「、かも、さん」
「何も言うな」

然るべき時には、ちゃんと理性を手放せる人なのだな、と口を塞がれながらも妙に冷静に考える。オートロックの施錠の音を待たず、たがが外れたように互いの唇を貪った。「DO NOT DISTURB」。札が音を立てて落ちた。

準一級を祓った、しかも、ありえないほどスムーズに。
その興奮が、いまだ冷めやらないのだ。
いわゆるゾーンというやつではなかったが、お互い妙に張り切って、しかし驚く程冷静に、それぞれの役割に徹した。
五条先生の暗示が作用したのかもしれないが、なにしろ全てが上手く嵌っていた。対呪霊に格下なはずの私たちは、しかし補って余りあるほどだった。言ってしまえば、相性が良かったのだ。

「っ、携帯、なってる…」
「……そうだな」
 
答えた言葉と態度が釣り合ってない。昂った感情に開いた瞳孔は、ずっと私を捉えていて、今にももう一度、唇を捕らえられそうだった。

「ねえ、本当に」
「……報告はしただろう。迎えは朝10時だ。問題ない」

知っている。彼のペースに取り込まれたくないのだ。
思いも虚しく、乱れた息が整わないまま、深く口付けられて、必死に呼応する。

「…、言っておくけど、初めてじゃない」
「大丈夫。私もだ」

なにが大丈夫、だ。避妊具の用意もないくせに。……いや、案外手練れで、財布に忍ばせているくらいはしているのかもしれない。チェックインの時に見た黒い財布を思い出して、くらりとした。

そのままベッドに雪崩れ込んだ。押し倒されて、性急に、しかし配慮された手つきで、腰から背にかけてを弄られる。応えて、彼の首に腕を巻き付けた。首筋に熱い息遣いを感じて、腰が揺れるのを抑えられなかった。
見えない何かに引き寄せられるように、どちらともなくまた唇を合わせる。ひんやりとした空気を腹辺りに感じて、いくつかボタンを外されたのだと知った。
余裕がないのはこちらも同じだ。
胸板を押せば、思いの外抵抗もなく体が離れ、その隙にベルトに手を掛ける。バックルを外そうとして、彼がまったく動かないのに気付く。積極的な女は好きではないのだろうな、と顔色を伺おうと仰ぎ見る。

何かに気づいたような表情に、「どうしたんですか」と聞く。

「……避妊具がない」

危なかしい人だな、とも思うが、用意周到でない辺り、そして身を引こうとする誠実さが好ましく感じられて、むず痒かった。

「なくても大丈夫」
「何が大丈夫なんだ。いいわけがないだろう」
「いいの、本当に大丈夫だから」
「いや、何を言って、」
「ないの。子供、できないから、大丈夫」

肌蹴たブラウスを手繰って、露わになった下腹部をなぞってみせる。

「ないの。……わかりました?」

愕然とした表情で、私が触れたところを、もう一度なぞるように、皮膚の硬い指の腹が辿る。
そう。初めから、なにも問題はないのだ。火遊び以上のことには、絶対なり得ない。

普段日に当たらない腹部の白さに、彼の手の暗さが目立つ。彼は色素の薄い方だと思っていたが、手はそれなりに焼けている。大きな手が恐る恐るといったように私の臍の下にぴったりと添えられる。

「……すまない」

言った声は確かな響きを纏っていて、彼がよく理解したことを悟った。

「火遊び、楽しめそうでしょ?」
「……やめないか」

弱々しい声は裏腹に、かち合った瞳の奥は物憂い半分、劣情半分といったところだ。
彼の肩を押し、体を起こし様に彼の首根に手を添えて、自分から口付ける。上の空で呼応する彼のかさついた唇に、戯れに噛みつく。

「誰かのものになるなんてタマじゃないの」

言ってやれば、合わせた瞳が一瞬陰るも、私が瞬きした次の瞬間には、彼の目尻は憂いを断ち切っていた。

夜中、弊しきった体を肉欲に支配されるまま、三度体を重ねた。彼の欲を中で受け止めることは、しかし一度もなかった。

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