気紛れフェイクファー

 吹き荒れる北風でもない、うねるような波も落ち着いた。次の島が近いと騒いだのは数日前の事であった。その島は温暖な島であり、その気候に合ったように島民も穏やかにそして賑わいのある島であった。一般的な島としては裕福な島に見えるその土地に踏み入れた。ポーラータング号を降りればふらつくような浮遊感も一瞬でクリアした。
 明るい島となれば、当然の如く酒を浴びる、これぞ海賊じゃないとばかりに夜に繰り出した。セピア色の街灯が揺らめく世界はまた夜の海とは違いまた魅力がある。世界に散らばる酒でもあおりたい、おまえ旅の理由ソレだけじゃないよな?と言われそうでもあるけれどもちろんそれだけではない。

「ペンギン〜、この服ど?」
「良いんじゃねぇか、おれとしてはもっと足は、」
「はい、分かってない。ギリが良いんだって」

 そう、島の生半可な男達はこの海賊のマークに対して寄っては来ないのだ。いやまぁ、船内恋愛禁止でもないだろうけれど、身内に手は出すのは微妙な気がするのでもっぱらチヤホヤしてもらうっていうのはこういう島に限る。自己肯定感を高めるの大事でしょとばかりの衣装チェンジであった。ほらほらこれならちょっとは街に溶け込む感じじゃない?なんて事を思いつつ、目線の先には同じく白いツナギを着るわけでもないローキャプテンがいた。昨夜はどこに行っていたかは不明、暗躍なのかはたまた知らぬ女と一緒だったのか何なのかは私達は知らない。
 気の良いマスターが経営する活気ある大衆酒場、店外にも席を設けているために中と外が繋がっていて、いざという時は我々は逃げやすい。そんなこちら側の意図なんて知らない店もローキャプテンの渡したまとまった◯◯ベリーのお陰で機嫌良く出迎えていてくれている。先日も利用したけれど、今日もまた大部隊で店内に混ざっていた。そして色気あるお姉さま方が料理やらお酒やらを運んでくれたりするわけで、船員らは大喜びも良いところだ。鼻の下伸びてるじゃん、めっちゃ間抜け面と笑えば、そりゃここくれェ伸ばしてもいいだろ?と他の船員らから多少のブーイングが起こった。

「さすがキャプテン言い寄られてんなァ」
「…昨日と同じ女?」
「あーちげェかな」
「へぇ」

 うちのキャプテンは、そりゃまぁ当然のようにモテる。佇まいからそのオーラを発しているし、ジャンパールさんのような規格外の大柄でもないからかまだ一般的な女性としても接しやすいのかもしれない。カウンター席で頬杖を付きつつ、離れたソファ席で静かに酒を嗜むキャプテンを眺めた。その横には知らぬ女がキャプテンの方を見て座って何やら話している。


「隣いいか?一杯奢らせてくれ」
「一杯とは言わず、二杯三杯でも?」

 誘い文句に買い文句ではないけれど、机の上に置いたあからさまに度数の高そうな酒を目の前に出してきた男がいた。この野郎、どこの船員だと思ってるのとでも言いたくなったけれど、サラリと笑う顔はまぁまぁに顔がいい男ではあったので心の中に止めることにした。厚かましい私の買い文句に怯む事なく笑う男、おそらくこの島でもそこそこの部類に入る事は確かだろう。髪よし、髭なし、顔のパーツの割り当てクリア、と度数の高いアルコールに口を付けながら密かに観察をしてしまうのは今夜の事。

