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 どこかの物語であれば素敵な話で終われたのだ。煌びやかな世界でドレスを着てエスコートしてもらう、残念ながら私はお姫様でも何でもない社員あったので素敵な結末には辿り着けなかった。
 仕事がメインの慣れないパーティが終了した。もう私の足は慣れないピンヒールであった為に既にガクガクと小鹿のようである。私の身長はおそらく平均かそれよりかは少し高いはずだけれど、背の高いアイスバーグさんに合わせる為もあり慣れないヒールの高さであった。そして何より疲れたのは客商売とは違う表情筋の使い方であった。好奇の目や打算や嫉妬の目に晒されるのはこんなにも疲れるものなのだろうかと疲弊している。どれだけ値踏みをされたところで私は単なる市民だと言うことに気付いてほしい。そう思うと前の秘書のカリファさんには帰ってきて欲しいところ、始まって早々に私では力足らずであると実感した夜であった。そんな中、本社までヤガラブルも乗りつつも気を抜けずにガレーラカンパニー本社に帰ると何人かの事務員さんたちが出迎えてくれた。そして同時にアイスバーグさんからお褒めの言葉をもらい頭を下げたのだった。アイスバーグさんの半分護衛のように着いてきたタイルストンさんやルルさんも頷いている。

「ンマー、ゆっくり休んでくれ」
「はい、ありがとうございました」

 ゆっくりと頭を下げた。そうした私にそんな畏まらなくて良いと手を少し挙げたアイスバーグさん。そのままお開きだという意味を汲み取った。そして事務員さんに案内されつつ社長室の方へと歩いて行ったアイスバーグさんの姿を見送った。
 そして先ほどから不躾な視線を感じる方にようやく声を放った。

「…えっと、どうしました?」
「着替えてくんだろ?」
「はい」

 パウリーもようやくと言うべきか、どこから出したか分からない葉巻に火をつけ始める姿があった。ルルさんはなかなか良いパーティだったなとご満悦である。

「え、ナマエさん、足…!」
「あ、あー…すいません、この靴は買取…」
「いや、そんな事より脱ごう!脱ぎましょう、ね?」
「おい…」
「あー…慣れない靴でしたからね…」

 パウリーさえも少し驚きを見せていた。足の踵より上に赤い出血がある。しょうがない、途中から気付いていた事だ。ここまでバレずに帰ってきたけれど、最後は無理であったようだ。バレないようにしてきたのに最後にこんな失態とか何ともカッコ悪い。通路の壁に手をついて、ヒリヒリと特に痛く傷になっている足の方から靴を脱いだ。痛みよりも解放感が気持ちがいい。もうこんな姿であるから裸足で移動しようと考えた。

「無理してたのか」
「いえ…慣れなかっただけで。ぅ、最後はちょっとカッコ悪かったですね…」
「無理しすぎですって、もう…あー、それ痛いやつ…」
「あはは、大丈夫ですよ」

 ルルさん含めて周りの人が眉を寄せるので申し訳なくなりつつ、何度も大丈夫を繰り返した。もう片足も靴を脱いで、素足で立てばグッと周りよりも背が低くなってしまった。

「…パウリー副社長に運んでもらえばいいんじゃないですか?」
「え」
「あ」

 もう裸足で良いですよね、と周りに許可をとっていた。すると少し考え込んだ女性事務員さんが名案だとばかり口にする一言に、慌てていやいやと拒否の態度を表した。それは私だけでなく副社長であるパウリーも顔を真っ赤にしながら手を振っていた。

「え、真面目な話、皆さん作業服で歩きますし、釘とか細かい木片とか色々落ちてたりもするんで裸足はやめた方が…」
「ナマエ、じゃおれが運んでやろうか」
「あ、ルルさ…」
「…いや、おれが抱える」
「え」

 ルルさんなら、と思えるのは出会った頃から兄のような感じであったからだ。パウリーよりはルルさんのほうが私の精神的に楽である。ありがたいその申し出にのろうとした。それなのにかかわらず言葉数が少なかった副社長が乗り出してしまった。モクモクと煙を味わいつつ、その葉巻に手をかけた。

「…なんだ、不服か?」
「いえ、そのあの…」

 その眼光の鋭さに戸惑っている。まだ私がお願いしていないのにも関わらず、提案した事務員さんが副社長こう抱っこですよ、こうです!とジェスチャーをしていた。待ってそれ恥ずかしさでお互い無理ですと大声で発したい。何しろ私は姫様でも何でもない単なる社員だ。しかしそこまで広がりもしないロングドレスの私を運ぶとなるとそうなるのかもしれないけれど、もうトゲでも何でも刺さって良いから歩かせて欲しいところであった。一歩近づいてくるパウリーに半歩後ろに下がろうとしたけれど、やはり痛いものは痛く、体重移動でもヒリつく痛みがある。

