ある夜の話
眠りは比較的浅い方だと思う、空気の出入りがあれば目が覚めてしまう。誰だかにコーヒー飲み過ぎだとか言われた気もあるけれど、嗜好品は簡単には変えられない話である。ギシリと僅かに床が軋む音が暗い部屋に響いた、そしてモゾモゾと人が動く気配に薄ら目を開けた。
「ん…」
「わり、」
「だいじょうぶ…、どうしたの…?」
「いやトイレに…」
あと水飲んできたというパウリー、その報告を聞くと何となく私も飲みたくなってしまった。外はガタガタと雨風が窓を叩きつけてきている音がしている中、私もと布団を抜けようとした。
「水か?もってきてやる、寝とけ」
「ん…」
再度モゾモゾと布団の中に同じように包まれる。パウリーの部屋に布団に枕である。鼻で空気を吸い込めばそこかしらでパウリーの香りがする気がしていた。自分でない香りが落ち着くとか少し前までにはなかった感覚である。
今夜は高潮になるそうで、アクアラグナほどでもないからと裏町である自宅でも良いやとかガレーラカンパニー本社にでも泊まろうかと思っていたところであった。その中、何もしねェからと言い直したパウリーに誘われて、このようにパウリー宅で一泊させてもらう事にしたのであった。私がこの自宅に入るだけで、所在をなくしたように真っ赤になる男とどうすれば良いのだとなりつつ、キッチンスペースで寝ると言えばベットを使って良いとの部屋の主であるパウリーと一悶着があった。結局私がベットで寝る事となり、パウリーが床という何とも言えない状況で就寝をしたのであった。
ほらよ、と眠気しかない私の目の前に出されたコップ半分に注がれてきた水。僅かに身体を起こしてそれを受け取れば、コップに付いている水滴が手のひらに吸い込まれた。
「…ありがと…、まだ外雨風強いね」
「そうだな」
二、三時間振りに出した声は掠れてしまった。部屋の暗さに慣れてきた目、何となく布団の乱れを直した。そしてベットの下、床の上でゴソゴソともう一度寝ようとしているパウリー。少しだけうねった明るい髪の束が変な方向へ向いていた。その跳ねた髪に手を伸ばしたけれど空振りになってしまった。
喉も潤ったしと、同じようにあと数時間の睡眠をともう一度青いチェック柄の枕に頭をのせた。絶え間ない雨音は全てを流してくれるようで室内で聴いてるだけならば好きな音、けれど今夜は少し激しい。それもまた…とウトウトし始めた。少しの間であった、比較的直ぐに寝息たてていく男が寝ていかないのに気付いた。
「…起きてる?」
「……いや」
「ふ、…っ」
ベットの下から聞こえたどこか抜けた小声の返事に声を顰めて笑う。そっと下を覗けば、背中を見せて横になる塊がある。布団に包まれる姿があって、そしてやはり床が硬そうである。
「あの…こっちで一緒に寝る?」
「ッ、寝れるわけねェ」
大きな身体が揺れ発される声が部屋に響く。一瞬途切れた雨音もまた鳴っていた。
「ね、さすがにこのままでは身体痛くなるし、じゃなかったら私と変わろ?」
「っ、あんたなァ」
パウリーの背中を指先で何回かつつけば、渋々とばかりに身体を起こす。暗い部屋の中、目が合った気もしたけれど勘違いかもしれない。ベットの真ん中に居た私が床に降りようとしたけれど、半分押し倒されるようにそのまま布団の中におさめられれてしまった。
「ぇ」
「…一緒に、っつったのあんただろうが」
ベットの上で押し合いながら、ちょっと驚いた私もベットの端による。パウリーが横になれば急激に狭くなるスペース。私が言った選択肢だったけれど、ちょっとだけ予想外。手櫛で二回ほど髪をときつつ、仰向けに横になり、どこを向いて寝るかを考えた。とりあえずパウリーの選択は私に背を向ける、である。
ダメかも私、と最近気付いてしまった想いがチラついてしまう。生理だと濁したのに、それでもなんでも一緒にと言われてしまえば頷くしかなかったのである。何もしねェと言い直してだ。でも正直この男が、生理のアレコレを理解している気はしない。少しだけ寂しく感じてしまい、横から隣に寝るパウリーの髪先に人差し指を絡めた。くるくると指に巻きつけては解く、そんな指遊びはパウリーも気付いている。
「…煽んな」
寝るぞと言い、そして言い聞かせているようにも聞こえる低い声が部屋に響く。今夜全てを包み込むような雨の中ならば流してくれたりする?と願いながら、パウリーの肩を自身の方に引っ張った。少し驚いた表情をしていたかどうかなんて直ぐに分からなくなってしまった。何しろ、ふに、と湿り気ある唇に口を合わせてしまったからだ。
「…私が手を出しちゃった」
目を丸くするパウリーを前にもう一度瞼をゆっくりと閉じたのだ。