| やさしい痛みをくれた少年 |
| *** 「本物、だあ…」 「うん。触ってみる?」 「えええ!いや、あ、あの、むむむ、無理です…死んじゃう…」 「あはは、おねーさん、死のうとしてたのに?」 「う、ううう…」 理央ちゃんはそう言って朗らかに笑うと、もう一度あんまんに齧り付く。理央ちゃんの一口は小さくて、少しずつあんまんを頬張っていく姿を見ていると、まるでデデンネとかパチリスとか、小動物ポケモンみたいだなあと思った。それにしてもこの可愛さは、やっぱり本物だあ…。確信して、わたしも女の子らしくない大口で半分こしたあんまんにかぶりついた。それを見て、理央ちゃんがまたくすりと笑う。…ここが天国かな。 いや、実際、天国に行こうとしてたはずだ。そのはずなのに、どうしてこんな地上の楽園に留まっているんだろう。理央ちゃんはわたしを歩道橋から近くにあったコンビニまで一歩も迷うことなくすたすたと連れ出し、肉まんコーナーの前でようやくその足を止めた。そして、ぴっとポケットから手を出し、指差して言ったのだ。「あんまん半分こで、知らなかったことにしてあげる」…わたしに拒否権などなかった。そして今、コンビニの前の古ぼけたベンチに隣り合って座って、ふたりであんまんを頬張っているというわけだけど。 「それにしてもびっくりしたよ、歩いてたら遺書が降ってきて、しかも自分宛って、何億分の一くらいの確率引いちゃったよね」 「う、ああ、わ、わたしもびっくり…しました…」 「おねーさん、よくどもるね?大丈夫?」 どもらずにいられようか、だってしばらく生身の人間と喋るなんてことなかったのだ、しかも相手はあの理央ちゃんだなんて!何度だって確認する。これはほんとに、現実なのか。天国じゃないのか。あの理央ちゃんが隣でわたしを覗き込んでて、心配そうな表情をわたしに向けてて、というかわたしの指紋がついた餡まんを手に取り今口に含んで咀嚼し、いわば理央ちゃんの胃の中には今わたしの指紋が存在してるって、ヤバイことだ。心臓発作でも起きてるんじゃないかってレベルの脈拍が、ふと触った自分の手首から伝わってくる。ちらりと視界の隅にあった理央ちゃんの黒いニーハイに少しだけ乗っかった生足太ももが目に入ると、さらにそれが加速する。さらにさらにその脚が不意に組まれて、柔らかな肌と肌が重なりあってるのを見ると、…死んだ。やっぱ天国行き決定。思わず口元を手で覆うと、理央ちゃんは少し妖しげに笑った。 「そっかおねーさん、僕のファンなんだもんね。ねえ、僕がこーするとコーフンしたりするの?」 そう言って理央ちゃんはすらりと組んだ脚の上に片肘を乗せて小首を傾げると、きゅるるーん、なんて効果音をつけて上目遣いに微笑んで見せた。ぶるっと体が震え上がる。だめ、心臓発作はこれ以上起こりようないし、これより上に逝くところもないんだけど! 「ひええ!?コーフンとか、いや、その、あのお…!」 「うん?」 「いやちょっとあの、その、理央ちゃんやっぱりかわいいなって、すごいなって思うけど、コーフンとかそういうのじゃないし、あの、わあああってなるっていうか、ちょっとアタマが爆発しそうになるっていうか!吹っ飛びそうっていうか!だからちがうんです…理央ちゃんにヨコシマな感情なんか、なんかあ…ない…ないんです…」 「あはは!おねーさん、からかっちゃってごめんね。僕のこと好きでいてくれてありがと!だからあんな素敵なお手紙も書いてくれたんだもんね?」 羞恥心でひたすら熱くなって、文字通りに頭を抱えていたところに、理央ちゃんの一言がヒヤリと氷のように私の上に落とされる。あんまんの熱が、手のひらに馴染まない。そのまま顔を動かすことができなくて、でも、聞いてみたいことはあったから、必死に震える唇を動かした。 「…あの、理央、ちゃん、さん」 「呼びやすいように呼んでいいよ」 「じゃ、じゃあ、あの、理央ちゃん…。