3.溶けたアイスみたいに


初めて会った時、君は背筋をまっすぐに堂々と立ち澄んだ声で自己紹介した。
ー2years ago
「なあなあ、新しい振付のダンサーさんおるやん?」
毎年、ライブをするようになって会場の大きさもでかくなってきた頃、今までの振付の人に加えて初めて一緒に仕事をするダンサーがいた。
しかも、僕らと変わらない歳の人で、顔を合わせた時みんな黙っていたがなにかをそれぞれ感じたらしい。
楽屋でおのおのくつろいでいたら、さっそく亮ちゃんが話しに出した。
それに最初に答えたのは、意外にもすばるくんやった。
「なに、亮のタイプ?」ニヤニヤしながら聞くすばるくんにちょ、そんなんやないって〜と顔をくしゃくしゃにさせ笑う亮ちゃん。相変わらず、すばるくん大好きやなあ〜とそんな二人をソファに寝っ転がり見ていた。
「あの人、俺と同い年やねんて」
次に彼女の情報を言ったのは、丸。「こないだ、事務所でたまたま会って聞いた」
「丸って、ぐいぐいいけるよな〜」と丸に横山くんが感心して笑う。
「でも、そんな話してへんで?事務所の人から聞いた話やと急に俺らの振りの担当に決まったんやて。」
最初に話を出した肝心の亮ちゃんは、丸の話を聞いて知りたかったことが聞けたのか、ipadをいじりながらふ〜んと返事をした。
「綺麗なひとやったよな」
すぐ横の畳の上で、ギターを弾いていたヤスが俺に問いかけてきた。
「でも、無表情やったで。初対面やのに笑いもせんかったやん」と返せば「緊張してたんちゃう?」とヤスはまたギターを鳴らした。


------------------
それから初めて新しい人の振付を教えてもらうダンスリハの日。
スタジオ内に最初に着いたのは俺で、中にはマネージャーやら音響のスタッフに鏡の前で柔軟する、彼女の姿が目に入った。
「おはようございます」 後ろから声をかけると、前に体を倒していた彼女は起き上がり振り返った。
「あ、おはようございます」
会って2回目やけど、しっかり目を見て挨拶してくる彼女になんとなく好感を持った。ま、無表情なんやけど。
「お、お、くらさんであってますか?」
たどたどしく名前を呼ばれ「あってる…けど、」と思わず動揺。え?名前とかって覚えてへんの?事務所と一応契約してんのやろ…
顔に全部出ていたのか、「すいません。苦手で覚えるの」と彼女は気まずそうに苦笑いした。
その表情に「いや、まあ多いしな」とよくわからないフォローを俺がしたとこで彼女はスタッフに呼ばれた。

変わってんな〜と彼女の姿を目で追いつつ、仲良いスタッフを見つけそちらに向かった。

それから、全員集まったところでリハが始まった。 とりあえず、めっちゃダンスが上手い。いや、プロやねんから当たり前なんやろうけど、なんていうか人を惹きつける。やから、とりあえず一回遠しで踊ってみます。と他のダンサーも交えて踊ってる間珍しく誰も声を出さなかった。俺も含めて、みんな彼女を目で追っていた。

