで出来ない白いのもいるけど。とその人物に視線をやり目が合ったのか横山くんが、なに?と聞いてるにも関わらず普通にシカトした彼女は、また俺を見上げて口を開いた。
「でも、大倉が一番出来てたじゃん。ま、頑張りましょ」
ほら。さっきまでオクラ、オクラ言ってたくせに。稀に褒めたり励ます時にはしっかり名前を呼んでくる。名字やけど。そっちこそ計算ちゃうの?と聞きたいけど、せっかく話せてるのに機嫌を損ねるのは勘弁。

「頑張る、からこの後飯でも行かん?」
「オクラ食べ過ぎてお腹いっぱいかな。じゃ。」
お疲れ様です、とスタジオ内に声をかけて颯爽と出て行った名前ちゃんに置いてかれた俺の横に来たヤスは、「大倉、飯行く〜?」と聞いてきた。
「ヤス、オクラ食べ過ぎでお腹いっぱいって要するに、俺でいっぱいってことやんな?」
「は?」
20160623