「この島良いとこね」
「そうだろう?魅力ある島なんだ」

 まぁ君のほうが魅力的だけどねという台詞が甘いマスクから放たれた。ハ、そんなありきたりな褒め文句、もっと変化球投げて欲しいけれど初対面では無理かと思いながらグラスを合わせたのだった。
 酔い潰す気満々な席でサワーから始めアルコールを有難く頂戴していけば、強いね君と称賛を受けた。この大衆酒場のカウンター席、目の前には卓上の蛇口がある、何が出てくるって当然酒だ。浴びろとばかりの状態だ。飲み放題にもほどがあるけれど席的についつい手が出てしまった。いや本気でギリギリ、良い度胸してんじゃんと思いつつもさすがにこれ以上は鍛えられている私でも少しキツい。意識曖昧でヤるのは不本意過ぎるし、海賊として飲み落とされてからヤられんのは勘弁だ。そんなくだらないプライドの持ち合わせをここで発揮しなくてもいい。だからこそでも少し酔っちゃいました、と可愛く流されるようにその男にしだれ掛かる。ここまで酔ってかわい子ぶる私気持ちわるぅと自嘲した。寄りかかる質の良さそうなシャツからは落ち着くまた色気のある香りが密かに漂う。過度でないところに一つの腕の良さを感じてしまう。あー、香りいい、悪くない今夜当たりじゃない?と頭のどこかは冷静に判断つく頭は持っていた。ただ当初より頭ん中ボヤけてくる感じはありつつこれでシケこむなという算段と予想をつけた。腰に回される腕に任せてみようと思ったその時であった。

「ナマエこい」
「ハイ!」

 もはやこれは条件反射、いくらツナギでない小綺麗な格好をしてようがその低い声を雑踏の中、酒場の喧騒の中ですら拾ってしまうのだ。

「なんだ悪い事でもしたかナマエ〜」
「ぜーんぜん、酔ってるだけで何もしてないですー」

 隣にいた今夜の男に一言告げて、高い椅子を降りキャプテンがいる店の奥のソファ席に向かえば途中でシャチが揶揄してくるので手で追い払うように笑った。好き勝手に賑わしている店内、私の動きなんて誰も気にすることはない。はい、ちょっとごめんねと人の合間をぬってたどり着こうとするのは王様のようなVIP席な印象すらあるソファ席だ。

「はぁい、お呼びでしょうかキャプ」

 隣にはワンピースドレスのようなものを着ている知らぬ女、そんな見せつけの色気出そうとしている女性と今夜はキャプテンはしけこむのだろうかと思いつつも敬礼とばかりのポーズを決めた。長い脚を組みつつソファで座る、そんなキャプテンにしだれかかるのはクスッと控えめに口元に手を当てて私をイラつかせるように笑うクソ女。ウルセェもっと顔整えてからキャプテンの隣に座れよという私の内情知らずだ。ソファに座りつつのキャプテンが私を捉えた。

「おい座れ」
「ハイ」
「…ここだ」
「え、はい」

 私の、え、という戸惑いはクソ女の戸惑いの声とも重なって不愉快だった。キャプテンが指定するのは組んでいた脚を開いたところの太腿でいやそんなところ座って良いのかと思わず拒否しようとした私の手を掴むキャプテンが力任せに引っ張る。体勢を崩しつつ当初の指定通りにタイトなパンツを履く太腿の上にお尻で着地した。

「そうだな…」
「はい?」

 自然と絡み合う視線、近くなる顔、うんやっぱさっきまで飲んでた男は中の中くらいのレベルだったわー、なんて事を薄靄に評価し直した。長い指が私の輪郭をなぞり、そして首筋、耳に触れるので少し首をすくめた。まるでスローモーションになったかのように目元を細めた。隣にいる化粧だけは上手い女がそれをなんと思ったかは知らない。ただそのままその手は私の後頭部に回された。

