待たせないで、わたしの純情


※平和な世界線で5年生(原作の高専は四年制)になった加茂たち。

「西宮たちと出かけるのか?」

談話室のソファの上で、無造作に開いていた宅配便の包装が、かさ、と音を立てた。
JUJUTOWNで、良い感じのワンピースを新調したのだ。高専も5年目に入り、早くも2ヶ月が過ぎようとしている。先週ようやく20回目の誕生日を迎えた。桃を代表に、女子陣からの誕生日プレゼントとして靴を一足もらっている。それに合うように選んだつもりだ。自室まで戻るのも惜しくて、学生用の郵便受けから近い談話室に寄ると、うきうきな気分で開封した。
ちょうどその時に後ろの扉が開いて、加茂憲紀が入ってきたのだった。挨拶代わりみたいに聞いてくる加茂くんに、世間話の体で答えた。

「今度クラブに行くの。桃の誕生日まではまだ1ヶ月はあるから、とりあえず私だけ」
「は?」

クラブを知らないなんてことも彼には全然ありえると思って簡単に説明を加えると、「それくらい知ってるが」と刺々しい返事が一蹴。貞操観念とかそういうものに重きを置きたがる人なので、正直予想通りの反応だった。特に気にも留めず、窓を鏡代わりにワンピースをあてがいつつ、ガラスに映った加茂くんに話しかける。

「二十歳になったことだし楽しんでくるね」
「…やめておいた方がいい。君が自分の酒量を弁えられるとは思えないからね」
「大丈夫大丈夫」
「信じがたいな」
「友達もいっしょだよ」
「君のようなタイプはその方が調子に乗るんじゃないか」
「私のことよく知ってるんだね」
「四年は一緒にいるからな」

自身ありげに行ってくる加茂くんは皮肉に気付けないらしい。京都にいながら、よくこうも鈍感でいられるものだ。内心呆れたが、それ以上にワンピースが想像以上に可愛くて、テンションが上がった。早くもらった靴と合わせてみないと。靴が赤色なので、服は黒にした。ハーフネックというのだろうか、高めの首元が上品な感じになりそうだ。日頃運動しているし、身体のラインも活かせるようなタイトなニット生地。丈も膝上でちょうど良い。…そうだ、ペディキュアも塗り直さないといけない。女子を集めてみんなで塗り合いっこでもしようか。鏡(窓だけど)の前であれこれ考えていると、ガラスの中で加茂くんが、不満そうな目でこちらを見ていた。完全にそっちのけにしてしまっていた。

「…本当に行く気か」
「うん」
「女性だけでああいう場に行くのは危ないんじゃないか?」
「誰も女の子だけでなんて言ってないよ」
「…ならば なおさら良くない」
「ねえ加茂くん」
「どうした」
「ちょっとしつこくない?」
「…しつこくない」

このモードに入られると「そうですか」と答えるほかなくなる。向こうが譲らないからだ。はじめの頃はよく応酬を繰り広げたものだが、これだけ長く一緒にいるともうそれで済ませてしまおうと思うようになる。

「なぜクラブなんだ」
「たまにはチヤホヤされたいから」
「見知らぬ男にか?」
「そう」
「会ってすぐに持て囃すなど不誠実だろう」
「でも加茂くんだって、かっこいいって言われたら嬉しいでしょ」
「意中の人でなければ特別感慨もないが」
「あらそうですか」

このお父さんと話してるみたいな会話を早く切り上げたい。適当に相槌を打って、値札を切ろうとテーブルの上のハサミに手を伸ばそうとすると、先回りするかのように加茂くんの手がそれを取っていった。

「え、なに」
「…私にも手紙が」

そんな封筒、びりっといけばいいのに。のろのろとした手つきで封を切りおわるのを見ていた。終わると、加茂くんは自分の手元に置いてしまうので、「貸して」と手を伸ばすと、ようやく渋々というように手渡してくれた。

「…君は、容姿を褒められたいのか?」
「まあね。あ、ゴミ箱取ってくれない?」

向かい側にあったゴミ箱を指差すと、加茂くんが代わりに捨ててくれた。
値札を切ってしまうと、もう特にやることもない。加茂くんはまだ居座る様子なので、今ここで席を立つのも避けてるみたいでかわいそうな気もする。仕方なく包装紙を綺麗に折ったり段ボールを畳んだりしてみた。この時間だし誰か顔を出さないかなと願ってみるが、廊下からは足音ひとつ聞こえなかった。

「誰も来ないね」
「なまえ」
「なに?」
「…君は綺麗だ」

何かの歌詞みたいだ。なんの曲だったかな。顔を上げると、いつになく真剣な加茂くんの姿があった。

「…それこそ不誠実なんじゃない?」
「極めて誠実なつもりだが」
「付き合ってもないのに?」
「…それでも、君のことはよく知っている」
「それは同期としてでしょ」
「そうだ」
「”意中の人”に言ってあげなよ」
「なまえがその人だ」

澄ました表情はいつもと変わらないが、いつにも増して意固地になりそうな雰囲気だけはある。この人はなんでこう、相手と思考を共有できてないことに気付けないんだろう。頭が痛い。

「そして、クラブの話だが」
「…え、またその話?」
「とにかく行くな」
「ぜったい行く」
「嫌だ。諦めろ」
「だからなんで」
「理由は伝えたように思うが」
「付き合ってないのに言うこと聞く気ないけど」

脚と腕を組んでNOを突きつけ続けると、聞こえよがしな大きなため息が聞こえる。ため息をつきたいのは私の方だ。前々から思っていたが、一生分かり合える気がしない。今日でなくとも、私の意見に彼は大体反対するし、当然だが逆も然りだ。

「…彼氏だったら聞くのか」
「彼氏がいるのにクラブ行くような女だとでも思ってるの?」

しばらく押し黙った加茂くんはようやく口を開いた。

「いつ行く予定なんだ」
「今週末かな」
「…わかった」

彼が唐突に言ったその「わかった」が、降参の意味ではないことはわかる。このまま向き合っているとまた長くなりそうだ。ちょうど窓の外から、三輪と誰かの話し声が聞こえてきた。みんなで出かけていたのかもしれない。カーテンを開きっぱなしにしていたのを思い出して、窓のほうに向かった。加茂くんの視線が追ってくるのを感じた。

「なまえ、私と付き合おう」

今度こそため息を吐いたのは私の方だった。なんだか力が抜けてしまって、カーテンの端を握ったまま窓の横の壁にもたれた。付き合おうって、なにそれ。何年も待ちぼうけさせられて、結局はあきらめる気でいたのだ。加茂くんを睨むと、いつものように澄ましているのが癪だった。こちらに向かってくるので、カーテンで顔を隠した。

「いずれ言うつもりだった。この際、時期など問題じゃない」
「…いずれってなに」
「成人したら伝える気でいた」
「だからこんなに待たせたの」
「…待っていたとは知らなかった。すまない」

加茂くんが私の片手をとり、もう一方の手で私の顔からカーテンを取り払った。

「綺麗だ」
「…ありがとう」
「君が隣にいてくれたら嬉しい」
「うん」
「君の恋人になりたい」
「…いいよ」

彼が頬をさらっていって、唇を重ねられた。温かくてずっとこのままいたい気持ちになった。
頬を撫でる手がぎこちないのに、それさえ心地いい気がした。

「クラブ行きは諦めてくれるだろう」
「うん」
「…よかった」

今日は、5月の末。来週は、彼の誕生日だ。

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