エラーコード
“…誕生日おめでとう。”
未登録のアドレスから届いたメールは、他の誰よりも早く、私の誕生日を祝った。もしも、ワンクリック詐欺の怪しげな青い文字列でも続いていれば、迷うことなく処分できたのに、私はそうしなかった。お祝いの定型文の前には律儀にも私の新しい年齢まで添えられていて、知り合いだとわかった。しばらくメールを見つめて、ちょうど画面の時刻が00:02に切り替わった時だった。直感した。
これは夏油君だ、と。
気付いた時には返信ボタンを押していた。
『ありがとう』、『どなたですか』、『元気?』、『夏油くんなの』。
書いては消して、消しては書いて。それを繰り返す間にも、友人知人からメールやら電話やらが来て、その度に書きかけの返信を下書きに保存し、また開く。
少しして、祝福の波がようやく収まった。といっても特に人気者でもないから、言うほど大した数ではないのだが、受信ボックスは「おめでとう」のタイトルで溢れていた。彼からのメールは、すでに一覧の1ページ目から追いやられてしまっていた。埋もれてしまったそれを探すうち、ふと過去の受信履歴を遡りたくなった。すごく前まで遡った。
…2009年、2008年、2007年。
差出人・夏油傑とのメールは、ほとんど取り止めのない内容だった。あまりに些細なやりとりばかりしていて、呆れてしまうくらいだったが、思えば朝起きて寮を出れば顔を合わせていたのだから、当然だった。
誰かの誕生日には、みんなこっそり寮を抜け出して談話室に集ったし、任務で直接会えなければ電話が来て、それも難しければメールを送り合った。当時は、文字に託す必要なんてなかったのだ。
『会える?』
過去を振り返った感傷に、そのまま身を任せた。うっかり思い留まってしまわないように、疑問符を打ち込んだ指先をそのまま送信ボタンに重ねた。
実はこの時には少し冷静になっていたのだけど、これが詐欺メールだとして友人たちのアドレスがごっそり抜かれようとも、もはやかまやしない、という身勝手で捨て身の気分だった。
だからこそ、届いた返信には拍子抜けしたし腹も立った。
『誰かと間違えてないかな』
ついでに、確信も。まごうことなく彼だった。自分からは核心に迫ることはせず、こちらにアクションを取らせる。回りくどくて、他人行儀な言い回し。
間違えてない、と送った。
返信は次の日の夜にあった。
『なら、なおさら駄目じゃないかな』
と、ただ一文。大きくない目を困ったように細めているところが、容易に想像できた。
こうやって、はぐらかされて終わるのは嫌だけど、これ以上どうこうなるところまでは想像できなかった。
『じゃあいい。元気なの』
『元気だよ』
『私も元気』
『なにより』
『わたし明日休み』
『よかったね。何するの』
『予定ない』
『パンケーキでも食べに行ったらどうかな。原宿で流行り始めてるらしいよ』
『なんでパンケーキ? 本当に夏油くんなの』
『どうかな。』
どうしてそんな女子高生みたいな提案が出るのか、さっぱり理解に苦しんだ。同期のあの男じゃあるまいし、甘いものはそんなに食べなかったはずだ。今更すぎる不安が湧いてきて、昨日聞こうと思っていた事を聞いてみるも、やはり望む答えはない。
『ちなみにこのアドレス、24時間で切れるんだ』
私が返信するより先に、重ねてメールが来た。もっと早く言ってよ。あと30分で、私の誕生日は終わる。なんでもいいから打ち返さなくてはと焦って、また昨日の返信候補から言葉を引っ張り出した。
『ありがとう』
『うん?』
見覚えも聞き覚えもある、簡素な聞き返し方に、今までのやりとりの中で一番胸が痛くなった。
『アドレス、まだ持っててくれて』
『未練がましいと思われなかったかな』
『嬉しかった』
『素直だね』
『うん』
『じゃあ、また来年』
急いで返信を書いて送信した。間に合わなかった。
「今でも大好きだよ」のメッセージに、返ってきたのはエラーメールだった。
エラーコード550。アドレス切れだった。
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