「……私たちに、ですか?」
「そう。葵か憂太あたりに頼もうと思ったんだけどさ、葵は高田ちゃん関係の予定は譲らないし、憂太は真希と“デート”っていうからさ」

デートという言葉選びが五条悟による脚色なのは明らかで、生徒の休日にずかずかと割り込む図々しさに皮肉を返す。

「……私と加茂さんが、“デート”中かも、っていう発想は?」
「だって違うでしょ」

乾いた笑いで一蹴する五条悟は、愉快犯だ。

「ねえ、憲紀?」

しかも、本当に人が悪い。
顔色を変えず、咳払い一つでお茶を濁す加茂さんは、確かに相応しい対応をしたのだろうと思う。

「……まあいいや。ちょっと僕の話を聞いてよ」

届いたコーヒーにひたひたとガムシロップを流し入れながら、五条悟が宣う。一緒に届いた山盛りのガムシロップの器を見て、この店はそもそも五条先生の行きつけだった、と思い出す。

「最近妙に忙しいんだよ。ほら、僕、昨日も交流会終わってすぐいなくなっちゃたでしょ? 今朝帰ってきたばっかりなのに、今日もこの後、やっかいな案件があってさ。怪しいなと思ったんだ。……そしたらさ、今夜大事な会議が予定されているらしいじゃないか」

加茂さんの眉根がぴく、と痙攣して、厄介な顛末を予感する。

「誘われてないなんて、かわいそうでしょう、僕」

目隠しで表情は読めないが、哀れぶった声音の裏に、荒んだ空気をひしひしと感じる。もちろん私たちに向けられたものではないが、正面にいる加茂さんはさぞ居心地が悪いだろうなと案ずる。なんといっても、一応彼は、五条悟を呼ばなかった勢力の側の人だ。

「頼み事とは何ですか? 用件によっては私は高専に連絡をしなくてはいけません」
「そういうと思ってさ、とっておきのシナリオを用意したんだ。聞いてくれる?」

いつもの、結局有無を言わせないような圧を纏って、人差し指を立てて目配せしてくる。もっとも、目は隠されているのだけど。
「どうしますか」と、前のめりの先生の影から加茂さんに目で訴えれば、彼は僅かに顎を引いて、それから先生に向き直った。「聞いてみよう」、そういう意味だろう。

「ーー君たちは今朝、任務から帰ってきたお疲れ五条さんにお使いを頼まれた。お気に入りのコーヒーが切れちゃったんだよね」
「あれは私の。」

「まあまあ」と手をひらひらとさせながらあしらう五条悟。加茂さんが呆れたように眉根を寄せたのを見た。

「ーーなんといっても、五条先生のお使いだ。“慎しみ深い”君たちも、渋々二人で街に繰り出した。
五条悟の宛名で領収書を切るつもりでコーヒーをいただく君達の前に、なんと本人である僕が現れる。今ココだよね。……適当な理由をつけて合流する僕に、君たちはすっかり騙される。会計を終えた僕は、何も知らない君たちを近道と称して路地に連れ込む。」

顔を見合わせる加茂さんと私に、にっと笑う先生。

「いい反応だけど、ここからが本番だよ。
ーーすると次の瞬間、君たちは僻地に飛ばされてしまった! 高専に連絡を図る間もなく準一級呪霊に襲われ、やむなく応戦。激戦の末、君たちは五条悟の代わりに任務を終え、僕は仲間外れの首謀者に一泡吹かせる、ってワケ。……どう? 面白そうでしょ?」

暴君もここまで来ると見事だ。ため息が溢れて、テーブルに肘をついて手で顔を覆った。私たち、である意味が存分に示唆されてしまった。頬づえに直って、飄々としている五条先生を詰る。

「準一級なんて、昇級審査中とはいえまだ二級の加茂さんに割り当てられる任務じゃない。まして準二級の私は足手まといにしかならないのに」
「そこは僕を信用してほしいな。君たち二人ならできるという確信あっての打診だよ。僕も、うら若い君たちの命を私情で確定の死地に送るような真似はしない。君たちならできるよ」
「……駄目です。私はよくても、名字は何かあったらーー。いや、それは私が何か言える権利はないが……」

今になって、一体何を言い出してくれるだろう、と来たる失望への憂いと、恨めしさ半分に頬杖をつきながら見つめていたが、自らを窘めた加茂さんを見て、なんだかすっかり毒気を抜かれてしまう。「加茂家の次代当主はずいぶん分別があるねえ。……ねえ、名前?」。頬杖の影から五条先生に非難の視線を送るも、へらへら笑うばかりだ。

「とにかく、私はこの話は聞かなかったことに。今回の打診は名字一人で成立するものではないし、私はまだ政治に関わる気はありません」
「……本当にいいの?」

おちゃらけた調子はそのままに、落とされた声のトーンが逆に空恐ろしい。ひりつく空気に耐えかねたように、先生のアイスコーヒーから水滴が流れ落ちた。

「君たちねえ、自分たちの立場も忘れて呑気にお出掛け、はちょっと危機感が足りないね。五条悟の手にかかれば、屈託のない”火遊び”も、既成事実に早変わりだよ?」

"慎しみ深い"などと遠回しに牽制したかと思えば、今度は"火遊び"だなどと直截的に表され、もう加茂さんの反応を伺うのもままならない。
本当に人が悪い。代弁するように加茂さんの神妙な声が聞こえてくる。

「それは困ります」
「だよねえ」

五条悟は政治も上手い。
加茂さんを巻き込めば、保守派勢力へ十分な嫌がらせができる。
だが、私怨のためだけに生徒を利用するような人ではないことは知っているし、それは付き合いの長い加茂さんも同じはずだ。
私たち子供の預かり知らぬところで、すでにそういう話題が出ているのかもしれない、という方向性で考え出すくらいには、先生を信頼している。
一度決定的な噂が流れてしまえば、後戻りできないところまで引きづり込まれてしまうのは目に見えている。
もちろん、ささやかな期待があって加茂さんの誘いを受けたことは、もはや否めない。向こうもそうなのだろうな、という確信めいたものさえある。
由緒ある家柄同士、多少のリスクを抱えていることにはお互い、十分自覚的だったことはたしかだ。それでもなお、年頃の、慕い慕われの通過儀礼のつもりだった。それを思えば、”火遊び”の表現は言い得て妙である。

いずれにしても五条悟は、はいかYESかで好きな方を選ばせてくれるだけなのである。



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