「ん…ッ」

 しっかりと目を閉じる間もなく今夜の酒臭いだろう口は食べられてしまった。触れる唇、直した筈の唇の色ももうなかった。まって、なんでキスしてるのだろうと思いつつ目の端に映るケバいクソ女は少し目を丸くしていてソレを尻目に静かに目を閉じた。キャプの目を伏せる顔は見たいけどもその女は見たくもないから当然の行いだ。店内の雑音、それに混ざり合う音楽、微妙な悲鳴が聴こえてくる気もしたがまぁキャプテン目の前だから何とでも。そう、どこぞの海賊が暴れたとしても問題ない。それでも一応冷静に、いや、いきなり何してんですかとか言おうと思って口を離そうとしても後頭部の手は許してはくれなかった。
 角度を変えて触れ合う身体の一部、ほんの少し真ん中を割ってくる悪い男の先端に口角が緩みそうになってしまう。いくら店内の奥だろうが公然の中で本気?うわ悪い男、と今だけはちょっとキャプテン枠を取り払いたくなってしまう。少しだけ唇を緩めれば、滑らかに差し込まれる舌先を受け入れて、左右、舌上とこちらの舌で応えてみればほのかにキャプテンの口角が上がった気がした。私の態度に、後頭部にただ押さえつけられるような形であった手のひらが褒めるかのように頭頂部から首元へと柔らかく撫で付けられた。サラリと今日は流れるような髪は首までを何度も撫で付けられる。…いや甘、それめっちゃ勘違いするやつじゃないですか、と思いつつ控えめに首に手を回せば空いている手でもっと回せと指示されてしまう。両手を首裏に回せば色々許されたらしく髪をとく指先がある。
 舌先から感じるアルコールの気配、キャプテンもそこそこ呑んで事を感じつつ口内に増えた唾液を飲み干した。少しだけ息苦しくなって舌先を押し出す事でアピールするも軽く受け流されてしまった。耐えきれずに何とも言えない息を吐く。あー、やば、この女の前で変な声出しちゃった、と反省だ。そんな中に少し身悶えつつある興奮があった、しとどに濡れる舌先がただ絡まる、それだけの行為なのに本能を撫でられる行為だと思った。腫れそうな想いも全部炙り出されてしまいそうでならない。


「…んー…キャプの口めっちゃ柔らかですね」
「ほらな、うちの船員以上に良い反応出来ねェだろ?お引き取り願おうか」

 多分時間としてなんて数分、ようやく解放された。どこか満足とばかりの顔が目の前、おかげでこちらもキャプテン以上に大満足だ。そしてクソ女に一瞥与えるローキャプテンの目線は冷ややかだ。あ、その目線は私にもくださいとばかりに魅力あると思うのにも関わらず、その女は苛立って腰を上げ私の視界からフェードアウトしていくのを見届けた。勿体無い、ローキャプテンのキスを間近で見られる機会なんてないっていうのにだ。

「…あれキャプテン良いんですか?」
「あの女抱いたほうが良かったか?」
「いや、キャプテンならもっとレベル高い女の方がお似合いですもん」
「そうかよ、おまえの狙ってた男はどっかいっちまったな」
「うわ、最悪、キャプテン何してくれてんですか。そこそこの男だったのに」

 振り向けば、先程までいたカウンターからは男は消えていた。ペンギンらが、キャプテン非情〜って囃し立てるように声をかけてくるのを私は手で払う。私を狙ってきた男は上とのキスシーンで逃げるくらいの小さい男だったらしい、ったくそれくらい楽しむくらいの余裕くらい持てよっていう話だ。口説きセリフありきたりなもんだからそんなもんかと妙に納得してしまった。

「潰れかけてたとこ助けてやったろうが」
「いや蛇口からジャーって酒でたら酔うんですってぇ…、ローキャプここにいたから分かんないでしょうけど」
「薬混ぜられてンだろうが」
「え、……ぁー…通りで」

 正直こんなんじゃまだまだと思っていたから少しだけ目が覚めた。それでも中々いい度胸してたらしいイイ男をクソ男に評価改めた、何とも安易だ。

「世話の焼ける船員だ、診てやるよ」
「ん…お願いします、気付くと具合悪くなってきた気がします」
「それは酒の飲み過ぎだろうがバカ」
「辛辣ぅ」

 やれやれとばかりにズレていない帽子に片手をかけて、ほら行くぞと私は荷物扱いだ。近場で呑む船員にコイツ盛られてるから先に戻るぞと声かける、そんなホウレンソウが出来る男はうちのキャプテン。いや相談はしないなと思える頭は私にはまだ残っていた。小脇に抱えられる私にせいぜい頑張れよという謎の言葉を与えてくる船員らにヒラヒラ手を振る。夜風は火照った身体に気持ちが良い、私を荷物抱きするその手からの能力発動。次の視界は繁華街の屋根の上だった、これ素敵な街の夜景デートになってませんか?といえば、頭までやられたのかと呆れ声しか返ってこない。私のボヤける視界には街の明かりが繋ぎ合わせに見える、おそらくこの街の夜明けも綺麗だろう事は予想出来るのにそれを見る事はかなわないようだ。