| アイラブユー・ハウリング |
| *** ひのちゃんは、迅速な処置のおかげでなんとか助かったと、ジョーイさんが言っていた…らしい。ポケモンセンターの待合室のソファーで、すっかり落ち込んでしまったあたしの代わりに漣さんが聞きに行ってくれたのだ。しかもひのちゃんの不整脈の原因は、あたしが飲んでいたココアをいつの間にか飲んでしまっていたから。ココアとかチョコとか、カカオ系の食べ物は小動物ポケモンには有毒になることがあるらしくて目を離してはいけないと、これも漣さんがジョーイさんに聞いてきてくれた。あたしの、せいだ。あたしがちゃんとひのちゃんを見ておけば、ひのちゃんはあんなことにならなかったのに。 膝の上で握りしめた拳に、ぽたり、ぽたりと滴が落ちていく。肩も震えて、汚い嗚咽も堪えられなくなってくる。悟られたくはないけど、これじゃあ隣に座ってる漣さんにも泣いてるのばればれだろうな。うう、情けない。自販機で買ってきたコンポタ飲んでるのは、あたしのこと見ないふりしてくれているんだろうか。それとも、単に興味がないだけかな。そっちのほうが可能性高いよなあ。そう思うと憎くなってきて、なんだよ、こーゆーとき少女漫画の世界では女の子の分の飲み物も買ってくるもんなんだぞ。ほっぺにぴとってやるのが定番なんだぞ。そういう気遣いが出来ないからヒナリちゃんにもふられるんだ、バカヤロー。せいぜい残ったコーンの粒と死闘を繰り返すがいい!貧乏性か周囲の目線か、究極の二択!ファイッ!…なんて、くだらないことを考えはじめるくらいには思考が混乱してきたとき、ようやく彼が重い口を開いた。 「…いつまでそうしてんの、お前」 「…びのぢゃんがぁ、がえっでぐるまで」 うっわ、酷い声(笑)とでも言わんとばかりに鼻で笑った漣さんをじっと睨みつける。あたしだって好きでこんな声になったんじゃない。そりゃあ、あなたの大好きなヒナリちゃんに比べたらあたしなんて全然可愛くないかもしれないけどさ、あたしだって女の子なんだよ。男の人に、まして好きな人に笑われたら、けっこう傷つくんだから。 なんて…そんなの、あたしの我儘。だってあたしは、最初から彼の世界の外の人間だ。彼からしたら、笑ってようが泣いてようが、そこにいてもいなくてもどうでもいい存在。たとえば、さっき通りすがった人とか、同じカフェにいた人とかがどんな顔してるかなんて知ったこっちゃないように。あたしごときの喜怒哀楽が、漣さんを動かすことなんて出来ない。だからこんな感情、全部あたしの我儘で、独り善がり。あたしが全部、悪いんだ。 あーあ、どうしてそんな人を好きになっちゃったんだろう。恋って、呪いだ。彼のことを思うと熱が心臓に宿って、一回一回呼吸するたびにその熱が身体中に巡る。自分の行動を自分の理性で操れなくなって、全部が全部感情論で喋り出す。その結果、勝手に舞い上がって、勝手に落ち込んで、変なことばっかして空回り。…こんなの、ただのバカのすることだ。恥ずかしいよ。やめてしまおう。こんな、好きな人の視界にすら映れない恋なんて。そういえば、初恋は叶わないものって、少女漫画のあの子も言ってたっけ…。 でも、それでも、憧れる。溺れかけた水中から引き上げてくれたときには、神様みたいとさえ思ってしまった、あの光。まばゆく、儚いまでに蒼い、うつくしい、うつくしい瞳に、あたしの姿を一度だけ、映してほしかった。お話してほしいとか、ましてや好きになってほしいとか、そういう欲張りはもう言わない。あたしの姿を、彼の網膜に一度だけ、焼き付けてほしかった。そんなことさえも、叶わない。 じーんと、また目元とか喉とかに熱がこみ上げてくる。喉なんかもう焼けちゃいそうだよ。結局、我慢できずにあたしはとうとう突然大声をあげて泣き出してしまった。通りゆく人たちがギョッとしてあたしに視線を向けるけど、そんなの気にしてられないくらいに、あたしのテンションはおかしかった。コンポタの粒との決闘に集中していた漣さんもさすがに驚いたようで、おずおずとあたしを覗き見る。そしてちらりと彼は周囲を見回した。…バカのあたしでも分かる。「おい彼氏、はやくなんとかしろよ」の空気感が、漣さんへと向けられている。