アレ、読んだんです、よ、ね…?」 「うん。読んだよ?熱烈ラブレター」 「あっ、あああ、うう…。あ、あの、もし、アレを、わたしが死んだあとにもらってたら、どう思いました、か…?」 それは、わたしが知ってはいけないことだったはずだった。わたしが幸せなまま死を迎えるには、あくまでも妄想の中に閉じこもり、現実を知らないままでいるのが条件。それなのに、どうしてわたしは禁断の質問をしてしまったのか。よく考えたら、全然理由がつかない。 けど、わたしは無意識のうちに、知りたかったのだと思う。わたしがいなくなった世界とは、一体どんなものなのか。 わたしの心臓の震えをよそに、理央ちゃんははむっとあんまんに噛り付いたあと、なんてことなさそうに、頬に人差し指を当てて考え出した。うーんとしばらく唸ったあと、理央ちゃんはふっと首を傾けて、笑う。 「…うーん。別に?そっかあ、って感じ」 「…そ、そっかあ、そっ、かあ…」 なんて、素っ気ない。…やっぱり、知らないほうが幸せだったなあ。考えてみれば、当たり前のはずだった。わたし如きの社会のゴミみたいな人間が死のうと生きようと、理央ちゃんにとってはどうでもいいことだ。勝手に死ねば、って感じ、だよね。どんな顔をしたらいいのか分からなくて、ただ俯いて、伸ばしっぱなしの髪をカーテン代わりに表情を隠した。 「あーでも、さすがにびっくりはしたかも。僕がアイドル辞めただけで、死んじゃう人までいるのかーって。一々同情まではしてられないけどさ、びっくりは、するよ」 「そう、なんだ…」 「うん。あ、あと、こう思う。"死ぬきっかけが見つかって良かったね"」 「……え」 それって、どういうこと。理央ちゃんはなんてことなさそうに、またあんまんに齧り付く。ごちそーさま、あーおいしかった、僕あんまりコンビニのものって食べないんだけど、これはまた今度買ってみるね。そんな独り言もまともに耳に入らなかった。…曖昧でふわふわした感情が心臓にこびり付いて、グチャリとした感情になり、胸の中で渦巻く。これは、なんだろう――これは、困惑と、怒りだ。わたしは、理央ちゃんのこの言葉については、どうしても反論しなくちゃならない。理央ちゃんのファンとして、わたしの沽券にかかわることだ。 「理央、ちゃん…。あの、それは、違います」 「ん?」 「わたしは、理央ちゃんがいなくなっちゃうって聞いたからこそ、死のうとしたんです。他の誰でもない、理央ちゃんがいない世界に、生きる価値なんてないから、だから死のうとしたの。それを、偶然とか、たまたまのきっかけみたいに、言わないでほしい…」 まるで、わたしの理央ちゃんへの思いをなかったことにされてるみたいに聞こえたのだ。わたしの思いは、本物だ。わたしは理央ちゃんが、本気で、マジで、好きだ。本気で好きな人がいなくなるからこそ、死にたいと思ったのだ。 なのに理央ちゃんは、けろりとした顔でわたしをもう一度見て笑うのみ。細い脚をぴんと伸ばし、冷えた足先を温めているのかぱたぱたと足首を動かしていた。 だけど不意に、彼はその足先をぴたりと止めた。そして前を向いたまま、理路整然と、彼なりの論理を唱え始めた。 「おねーさんの気持ちを否定したいつもりじゃないよ。おねーさんが僕を好きでいてくれてることは、とってもよく分かってる」 「なら、」 「でも、あんたは僕のために死にたいんじゃないよ。前からずっと死にたかったのに死ぬときがなくて、そんなもやもやが積もりに積もってて、ちょうどいいところに僕のことが舞い込んできたから、よし、死んじゃおうって思い立っただけだよ。きっとね」 前からずっと、死にたかった?そんなはずはない。理央ちゃんがいる限り、わたしの存在理由はあった。理央ちゃんがいる限り、死にたいなんて思わなかった。理央ちゃん、ちがうよ、そうじゃない…そう言おうとしかけると、理央ちゃんはわざとそれを遮るようにニッコリ微笑んで、ふと立ち上がった。