遅いホワイトデー
遠くで聴こえる汽笛は一つの景気の良さ。1番ドックでも大型帆船の受注が先日も飛び込んできたばかりである。秘書のような仕事をしつつも、船の原理なんて未だによく理解出来ていない。パウリーに少し構造についてを聞けば、淡々とした説明が返ってくる。意外と説明が上手いとは思う。ただある日に帆走の原理を聞いた時は、帆を風に対して直角に張れば、船がどちらを向いているかによって、その船の動きがよ…と結局紙まで用いて熱が入ってしまう時もある。
大きな背中に書かれる一の数字は今日はなく、代わりに派手めスーツ姿の後ろを眺めた。外仕事に出るパウリーに付き添ったわけだけれど、結局借金取りに終われ、ファンにも追われもした。そして私に至っては何よあの女というキツい視線を送られていた。そのせいか、なんだかんだで得意先への顔出しは予定よりも遅れてしまっていた。
予定狂うことも承知で、昼時間を逃しかけの今。半歩先いくパウリーを目に入れる。多少なりとも日焼けを気にする私とは反対に、パウリーの日焼けした肌筋は頼もしさすらある印象にも繋がっている。どこか職人気質でもあり、多少の無神経さや恋の戯れには乏しさもあるけれどそれもまたパウリーであろう。
「…なんだ、そのどこか寄るか?」
「どうしました?お腹でも空きました?」
青い空、照らす日差し、まだ影は長くもない。これからヤガラブルにて帰社予定だけれど、パウリーの寄り道宣言に多少お腹の空き具合を思い出した。石畳を踏むローヒールの靴をパウリーの遅くなった足に合わせて止めた。口に咥える葉巻、吐き出す白い煙は室内に比べればあっという間に風に乗って消えてしまう。
「そういう事じゃなくてよォ…。その1ヶ月前、チョコ…っつーか甘いもんあったろ?あれ返してェんだが」
「…、別に気にしなくて良いのに」
頭をかきながら、多少の歯切れの悪さで言葉を発するパウリー。その2月のイベントについては思い出す部分があった。ビターチョコを用いて作ったフォンダンショコラはそこそこ甘くなってしまった事だ。なんというか真昼間からあまり話す内容ではなく、もうやめてくれとばかりにパウリーからの遅いホワイトデーの申し出を断った。そしてホワイトデーは先日だ、ガレーラカンパニーではもはや男女問わずに差し入れのようなお菓子を摘んだような日であった。だから特別気にもしていなかったからこそ、数日遅れのパウリーからの申し出はどこか気恥ずかしさがある。
「…でよ、その…あの店でまた欲しいもんあるか?」
パウリーがガタイに合わず控えめに指を指すのは、観光客向けの出店だ。今私がしている耳朶のシンプルな普段使いのピアスはパウリーからいただいたお土産というか詫びの品である。そして偶然にも同じ舗道であった事に今更気付いた。
「お!パウリーさんと麗しいおねえさん、久しぶりだな」
目立つだろうパウリーに気付いたらしく、カラッと笑う商売用の顔を向ける店主のおじさまがパウリーと私を手招きしている。この島柄というのか街柄というのか美辞麗句で飾る男の人は多い。そんな店主の手招きに顔を見合わせた私達はまたその出店に顔を出す事になったのだ。
並べられた特産という鉱石を使ったものであったりする目を引くような細工のアクセサリーなどを眺めつつ、そこまでのお返しは良いですよ?とパウリーに一応告げる。
「そういやぁ、おねぇさん、ガレーラさんに入ったんだってな」
「はい、お世話になっています。ご贔屓にお願いします」
情報というのものは壁などないらしい。当然知っているというとばかりの店主に苦笑いをする。パウリーは、過去ここで買ったせいか前よりは躊躇がないように見える。そして店主が放つ"副社長さんよ、折角ならたくさん買ってくれ"という誘いには、金がねェの一言を言ってしまうパウリーに背後から声を出さずに笑ってしまった。
