眩しすぎて覚えていないよ

 目が覚めた時の衝撃、知って知らない様な男が目の前にいて、見渡せば白い診療所のようなでも丸い分厚そうな小窓から見えるのはどう考えても海であった。
 記憶を遡れば島だったはず、村であったし、そしてその村は少し前に海賊に襲撃を受けた。海賊同士の諍いから波状し巻き込まれる事態となった。逃げる様に避難するしかならず、隠れる様に収集が着くのをただ待った。何も出来ずにと悔いしか出来ない中、見知らぬ島外の人間が彷徨っていて、残された住民が逃げ隠れていた。何もしないわけにも、とばかりに路地の一人に近付いた。けれど一瞬で終わった、顔を合わせて何もしないよと口だけで笑う男。もう色々無理だとばかりに気が抜けて視界がぐらついた、それが最後の記憶だった。

 おちついてよおねーさん、とヘラヘラと説明する男が船長らしき男と女性の船員を呼んだ。私は一言で言えば体調不良で倒れたところをこの人達に連れてかれたらしい、どんな了見あってそうなるのだと理解が出来ない。島へは戻れない事、もし寄港地で降りたいならば降ろしてくれる事、目付きの悪いこの船の長が淡々と説明を続けた。結局もう戻れないと言う事に気付き、そして身のふりを問われているのだと思った。いずれにせよ船にいるということは何かしらの役目をなさなければならないのと思い、それを問うとヘラヘラとしている帽子を被った男のいう事を聞けという話であった。郷に入っては…の通りにしないとと頭を下げたのだ。
 しかし問題点がある。知らなかったし、帽子の男も言わなかった。帆にあるマークはどう考えても海賊である。いやいやまって、こちらとしてはすっかり旅客船や貿易船かと思っていたのだ。それにしたら治安悪そうな顔の方ではあったけれどと付け加えながら思考を巡らせ始めた。その揺らめく黒い帆に髑髏マークが付いている事実を数日ぶりに甲板に出て知りましたとかもう言える訳もない。これ絶対問題なやつ、気を抜いていたら海王類の餌にされるとか回されるとかそういうのだと思った。

「あれ、言ってないっけ?」
「…はい」
「ごめん、まぁこれ人攫いだよね」

 悪気はなかったんだよ?とペンギンという男が、茫然と青い空にはためく海賊旗を眺めていた私に説明を続けていた。白いツナギ服に髑髏マーク、そんな服に身を通すとは思いもよらない、人生急転直下もいいとこ過ぎる。女性の方はイッカクさんと言う、あいつらは気の良い奴らだからとフォローをしてくれるが、でも海賊ですよねという一言は飲み込んだ。
 そして私は数日医務室の住人となっていた。何しろ船が合わない、この独特の浮遊感が全くとして慣れず私にはキツかった。悪天候の時の大波の方が…とも一瞬思ったが、窓から蛇の様な海を見た瞬間、視覚的にはアウトであった。海すごい怖い、何でもいいから陸地に戻してくれと願いつつ伏せる日々である。

「お〜、辛そうだね。顔真っ白」
「…はい、」
「これ酔い止めだって」
「っ、ご迷惑かけます」

 いやおれ連れてきちゃったからさ〜、ちゃんと面倒くらい見るよ、と時間ある時はずっと医務室の外のドア辺りに座っている帽子を常に被っている男。なんかあったら呼んでな、と気楽に言いながら医務室の前の通路で数日寝泊まりをしている。時折慣れない船に寝込む私と話し相手というか、船内説明の様な案内を面白く話している。まだ顔を見ていない船員を説明なんだか、思い出話であったり、海軍から逃げた話、寄港地での出来事などを交えてしてくるために、実を言うと船員全てを顔を合わす前に覚えてしまった。
 ようやくと言えば良いのか、動ける様になった時に渡されたツナギ服。まさか私がこのドクロマークを付ける日が来るとはと、病人服から袖を通したが大きかった。

「良いね、萌え袖」

 着替え終わった私に対して親指を立てるペンギンさんの一言に、申し訳ないけれどイラッとしてしまいキレイに袖を折り畳んだ。そこからはもう雑務の繰り返し、あとは数日聞かされた情報と隊員の擦り合わせである。思いの外悪い人達ではなさそうだけれど海賊、油断しては多分死ぬやつだと思いながら無我夢中であった。
 でもペボさんという大きな熊の姿だけは聞いてはいたけれどビックリしてしまい、それがいけなかったのかペコリと腰を折って謝る姿に慌てて同じ様に腰から謝罪をした。海広い、世界広いのだと思いつつどうしてもその毛並みに触りたくて握手を求めてしまったのだ。
 一般的な雑務の他に、航海術や船の操舵や色々首を突っ込んだけれど、難しいの一言に尽きる。少しの期間じゃものになんて出来る気がしなかった。本職は本職に任せておけってフォローされたのは、ハクガンさんに教わって私が舵を少しの時間握った時であった。青い顔で船長さんが顔を出し、ほかの人達も口を押さえていた。そして私もだった。穏やかな場所だからと言われた筈が気持ち悪い揺れになる奇跡。操舵のセンス皆無、知っていた現実に各所に平謝りをしながら白いお面のハクガンさんを褒め称えた。