とりあえず、初めてのリハやったけど割とコミュニケーションも取れて(仕事やねんから当たり前かもしらんけど)ただ、教えるときはなかなかのスパルタで、さっそく丸は集中攻撃くらってたけど、リハのいい空気に、ツアーも絶対上手くいくと知らないうちに自信を持てていた。
みっちりリハをした後、それぞれ次の予定への準備でバタバタし始めた。今日はこれで終わりのヤスと俺は、楽屋に戻ってこの後どうするかをのんびり話していたら、ヤスが急に声を潜めて俺の耳元で囁いた。
「なあ、もしかして苗字さん気になってるん?」
「は?」
言葉の意味が読み込めず思わず素っ頓狂な声が出た。
「今日大倉、ずっと見てたやろ?話しかけよう思たら、じっとどっか見てるから視線の先追ったら苗字さんやってんで。」しかも、3回中3回。ヤスは、携帯を扱いながらポソポソと話す。
「いや、たまたまやろ。振り覚えてたんやし」
「えー。いや、でもなんか」
「でもやないよ。変なこと言うなやー」
なんとなく、この話の流れは嫌な気がして終わらせようと言葉を被せ、煙草吸ってくるとソファから立ち上がった。
そんな俺を見上げ、行ってきー。と話の途中に切られたくせにヤスは俺を送り出した。 楽屋を出て、喫煙所までの廊下を歩きながら自分から終わらせたくせに、ヤスの言葉が頭から離れない。
今日の自分を振り返っても、見てたつもりは全くないし、まあ確かにどう距離を詰めて接するかは考えてた。でも、それは初めて振りを教えてもらう人やったからで。
ヤスが、言わんとするような気持ちがあったわけちゃう。
ぐるぐると、考えてたら角を曲がって喫煙所まであと少しというところで、スタッフの人と苗字さんが話している姿が目にはいった。2人は俺に気づいていないのかこちらを見ない。
考えていた人物が急に視界に放って、一瞬どきりと思わず足が止まって角の手前まで下がった。
「わかってるとはおもうけど、彼らとは仕事のみの付き合いにしてね。」
「もちろん、そのつもりです」
聞こえてきた会話は、事務所からの若い女の子に対する牽制。何度か耳にしたことある会話に、女の子のスタッフも大変よな。とため息が出そうになる。 「
苗字さんは、彼らと同世代だしさ。顔も可愛いから必要以上に接すると意識しちゃうでしょ」
「あの、そんなつもりありませんし。仕事だとわかってるので」
苗字さんは、話を終わらせたいのか短い言葉で返す。それでも、しつこく、いや可愛いからだの、スタイルだっていいしだの、言葉を続けるスタッフになに、それ。下心見え見えやん。と分かり易すぎる会話に笑いそうになった。 ナンパすんのはいいけど、俺らを話のダシにされんのはいい気がしない。煙草を吸うのは諦め、引き返そうとしたところで、離してください。と聞こえた声に足が角を曲がった。 「なにしてんの」 曲がると、名前さんの腕を掴んだスタッフが目に飛び込んできて声が出た。 急に現れた俺に驚いたのか、腕を掴んだまま固まるスタッフと眉間に皺を寄せた彼女が一斉にこちらを見た。 てか、よく見るとスタッフとはいっても事務所の人間じゃなく音響スタッフのバイトだった。まるで、事務所の人間かのように彼女に話していた会話を思い出し、乾いた笑いが漏れた。 「大倉さん…あの、」そのバイトが狼狽えて俺の名前を呼んだけど、無視して掴まれていない腕を取り無理やり彼女を引き寄せ、もう一度バイトになにしてんの、と聞いた。 「いや、な、なんでもないです」 小さな声で萎縮したまま俺らの横を通り抜けたのを見遣り、なにあれ。情けな、とこちらが拍子抜けした。 「あ、の。ありがとうございます」 下から、彼女の声が聞こえて思わず掴んでしまった腕を離し「いや、引っ張ってごめんな」と謝ると、彼女は小さく息を吐いた。 こんな時でも無表情な顔からは焦りだとか、恐怖だとか全く見えない。けど、自分の右手の人差し指を左手でぎゅっと握りしめているのが目に入り、既視感を覚えた。 あ。 初めて、俺らに挨拶した時に全く同じものを見ていたことを思い出す。 きっと、これは彼女なりの気持ちの表れ。いきなり、よく知らない男に腕を掴まれて怖いわけないはずない。 「一応、大丈夫やとは思うけど。もし、またなんかあったら言ってきてええから」 するっと口から出た言葉にパッと顔をあげ俺を見た彼女は、一瞬目元が潤んでいたように見えたがすぐに無表情に戻り「お気持ちだけで。ありがとうございます」と返した。 なんとなく、壁を作る言葉にモヤっとしたけど、まあそんなん言えへんかと納得させた。 「でも、さっきはああスタッフが言ってたけど。俺らからしたら必要以上に話したほうがいいものが作れるって思ってるんよ」 仕事でも、グッと相手と近づけたほうがいろんなことが生まれると思うねん。 そう続けると、目を少し見開いて俺をみた彼女は無だった表情を口元から緩め、初めて笑顔を見せた。 「大倉さんに、そういうふうに言ってもらえるような仕事にします。」 頑張りましょうね、とまた笑った彼女を見てストンと胸に広がる、久しぶりな感情。 「本当にありがとうございました」 とお辞儀をして立ち去ろうとした背中を呼び止めた。 「とりあえず、#name2#ちゃんって呼んでええ?」 振り返った彼女は、もう無表情に戻り「お好きにどうぞ」と照れもはにかむこともせず、颯爽と歩いて行った。 近づいたと思った距離は、なかなか広そうだけど。 久しぶりのこの、胸の奥がじんわりくる感情をとりあえずヤスに報告しようと思った。 20160627