「っ、文句言うなよ」
「…は、ハイ」

 背中に当てられた大きな手、そしてもう片手は膝の裏に差し込まれた。そして一気に浮遊感が広がり、行き場のない手を華麗にパウリーの肩口に回せるわけもなく自身の胸元においた。落ちないようにか既に葉巻の香りが漂う胸元に押しつけられる。事務員さんが、靴は私が持つんで〜とお気楽に言ってくれるが今の私はもう何でも良いから早く着替えた準備室にという頭にしかならない。

「よし!じゃおれはこれで失礼するな」
「…あ、ルルさんお疲れ様でした」
「あぁ、お疲れさん。パウリー、くれぐれも落とすなよ」
「分かってらァ」

 ルルさんの退席に腕の中から会釈した。なんだかもう私ばかりもう馬鹿みたいに恥ずかしがっている気がする。このハレンチ男ですら淡々としているのにだ。胸の奥底を握られている気がしてしまうのは当たり前のことなのだろうか。靴を片手に事務員さんが、コッチですと私を抱き抱えるパウリーを案内する本社通路。スリットの入ったドレスは重力によって引っ張られ太腿の露出面積が広がっていき、必死に手でドレスを押さえた。情けなさ混じりに先導する事務員さんに目を向ければ、にこやかな顔をしていて、どう考えても余計なお世話をされている事に違いはなかった。以前、歓迎会でパウリーとの関係を聞かれ腐れ縁と称して納得していたじゃないと思い返すも何も言えない。今はただ目線も上げられずに荷物のように運ばれるだけに徹した。

「あ、ありがとうございました」
「無理してんなら言えばいいだろうが」
「…そんな簡単な話じゃないですもん」
「…歩けるか?」
「その靴じゃなければ…はい」

 何を考えているか分からないパウリーに着替え終わったら事務室に来いと言われ、それに躊躇いつつ返事をした。準備室に入ると否やニヤつく事務員さんを少し睨んでしまった。

「意外な一面で〜!こちらがドキドキしちゃいます」
「もう…、〇〇さんが変な提案するから…」
「別にパウリー副社長も嫌がってなかったじゃないですか」

 ほら着替えましょう副社長待ってますよ、と急かさつつ流行りらしいロングドレスを脱ぐのを手伝ってもらう。流行というのは常に前進だということ、私はどちらかといえばその前進さよりも安寧を求めてしまう。小さい秘書さん含めて皆さんがノリノリでアイスバーグさんの横にたつなら!と用意した流行のドレスはどれもこれも派手であり、カリファさんはこれくらい着ていましたよと比較してはおかしい名前の方を出しつつの選択であった。あちらこちら露出するドレスよりはシースルーの方がマシだとの選択であった。するすると魔法が解けるように煌めくドレスが私から消えていく、少しの名残惜しい気がするのは、なんだかんだであの空気の非日常感が楽しかったのかもしれない。そしてドレスのデザインに響かないようにと、これ下着ですか?と疑問すら思える攻め気な下着も取り払った。出来上がったのは派手な化粧にいつものガレーラカンパニー社のワイシャツとジャケットの私だ。若干不釣り合いだけれどもうしょうがない。

「はー…もう疲れました」
「ふふ、お疲れ様です。とても似合ってましたよ!あと紅茶ですけど淹れられるようにしてありますので是非」
「あ、ありがとうございます」

 付き合いだからあまり食べれたりしてないですよね?と察されていた。温められていたティーポットにサンドイッチ、この夜の時間にそこまでしておいてくれたのかとその気遣いに感謝した。


 その用意を持ちながら、既に煙が漂っていそうな事務室をノックをする。開けようとしたけれど私が開ける前よりも早くパウリーが開けてくれた。蝶ネクタイと上着を既に取り去ったパウリーがいて思わずそのパウリーらしさに笑ってしまった。窮屈だったのは私だけではないことに安堵した。

「コレ紅茶です、あとサンドイッチです。〇〇さんが用意してくれていました」
「ああ」
「お酒のあとじゃ合わないです?葉巻とも相性はどうなんでしょうか」
「…いや、もらう」

 先にソファに座るパウリーの前に置けば、私も座っていいと言われて私は戸惑った。どこにと言う疑問が浮かんでしまう。長いソファに足を開きながら座るパウリーの向かい側は上座に位置する。隣はそれはそれで何かが違う気がした。いや今はそんな上座だとか考えなくても良いのかなど真ん中に位置する紅茶を置いたローテーブルを前にして立ったまま悩んだ末の言葉を吐いた。