そしてわたしの目の前に立つと、得意げに論理の証明を語り始める。 「僕のためじゃなくてもよかったんだよ、あんたの自殺は。ある程度のショックのある出来事なら、なんだって良かったんだ。騙されたと思って、考えてみてよ。たとえばお母さんとお父さんが入院したとか…うーん、そこまで大変なことじゃなくても、そうだなあ。ポケッタラーでちょっと死をほのめかすコメント見ちゃったとか、ちょっと鬱っぽい本読んだとかね。とにかく、僕以外でもきっかけはいっぱい転がってたはずだよ。その中で僕はたまたまタイミング良くあんたの目に入っただけ」 …騙されたと思って、少しだけ考えてみる。もしもお母さんとお父さんが入院したら、わたしはもうこれ以上迷惑かけられないとか言って、死んでそう。ちょっと死をほのめかすコメント見ちゃったら、ああなるほど、死のう。って言ってそう。鬱っぽい本読んだら、それこそ理央ちゃんに遺書を送ろうとしたように、本の作者に遺書を送りつけて、あなたのせいで死にましたって言って死んでそう。言われてみたら、死に向かう自分が思ってたより容易に想像がついた。 こんなの、おかしいはずなのに。わたしは理央ちゃんの辞めます宣言のせいで初めて死にたくなったはずなのに。どうしてか、「死にたい」という言葉には、まるで昔からそこにあるかのような馴染みがあった。そんなはずないのに。その裏で、過去のわたしの希死願望がむくむくと膨らんでいく。 何もしていないのに、思い出してしまう。たとえば、親と喧嘩して引きこもることになったときとか。何もせず無駄に一日を過ごしてしまったときとか。自分の状況の惨めさを改めて実感したときとか、誰かを傷つけようとしてる自分に気がついたときとか。…自分が、嫌いになったときとか。数多の記憶が溢れて溢れて、水風船のように重くなっていく。そしてそれはやがて、ぱちん、と弾ける。無意識のまま、口から言葉が漏れ出していた。 「わたし、死にたかったのかなあ…」 口にした途端、怖いことのはずなのに、どこか心が軽くなって、安心してしまった。それはずっと見ないふりをして、きつく縛り付けていた感情が、今ようやく解き放たれたから、なのかもしれない。 でも。ポケットの中に突っ込んでぐしゃぐしゃになってしまった、あの遺書を取り出す。そうなると、これは、すごくカッコ悪い。 私が思考に沈む間、あんまんの紙袋を手にその場を踊るようにふらふら歩き回っていた理央ちゃんを、ふと見つめた。理央ちゃんが現れるだけで、街灯の光もスポットライトに見える。やってることだって、ゴミ箱にぽいっと紙袋を捨てるってだけなのに。ちらちらとした輝きの中で理央ちゃんはわたしの視線に気がつくと、マフラーをふわりと靡かせて妖艶に振り向いた。 「なあに、おねーさん?」 「…わたし、理央ちゃんに、責任転嫁、しようとしてたんです、ね…。わたしの問題を、たまたま転がってきた理央ちゃんのニュースにこじつけて、理央ちゃんに迷惑かけて死のうとして…理央ちゃんにとったらどうでもいいことだったけど」 「そうだね、ニンゲンって、いつも自分に都合よく理由をこじつけるのが得意だからね」 その通りだね、理央ちゃん…。理央ちゃんはまるで、自分がニンゲンじゃないみたいな口調でへらりと笑った。つられてわたしもへらりと笑って、自分のカッコ悪さや惨めさを嘲った。 「そう、ニンゲンって、ココロって馬鹿なんだよ。死ぬ理由なんて、大層なものをいくらでも思いつけるような。でもね、こういうときは、逆さまにして考えるんだ」 蛍光灯のスポットライトの下で、理央ちゃんは輝きながら、人差し指をわたしへと差し向けた――冴え渡る鮮やかな水色の瞳と、一緒に。…それは、スポットライトの華やかさにも負けない明るさで、ぎらりとわたしを射抜こうとしていた。 「ニンゲンは馬鹿なんだ。生きる理由だって、こじつけるのは簡単だよ。