冬のけむり火


子供らしく戯れたことがないのなら、大人になってしまう前に、羽目を外しておくのも大切なことだ。

「今は冬だぞ」
「やりたい時にやらないと。もう買っちゃったし」
「花火は夏の風物詩だろう」

別に俳句をすると言うのじゃないのだから、雪の中でシャボン玉をしたり、はたまた冬に花火をして、四季の情緒を無視するくらいなんてことない。それが許されるくらいにはもう子供ではないのだから。任務の帰りにふと思い立って、ホームセンターで調達したそれを彼の眼前に掲げた。

「今晩か?」
「うん」
「寒いと文句を言うなよ」
「言わないよ」

結局また、談話室のある棟の階下で集合と決まった。この間もそうだったが、やっぱりちょっと乗り気らしくて、さらにわくわくした。
夜になると少し風が出てきたが、寒いと言うな、というお達しがあるので、コートにマフラーでばっちり防寒。鼻を赤くして待つのも健気で可愛いかと思って少し先に来たはずなのに、彼はもうそこにいた。

「楽しみなんでしょ」
「恥を偲んで言おう。そうだ」
「私もだから大丈夫」

給湯室からくすねてきたライターと蝋燭を取り出す。それを二つとも私の手から攫って、加茂くんが火を灯した。

「こうやってやるの」
「手慣れてるな」

彼の手を上から取って、少し傾ける。溶けた蝋が何滴か地面に落ちて、寒さで固まってしまわないうちに、「早く」と彼を急かすと、ぎこちない手つきでそこに蝋燭を立てた。ちょっと傾いていた。

「あ、風が」
「なまえ、こっちにおいで」

加茂くんが少しずれて、そのスペースに寄ってぴったりと彼の体にくっつく。大きい体を丸めて風除けになる姿が妙に可愛く思えた。

「何からやる?」
「種類があるのか」
「あるよ。量はそんなにないけど」
「線香花火くらいしかわからないな」
「それは最後ね」

適当な花火を手渡して、二人で火にかざす。なにしろ冬に売っているくらいだから少し湿気っていて、ぱちぱち、と音が鳴るまで少し間があった。

「君といるとなにもかも新鮮だな」

私に向けて言う、というよりかは独り言のように小さな呟きで、花火の先でじゅわ、と火花が散るとかき消えそうなくらいだった。それは緑色に光ったかと思うと、すぐにオレンジに変わって、激しい火花が夜を照らした。それを空中に高く掲げると「振り回すな」とお小言があったが、構わずハートを描いた。描いた先から消えていってしまうので、彼がちゃんと見ていたかは知らない。

「加茂くんもやって」
「危ないからもたれるな」
「いいから早く」

これでいて押しに弱いのだから可笑しい。少し躊躇いつつも、くるくると円を描くが、慣れていないから腕から回していてぎこちない。火口がだんだん上に迫り上がっていって、ついに情けない音を立てて消えた。

「…消えた」
「うん」
「次はどれだ」
「好きなの選んでいいよ」
「じゃあこれだな」
「それは最後って」
「冬に花火を提案する君が言うか」
「…たしかに」

彼が選んだのは線香花火だ。彼の言う通り、風流に真っ向から対抗しているのだから、初っ端から小さな火の玉を焦がすのだって今日ばかりはありかもしれない。何でもかんでも額面通り、頭の固い彼にしてはいいチョイスともいえる。ふだんなら絶対にしない無粋な手順も、私たち二人の間なら全部正しいのだ。
じじ、と金属粉が熱されるかすかな鈍い音がして、小さな丸い玉が彼の手から垂直にぶら下がった。風にゆらゆらと揺れるので、さらに体を丸めて、儚い球体をじっと見守った。蒸し暑い夏の夜でもがく火花のはずが、寒空の下ではなんだか神聖な感じがした。