ごめんね漣さん、あたしのせいで誤解されてるし、メーワクかけちゃった。 「…えっと、あー、急に大声で泣くなっての…。どうしたらいいわけ俺」 「……。れんざんがぁ、ギュッでじでぐれだら、泣ぎやむよ」 「な……お前こういうときでもちゃっかりしてんのな」 「あだじも自分で何言っでるのが分がんないぃぃ」 わーい!ほんっとあたしバカだ!漣さんのこと諦めるって決めたのは何行前だっての!やっぱり恋って何言い出すか自分でも予測不可だから嫌ー!漣さんだってほら、もううんざりとばかりに溜息ついてるし。いいよ漣さん、あたしなんか放っておいて、ヒナリちゃんのところに行ってあげなよ、ギャップ作戦ちゃんと実行してね、強引に壁ドンでも床ドンでも天ドンでもしちゃえばいいよ…。ヤケになって笑い飛ばしてしまおうと、顔をあげた瞬間だった。……とさり。視界がふらりと前のめって、あたしとは違う体温に包まれてて、…あたし、なんで抱き締められてるの? 「…これでいいか?あー、でも女心は複雑怪奇だからよく分かんねーけど…」 「……メッチャ、イイデス」 「んーそっか、じゃあ良かった。しばらくしたらひのちゃんも元気になるって、ジョーイさん言ってたし。だからもう、泣くな!いいか!」 「……ハイ、ナカナイ」 「あとは、あとは、えーっと…。よ、よしよし?」 彼の手が、あたしの髪をわしゃわしゃと撫ではじめる。最初は戸惑いがちだったのに、あたしが無反応なのをいいことにか、だんだんとゆっくり、宥めるような手つきに変わっていって。肩をそっと押されると、視線がかち合う。あ、あああ、あの瞳が、きれいなきれいな蒼の瞳が、どこまでもどこまでも深い海の色が、今目の前にあって、そこにあたしが映って、バカみたいに口をあんぐりさせたあたしが映ってる…?そして信じられないことに、その瞳は、あたしを見たまま柔らかく緩められて、優しく笑っているのだ。心臓が、止まってる。 「…あー、たかが人間如きに何やってんだ俺、あとで洗濯しない、と…?」 「ぎゃ、ぎゃぎゃ、ぎゃっぷもえだ…」 「…はあ?」 「んぎゃああ漣さんのバカぎゃあああ!!」 ドンと勢い良く漣さんの肩を押しのけ、鞄を奪取して猛ダッシュ。周りの視線なんか、もう気にしていたほうが負けだ。なんで、なんで諦めた瞬間にそういうことするのかな!中途半端な優しさは人を傷付けるんだって少女漫画に書いてあったぞ!漣さんのバカ!バカバカ!バカったらバカー!そんなことを叫びながらポケモンセンターを走り去ったあたしの足は止まらず、街を突き抜け道路まで突っ走り草むらでつまずいて転ぶまで停止することができなかった。 *** 「きゅー!きゅきゅきゅー!」 「…あれ、お前いつぞのマグマラシじゃねーか。あの頭のネジふっ飛んだご主人はあれから見てないけど、お前にはよく会うのな」 「え、漣って僕以外にマグマラシの知り合い居たんだ!へえー、はじめましてー!」 「きゅっきゅー!」 あーひのちゃん、もうちょっと右!右向いて! 「…ん、何だこれ、背中に何かつけてるんだね…カメラかな?えっ、でも事情は秘密?」 「きゅうきゅきゅ、きゅーきゅきゅー!」 違う!そっちの子が撮りたいんじゃない!漣さんに上手く抱っこされて!お願い! 「あっ漣、ヒナリが向こうで呼んでる!行こ!…またねマグマラシさん、今度ゆっくりお話したいね!」 「そういうわけで、じゃあな。…元気でやれよ」 …漣さんと男の子が完全にいなくなったのを確認してから、ひのちゃんを迎えに行く。そして背中に巻きつけたカメラを取り外し、そのデータを携帯へと移してひのちゃんと一緒に確認する。ほとんどがぼけちゃってたり、男の子のほうだけだったりしたけれど、一枚だけベストショットが撮れた!思わずひのちゃんとハイタッチしたあと、じっくり眺め見る。元気でやれよ、のところだ。カメラ目線ですごく爽やかに笑ってて、…ああ、もう直接見ると心臓がぶっ壊れちゃいそうだから写真撮るほうに専念しだしたのに、写真越しでもやっぱり、死んじゃいそうぅ…。ふらふらとよろめきかけたあたしを、ひのちゃんが慌てて支えようと、足元でわたわた動き回っていた。 アイラブユー・ハウリング Title by 3gramme. |