ほら、騙されたと思って考えてみて?」 …生きる、理由なんて、ないから死のうとしたんじゃないか。疑いながらも考えてみて、真っ先に思いつくのは、やっぱり理央ちゃんだった。理央ちゃんがいれば、生きていける気がする。そう言うと、理央ちゃんはまたふっとわたしを嘲笑した。そしてマフラーをひらりと靡かせて、わたしに背を向けた。 「そういえば、おねーさん。僕がネットアイドル辞めちゃう理由、聞かないんだね」 「…聞いたらだめかな、って、思ってた…から…」 「あはは、おねーさんらしいや!…あのね、教えてあげる。――好きな人が、出来たから。もう、みんなのものじゃいられないから」 ざあ…、と風が吹き、わたしが思わず身体を縮こませた瞬間、理央ちゃんは顔だけをこちらに向けて、微笑んでいた。そしてわたしははっとした。今までの、小悪魔みたいにわたしをからかって遊んでる笑い方じゃない。きっと、これが大切な人に、好きな人に向ける笑顔なんだろう。裏も表も何もない、やわらかくてあたたかな、愛おしさに満ちた笑顔だった。 風にそよいでいた理央ちゃんのマフラーが、ようやくぱたりと彼の肩に収まるまで、わたしはその笑顔から目を逸らすことができなかった。 「変な子なんだよ。ぼんやりしてて、おっとりしてて。いかにも悪いヤツに騙されやすそうな女の子。でも初めて見るもの全てに目を見張っててね、何の先入観もなく僕を見てくれたんだ。あ、あと今時ポケギアなんか持ってるような世間知らず!なんで僕、あんな子を好きになっちゃったんだろうね」 「…そう、なんだ…」 …突発的に、敵わない、って思った。理央ちゃんにこんな表情をさせられる、名前も知らない彼女をとても羨ましく思った。わたし如きではきっと、一生掛かっても理央ちゃんをこんな風に笑わせてあげることは出来ない。わたしじゃ、だめなんだ。…いいなあ。そんなわたしの感傷を振り払うように、理央ちゃんは明るく謳い続ける。 「まあ、話はそっちじゃなくて!ここからがおねーさんの問題だよ。たとえば、あの子から僕のハートを奪っちゃおう、って、思ってみるのはどう?」 え?と無意識のうちに声に出してしまっていた。理央ちゃんのハートを、奪う?そんなの無理だ、今実際名前も知らない女の子に圧倒的な敗北感を覚えたばかりだというのに。 「そんなの無理だよ、理央ちゃん」 「できるかもよ?だって僕、今その子に片思い中だし。運命の気紛れで、おねーさんを好きになっちゃうかも。でもそれって、死んだら可能性なくなっちゃうんだよ。ほら、生きる理由、一個でーきた!」 唖然とするわたしをよそに、理央ちゃんはまるで演技でもするかのように、足をぴんと伸ばしたまま爪先歩きで私の前を行ったり来たり。 「好きにならなくても、お友達ならもっと可能性高いし?ていうか、アイドルの理央チャンはいなくなっても、理央っていうこの僕は、世界のどっかにいるんだよ」 あとは、そうだなあ。僕以外にもあるんじゃないかな。もっと小さなことを重ねるのでもいいんだよ。隣町のケーキ屋さんのモンブラン食べたいとか、もう一回ここのあんまん食べたいとかでもいいし。ね、いっぱい生きる理由って、ゴロゴロしてるじゃん? 理央ちゃんはそこまで上機嫌で唄いきると、私の前でぴたりと立ち止まって、やっぱり悪戯っぽく笑う。 「ねえ、おねーさん。お馬鹿な僕たち、何にこじ付けて生きる?」 その言葉は、一見悪魔のような口調。でも、その裏にはもっと大きな優しさが、天使がいるような気がした。 「わたし、わたし、は…」 答えなくては、いけないと思った。間違えてはいけないとも思った。有象無象の感情や思いや欲望や本音が、ひとつのからだの中でぐちゃぐちゃになっているのを、あたふたと一つずつ手に取ってみる。そんなわたしを、理央ちゃんは再びわたしの隣に腰掛けて、試すような視線を上目遣いに向けていた。でも、引きこもりにはなかなか上手な理由が見つからなくて、やっぱり俯いてしまう。 …手元のあんまんは、すっかり冷めてしまった。冷えて固くなった餡は、あんまり美味しくはなさそうで、残念。…そうだ、これが、いいんじゃないかなあ。わたしは、到底一口では入りきらなさそうだった残りのあんまんを、一気に口に詰め込んだ。 「わー、おねーさん大胆」 「ひほひゃん!」 「うん、とりあえず喋るのはそれが喉通ったらにしようね」 「う…!り、理央ちゃん!あの!」 大きな瞳をぱちぱちさせてわたしの咀嚼を眺めていた理央ちゃんだけど、わたしが震えた声を上げると、うん?と肘をついて、どこか穏やかに笑っていた。 「わ…、わたし。今、理央ちゃんと、会っちゃったから…。だから、もう一度理央ちゃんに、会って、今度はあったかいうちに、あんまん半分こして、食べ切りたい…」 「うん」 「だから、当分は、これがわたしの生きる理由…」 それは、今すぐにでも叶いそうで、叶わないこと。あの理央ちゃんにもう一度会うことなんて、きっと不可能だ。だってわたしは理央ちゃんの連絡先も何もかも知らないんだから。でも、それぐらいのことがいい。そんな無謀なことが、今は一番わたしがやってみたいこと。死んじゃったら、できないこと。イコール、生きる理由。 「…あはは!そっか、すごく良いと思うよ」 理央ちゃんは不意に立ち上がると、けらけらと笑い出す。ああ、やっぱり馬鹿げてるよなあ…と俯いたときだった。ふっと、顔に近寄る彼の気配。ヒッと体を仰け反らせようとしたのを、肩を掴まれて阻止される。一気に心臓がどくどくと激しく血を巡らせはじめた。ひええ、だの、ひいい、だの言葉にならない言葉を口に出しそうになったとき、額と額がこつんとぶつかった。至近距離の吐息が、語る。 「…おねーさん、ちゃんと、僕を見て?約束しよ」 その言葉にも最初は首を振ってたけど、理央ちゃんがだんだんむくれてきてしまったので、仕方なしにおずおずと視線を上げてみる。そして、ようやく理央ちゃんを真正面から見つめることができた。…飲み込まれる。可愛くて、綺麗な男の子。色素の薄く、青みがかった髪は儚げ。なのに、長い睫毛に縁取られた、宝石をはめ込んだみたいに鮮やかな水色の瞳が、少年らしい迸る生命感を主張している。アンバランスな少年の美しさが、彼にはこれでもかと詰め込まれていた。こんなにもきれいな君に、もう一度会う日を、必ず作ってみせるんだ。 「おねーさん、僕を、捕まえてみせてね」 「…うん。絶対捕まえて、あんまん食べる」 「うん。ずっと待ってる、おねーさん」 睫毛を少し風に揺らしながら、理央ちゃんは瞳を柔らかく細めて笑った。それは、こんな馬鹿げた理由で生きようとするわたしを嘲笑っているようでもあり、名前も知らないあの女の子へ向けていた笑顔にも、少し似ているような気がした。 …きれい。あまりにもうつくしいそれに見惚れていたとき、突風がざあと吹きあげてきた。思わずぎゅっと体を縮こめ、目も閉じる。そういえば、あの遺書を落としちゃったのもこんな突風のせいだったっけ。理央ちゃんと出会えたのも、死ねなかったのも、生きる理由が見つかったのも、全部風が強かったからだ。…なんて、これもきっとニンゲンの特技・理由のこじ付けなんだろう。なんでもない、たまたまそこに転がっていた要因のひとつに過ぎないんだろう。 「…おねーさん。次は、つぶあんにしようよ」 その声と、触れていた理央ちゃんの熱がなくなるのにはっとして、目を開ける。そこに、理央ちゃんの姿はなかった。けれど、動揺とか失望とか、そういう感情は一切湧き上がって来なかった。むしろ、やってきたのは、希望。…彼を見つけるまでは、まだもうちょっと、死ねないかなあ。 コンビニ前のゴミ箱に、あんまんの紙袋を捨てる。一緒に、あの二通の遺書も捨てておいた。不思議と、心は浮き足立っていた。 やさしい痛みをくれた少年 Title by 3gramme. |