「楽しい?」
「楽しい」
「よかったね」
「ああ。君がいなければ、絶対にやらなかっただろうな」
「なんか悪いことしてるみたい」
「昔はよく君の素行不良に振り回されたものだが、私も毒されたかな」
「そのまま悪い子になっちゃえ」

ぽと、という音も聞こえないくらい呆気なく、それは消え落ちた。

「それも悪くないな」
「手始めにその横髪、切り落としちゃうとか」
「流石にそれは」
「かっこいいから何でも似合うよ」
「…そういうことを軽々言うな」
「恥ずかしいから?」
「では君は、可愛いと言われて照れないのか」
「えー、嬉しいの方が大きいかも。だって全然言ってくれないし」
「思いを何でもかんでも口にすることだけが良いとは限らないだろう」
「熱心に英語勉強しておいてよく言う。思いも考えも言葉にしてなんぼなんでしょ、英語って」
「私は日本人だからな」
「美徳なんだ」
「思いを寄せる相手には慎重になるものだろう。…いいから次をやるぞ」

新しい花火を押し付けて、彼は誤魔化した。いつもなら茶化したくなってしまうが、今日はあべこべの日だから、しおらしいフリでもしておこう。かじかむ手を吐息で温める格好で緩む口元を覆った。

「寒いか?」
「言わせようとしてる?」
「人の厚意を疑うな」

マフラーの結び目を直してくれる手が、いつもより少しだけ雑だった。
渡された花火を火にかざす。ちょうど自分の花火が灯った時、ふいに風が吹いて、蝋燭が消えた。同じく火をつけようとしていた加茂くんが、「あ」と、嘆くように呟いた。

「はやくはやく」
「何が」
「こっちから火もらって」

言うと、恐る恐るという風に、彼が私の花火の燃え盛る部分に先端を近づけるが、なかなか上手くつかない。すると、彼が私の持ち手を覆って、自分の花火と重ね合わせた。こういうことするんだもんな。「ついた」。ちょっとだけ嬉しそうな調子で言った彼を横目で見ると、「ん?」ととぼけた表情で見つめ返される。惚れた弱みだ。何も言えない。
再び蝋燭を灯したあとは、まったく好き勝手に花火を燃やした。とうとう線香花火が残らなかったのは、私が何本も撚り合わせて特大線香花火をしようと持ち掛けたからだ。情緒なんてあったもんじゃないが、彼も意外に興味津々だった。そして最後に残ったのは、私もいまいちよく知らないような、三重ほどに輪っかになっている花火が一つだけだった。おそらく、ネズミ花火というやつだろう。

「君も知らないのか」
「うん」
「やるしかないな」

ちょっとだけ悪ぶってみた、という感じで片眉を上げて、彼はそれを手に取った。包装の裏を読んで、地面に設置すると、ライターをかざす。火遊びにちょっと慣れてきたような手つきだった。

「下がってろよ」

返事をしないうちに、しゅわ、と花火が一声上げる。加茂くんが一歩大股で後ろに下がって、隣に立った。腕に寄り添うと、満更でもなさそうだった。細かい火花を散らしながら、それはぐるぐると素早く回転を始めた。地面に光の丸をかたどり、時折その円のふちから火花を弾けさせる姿が、彼の持つ技の一つとよく似て見えた。

「“苅祓”みたいだな」
「ね。名前変えてみる?」
「からかうな」

消えるのは一瞬だった。前触れもなく暗闇に溶けてしまって、寂しいと思った。光の余韻が目の中でぼんやり浮かんでいたが、それもそのうち消えていった。

「寒いな」
「寒いね。…あ、」
「あ。」

顔を見合わせると、笑いが込み上げてきて、ふたりして、寒空の下でくすくすと声を上げた。言ってしまったものは仕方ない。いそいそと片付けを終え、冷たい手を取り合って談話室に戻った。そこにいる誰かに、「ちょっと悪い遊びしてきたんだ」と報告でもしよう。

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