チョコ前

 その日、朝からガレーラカンパニーにはいつもよりも大量に荷物が届いていた。あちらこちらで香る甘い香りは葉巻とも相性が良い気はした。ウォーターセブンにも人気な菓子店だかなんだかはあったり、また美食の街プッチとの交易も盛んな事もありこのようなイベントは熱を帯びるやつもいる。意中の相手だかにチョコレートを贈り合う文化がある。今日はその当日であり、朝から事務の方の奴らがこういうイベント良いのだけれど処理するこちら側としては面倒ねというリアルな声を発していた。副社長にはまたチョコレート持っていきますんでと届いたらしい箱を持って広間の方へと運んでいた。

「パウリー副社長、」
「お、ぉう」
「今日の予定ですが…」

 おはようございますの一言と共に、通常運転の様にサクサクとおれの仕事を告げ、そして昨日の内部会議の件についてアイスバーグさんとやりとりした事を喋る唇。よく動くその唇、はらりと視線の先に落ちたらしい髪の束を耳にかける自然な動きに目がいった。そして伏せ目がちであった目と合う。が、あってはいけないタイミングではあった。ちゃんと聞いてる?という目線に無言で二回頷けば、色の付いた口は少し微笑み事務話を続けていく。船大工作業においては無心に手が動く筈がと、言い訳に近い事が頭に過ぎるということは、今日多少期待をしているという事にもなる。仮にも好意を寄せる女からは、今日くらい甘いものだって貰いたいと思うのは一端の男としては当然である。

「では、」
「あぁ。今日は大変そうだな」
「そうですね、皆さんチョコたくさんで羨ましいです。また副社長にも届けますからね」

 ナマエは、後ほどと軽く頭を下げて去っていった。軽い話題も、あぁとばかりに形式的な返答に多少のモヤつきを覚えるけれども、仕事は仕事と割り切る方である彼女を思えば当たり前かというところに行き着いた。

◇

「パウリー」
「どうした?」
「ナマエから貰ったか?」
「いや。別に必要ねェだろ」
「そうか、おれは貰ったがな」

 作業場に顔を出せば後任を務める職長やらに声をかけられて納期含めて調整の話をする。その中であった、ニヤついた目がサングラスからはみ出そうなルルが肩を組んできた。こちらの訳知り顔のような表情を浮かべる男が、こちらの気に障る一言を告げる。どいつもこいつもバレンタインという日に踊らされてンじゃねェと思いつつも、確実に転がされているのは自身でもある。コツンと忌々しいラッピングされた箱で頭を叩かれてた。

「クビにしてやろうか」
「はは、職権濫用もいいところだな。ちなみにタイルストンも貰っていたな」
「そうかよ」
「まだ時間はあるさ、もらえなかったら酒場だな。付き合ってやる」

 チョコにはワインだなと悠長な事を言いつつ、おまえさんにはあっちから熱視線感じるぞと造船所の入り口を見れば借金取りがいた。いらねェものだとそれを遮るように身を隠して煙を吐いた。
 どこもかしこもいい大人が喜んでいるわけだ。悪い事じゃねぇ、義理だろうがなんだろうが貰えるものは嬉しいだろう。特にこの女好きのようなフランクなやつが多い島でもあれば特にだ。事務職員により大量に届いたチョコレートの散布があちらこちらで見られる光景であった。家に持っていくとカミさんが喜ぶんだと笑うベテラン船大工、ここで食っちまわねぇと怒られるという若手の職人と様々であった。


「さすがモテますね副社長は」
「本当、そうですね」

 日が沈みそうな時におれの事務室へと運び込まれた箱、箱、箱。こんもりとフタの締まらぬ箱を運んできた女性職員とナマエがいた。

「まぁアイスバーグ社長はこれ以上ですけどね。副社長残念」
「アイスバーグさんに張り合う気はねぇよ」
「一応中身含めてチェックしてありますので」
「ああ、悪い」

 アイスバーグさんを誇らしげにする女性職員が、あとはよろしくお願いしますとナマエに声をかけていた。

「当然食べきれないと思うので、ザッとみてもらったら事務の方に引き取りますよ。施設などに寄付します」
「そうだな」

 宛名の仕分けだけで結構時間かかりましたよと苦笑する姿がある。あっけらかんとしているいつもの様子であって何かがあるとは思えない。自身の後頭部をガリガリとかいた。

「その、おまえ…は」
「ちゃんとアイスバーグさんとかには渡しましたよ
「…おれは?」
「え」

 目を丸くするナマエが、急にえっとと口籠る。何というか自分達の関係は上司と部下でもあるけれども、その言いにくいがそういう夜もあった訳であり、所謂悪くない関係であろうという認識でいた。男女の関係に正解も不正解もないわけであって、今の関係が正解でもない事は確かであった。分かってはいたけれども、目の前の戸惑う姿に嫌な感じしかしない。

「なんて言いますか、パウリー副社長の家賃…滞納分払ったのも返されていませんし…、あと10万ベリーちょっとは残ってますしね」
「…、まぁ」
「あ、一応ですね、悩んだんですよ。でも少し引っかかってしまって…。まぁ、副社長たくさん届くと思ったんで良いかと…」

 過去を思えば、忘れた訳ではない。いつだかおれが留守にしていた時に来たらしい徴収に払ってくれたのはナマエである。期日なしでお金を借りている状態ではある。向こうの言い分は分かる、当然だろう事だ。むしろ、私が貰っても良いくらいに思ってますと言われ、贈り合うような文化でもある事を再認識する。

「…本当にねぇのか」
「…本当にです」

 真っ直ぐにコチラをみる意思のある視線は鋭利さすらあるのかと見間違いそうになった。本気かよと少しばかり期待をしていた分ショックがでかい。ごめんなさいと色々と追加で言われるほどに抉られる場所がある。ほら、コレとか良いチョコですよ、有名なんですよと慌てて両手に小箱を手にするナマエ。その両手には一度チェック済みの為か包装紙が開けられた形跡があるチョコレートである。

「ほら、ね?美味しいって評判で…」
「おれは、」
「おれは…?」
「何でもねェ」

 どう考えてもこっちの要求なんざバレていて、どこか苦笑混じりにおれを宥めてくる。まぁしょうがねェなと理由も分かるしなと納得をし始める。これ以上意地張っては本当に子どもでしかない。悪かった、そうだったと謝罪一つして、残りの勤務時間確認のために掛け時計に目をやった。

「パウリー」
「なんだ?」
「……っその、チョコの代わりに今日ご飯作ってあげる、じゃダメ?」
「…ダメじゃねぇ」

 今日聞いた限りで一番弱々しい声が部屋に響いて、一気に何かがブワッと舞いあがりそうな高揚感に包まれる。なんて単純な男だろうか、他者が見ていたら笑いの種でしかない。ナマエの方に振り返ってもおれの顔を見ないでチョコレートの整理をする背中がある。おれの反応なんて見なくても分かるとばかりに、もうチョコレート見ないなら適当に数個選びますが良いです?と語尾が少し強い口調になっている。そうしてくれと頼みつつ背後で手で顔を覆ったのだった。