「…どちらに」

 私の一言に眉を寄せたパウリー。そして横目で見たのは隣のスペースであった。目線の指示通りに座り、目の前のテーブルの自身のカップをとった。香り立つ温かい紅茶を一口飲んだところで全然落ち着きやしない。パウリーの金色の髪はいつもと同じように流しているけれど、おそらく何かでセットされているらしく乱れる事はない。折角先ほどまで着こなしていたタキシード姿も私を運んでくれた時に見納めであったらしい。そんなパウリーからはいつもより威圧感を感じる。意味のわからない圧力に多少の戸惑いを感じながらも、おそらく同じように慣れないパーティにて疲れているのだろうと想像した。思い返せば、堂々と就任挨拶を述べていた姿もあったし、立ち回りを意識してか最低限の社交はしていた記憶がある。
 そして予想よりも紅茶の進むペースに少し焦っている。先程ポットを持った感じであるとおかわりは望めない。呼び出した癖になんで喋らないのだろうかと思いながら、早々に立ち去ろうと考え始めた。カツンと空のカップが机に置かれた。カップを持っていた手先を葉巻にゆっくり持っていくのをぼんやりと眺めた。

「アレもってるか?」
「あれ、とは?」
「…っその、あのピアスだ」
「あ、それなら」

 横目の視線に頷いた。ジャケットのポケットに小さなアクセサリー入れの布袋に入っている事を伝えれば、出せと言われる。待たせてはいけないかなと思い、着替えるだけ着替えただけ、華やかな揺れるピアスも外しただけであった。パウリーの言われた通りにポケットに手を突っ込んだ。ポケットの中で手の先に触れる小さい布地の袋を手探りに取り出した。

「でも私、鏡見ないとつけられないですよ」
「…貸せ、つけてやる」
「へ…」

 同じソファに座るパウリーが私の目の前に広げた掌を差し出してくる。取るだけとったドレスに合わせた華やかなピアスはカバンの中だ。渡そうとしているのはいつぞやパウリーからもらったシンプルなピアスである。平然とした顔をしているが、なんというか贈り主に付けてもらうのは非常に小っ恥ずかしいところがある。

「いや、えっと。あ、窓あるんでそれで…」
「おれがつけてやった方がはえぇ」
「えぇ…」

 無神経な男だ。何でこんなによく分からないところで強引なのかと理解に苦しむ。散々パーティで頭を使ってきて、更に頭を悩ませようとする男が上司だとか溜まったもんじゃない。渋々その小さなアクセサリー袋ごと渡せば、葉巻を片手で咥え直し、太い指で小さなピアスを取り出している。

「付けられます…?」
「あんたより手先は器用なつもりだ」
「…そうですね」

 私は不器用であるつもりはないけれど、船大工の仕事など作業なれしているパウリーの方が器用な気がしている。あと仕事柄か分からないけども、え、これパウリーが書いたの?作ったの?と思える繊細な図面や造形などを勤めてから初めて見た時には驚いたところではあった。
 ソファに座る私に向くように座り直すパウリーの重さでスプリングが機能し、少し斜めに傾いた。パウリーは片脚をソファにのせるような形になりつつ、大きな革靴が私の足に当たってくるような近い距離。つけるっていうならと、耳を隠しかけている髪は邪魔になるだろうと指先で耳にかけようとした。けれど敵わなかった。何が起こったのかと認識するより早く鳥肌がたった。私の指先よりも先にパウリーの指先が私の髪を耳にかけたのだ。ッとに、この男…っと、人の気持ち一つ知らずに何してくれるのだろうかと急速に湧き上がる熱がある。短い爪先を有する指先は静かにもう一度耳の輪郭をなぞった。

「んぁ?熱いな、疲れたよな」

 何にも気付きやしない男が呑気に声をかけてくる。そして頭を振るだけの返答も気にしていないらしい。今更、耳をあまり触らないでくれとか言う訳にもいかなくなって鳥肌が立ちそうな身体に力をいれた。中指を耳裏に当て、耳垂に開けている穴をなぞる指先、バレないように唇を真横に引っ張った。くすぐったさとゾクゾクとした感覚が身体を這い上がってくる。普段触られないその場所を暴かれて、その穴を無骨な指で柔らかさでも確かめるような仕草。いつもよりも化粧が濃くて良かったと思ってしまった。今夜アイスバーグさんの隣にいた時よりも緊張感が増す一瞬、穴を貫く感覚に身を固くした。

「っ、…ぱ、パウリー…」
「よし!」

 私の耳を無遠慮に触りなぞってから、ピアスを付けたご本人さまは何も気にしていない。着崩したタキシードのまま屈託なく本日一番の笑顔を見せている。全くもって何が楽しいのか分からない、そして意気揚々と私に反対側に向いてくれと要望を言ってくるパウリー。か弱い私の心臓をどこまで痛め付ければ気が澄むのでしょうか。
 しょうがなしに低いヒールのパンプスを脱ぐ。ソファの上で身体を反転させ、ソファの背もたれに手を置いた。コレをもう一度か、という戸惑いがあるのにも関わらずこうして身体を言われるままにしてしまうのは馬鹿みたいに嬉しそうなパウリーのせいだ。
 揺れに揺れ動く私の心情なんて気付かれたくはない。今こうして反対にもとつけようと身体を反転させる間、先に自ら耳に髪をかけておけば良いくせにそれをしない私。先程と同じように断りなしに私の髪を触り耳にかける指先に静かに瞼を下ろした。