「…おい、選ばねェならおれが選ぶぞ」
「え、はい」
「文句言うなよ」
「言わないですし、もらえるだけ感動してます」
「一言多いんだよあんた」
私の少し嫌味混じりの言葉に色気のない言葉を返してくれるパウリー。そして、あー…と微妙に唸りながらパウリーに合わない煌びやかな世界を覗く姿を微笑みつつ見守っていた。
「…おねえさんよ、そのピアスはパウリーさんがウチで買っていったものか?」
「そうです、シンプルなので普段使いにさせてもらっていて…」
「あぁ、なるほどなぁ」
「…店主、余計な事言わないでくれ」
店主に対して睨みつけドスの効いた声をあげるパウリー、慌ててなんて言う顔をしてるのだと横から制した。けれど客商売でもある店主は何の気にもしてないようだった。まぁまぁと手で宥めつつ、どこかニヤつく店主さんが、私とパウリーに行ったり来たりと視線を移動させるので、微妙な居心地の悪さを感じてしまう。
「あの…何か」
その居心地の悪さに思わず声を発したら、横のパウリーから何も言うなとばかりに肘で突かれた。一体何なのだと見つめるけれど、あっさりと逸らされてしまった。その私たちの微妙なやり取りを見ていた店主が、大口を開けて笑い始めてしまった。
「いやぁ、悪かった。嬢ちゃん、気を悪くしないでくれ」
「はぁ、」
「数ヶ月前にあんたらここに寄ってくれたろう?その時プレゼント悩むパウリーさんにおれが"懇意寄せる女が自身が選んだもんつけていたら悪くないだろ?"って言ってやったんだ。でパウリーさんが選んだのがソレっていうのが面白くてな」
「え」
「…っ、言ってんじゃねェか!!」
「なんだ言っちゃいけねぇのは他の事かと。失敬、じゃぁ聞かなかった事にしてくれや、おねぇさん」
豪快に笑う店主に詰め寄るパウリーはもう耳まで真っ赤である。それを聞かされたパウリーが選んだものが今私が付けているピアスだという事。その時に店主がパウリーにしていたアドバイス、その内容は私には伏せられていた。だからこそ単純にシンプルのやつでも選べば良いとでもいうアドバイスなのだろうと結論付けていた。けれどだ、今その店主の悪魔な呟きを聞いてしまったからにはもう貰ったピアスを呑気に付けている自身がむず痒い上に恥ずかしくて仕方がない。聞いた瞬間から自身の耳に意識がいってしまう気がしてならない。パウリーが文句を言うのも分かるし、知っては行けなかった部分を知ってしまった気がした。聞かなかった事になんて出来そうにもなかった。
「…もう何も貰えない」
「っ店主よォ、こういうやつなんだって。下手な事言ってくださんな」
どう考えてもパウリー以上に顔が赤い気がしてくる。両手で顔を覆ったままもう戻れないし、私の手では耳まで隠す事は不可能だった。どこか上昇する体熱が顔に宿り、店主さんとパウリーが話している会話も遠くなりそうな感覚に包まれる。耐えられなくなって顔を覆い隠したまま、パウリーの上半身にボフッと頭をぶつけた。
「もぅ、パウリー…下心だらけじゃない」
「っ、…てめェに下心なしにアレコレ渡しゃしねェよ」
恐る恐る腰に回された逞しい腕が体を引き寄せる。これはもう知り合いにはあまり見られたくない姿だ。静かにピアスを外したいと伝えれば、頭を掴まれつつ勘弁してくれと言われてしまう。今の今まで何とも思っていなかったピアス、もう付けているだけで所有物にもなってしまっているかの感覚すらあって、しばらく顔を見ることは不可能そうだ。お二人さん、おれいるの忘れてないかい?という笑う店主の声に、パウリーがあんたが余計な事言うからだろうがと大声で返している。私はただそのまま心拍数がやたら早い音を聞きつつまだ動けなそうだ。