 
「おれへのあたり厳しくない!?」

 突然変な事を言うペンギンさん。本人は痺れを切らしたかのような形だけれど、こちらとしては急な話で戸惑いしかなかった。船に居る上の全てを教えてくれているのにも関わらず厳しくしようもない。私的には一番…と思っているのにも関わらずどうやら伝わらないらしい。
 海賊団の雑用係として所在の在処を探る旅、とりあえずとって食われないようにといえば良いのか必死に働いて働いて。

「熱出すもんなぁ」
「…ごめんなさい」
「おれら頑張ってんの分かってるから、無理するなって」

 同室であるイッカクさんに万が一風邪で移したらと、皆元気なハート海賊団であるからこそ空いていた医務室のベットで朝から休ませてもらっている。完全に知恵熱だろうとロー船長がとても呆れていた。
 苦い顔をする船長が医者という事を乗船から一ヶ月過ぎてから始めて知るという。それは聞いていないですと後々言えば、彼らにとって常識のようなものだったらしく、確かに言ってないなァごめんねとペンギンさんは謝ってきていた。そんな船長指示もあり医務室とベットの使用許可である。

「…あの、ペンギンさん…」
「どうした〜?」
「私の事は大丈夫なので、持ち場に…」
「いやいや何言ってんの、今日のおれの持ち場ここ!!」
「え、ここですか…、あのこれ、お恥ずかしながら知恵熱なんで」
「熱は熱でしょ」

 うわ熱いね、なんて勝手に人の額に冷たい手をのせてきて大丈夫かと聞いてくる気さくな男。こちらとして、あ、これちょっと問題な男だという事は少し前から気付いてはいる。弱っている時の人間に入り込みは御法度、呆れたり怒ったりなんでも全て効果ありの判断になってしまいそうでシーツを握った。

「おれがいると寝れない?」
「…そうですね」

 床に胡座で座りつつ、頬杖ついて眺めてくるペンギンさん。同年代だろう男に熱ある姿を見守られて寝るとか正直出来やしない。はぁ、と息を吐くその息すら熱い。

「分かった。近くにはいるからさ何かあったら声かけてな」
「はい、ありがとうございます」

 好意には好意で返したい。この海賊の方々は何ともただ船旅を自由に楽しんでいるだけな気がしてしまう。そしてそこまで悪い人ではないけれど、先の他の海賊船との一戦だったりがあると急激に危機感が募る。自分の無力さばかりを知ってしまうし、確実に私は邪魔者でしかないのだろう。

「小難しい事考える女だな」
「そうですかね」
「アイツらに敬語抜けねェのは、そんなに関わるのが怖いのか?」
「…」

 船長は少し苦手だ。見透かしてくる感があるし、何しろ医者という立場が昔を思い出すというか、ついつい下手に出てしまう。それは性分なのかもしれない。ペンギンさんやシャチさん、船長さんもやたら目深に被り物を被ったりするから正直顔色見えなくて取っ付きにくい。関わるのが怖い?そりゃ怖いですねと言いたい。しかし、でも、という一言がつき始めてしまう気がしている。

「…まぁ…そうですね。情が移りそうで」
「そりゃアイツら喜ぶだろうよ」
「言わないでください」

 こちらとしても良い拾いモンだ、良い様に使わせてもらう。まぁ勉強しておけという指示に、二つ返事に承知しましたと答えてしまうのは性分だった。


 日中は洗濯、食事の手伝いをして、空いた時間は専門書がある医療部屋に出入りする。何となく私のルーチン業務になってきたけれど、あくまで予定だ。さすが海賊、存分に予定通りなんてならない。
 その日は好天、何も降ってない、熱いだけという珍しい天気であった。こちらともすれば洗濯日和となるわけである。私は完全に洗濯係な気もするけれど、何も持たないからこそ生きていくにはこれくらいと思いつつ、片っ端から洗っては干していく。なんて穏やかな、とティータイムでもしそうなのどかさは、船員の愉しげな声で終わりでもある。

「ナマエ〜!ナマエも飛び込むか〜?」

 知ってはいたけれど、先ほどからバッシャンだのドッパーンだのやたら激しい水音が聞こえてきている。誰が一番激しく飛び込めるかとかもはや子どものようである。白いツナギを干しながらつい笑ってしまっていた。洗濯しながら皆様のはしゃぎっぷりを眺めてると、もはや保護者的なイメージの方が当てはまってしまう。

「私は泳げないのでーーー!」
「大丈夫だ、浮くもんだって」
「ほら飛び込め」
「いやいやいやいや無理ですって」

 どう考えても甲板から水面まで10メートルくらいある、鍛えてる様な男達と村民だった私を同じレベルに考えないで欲しい。青黒いような底の見えない場所に飛び込むとか考えた事もない。そうして盛大に断っていたら、ジャバジャバと船に登ってきたペンギンさんがいた。それでも帽子付きなんだと思いながら、そのニタリとする口にとりあえず落ち着きましょうと声をかけた。

「ほら暑いじゃん?」
「あのですね、だから本当に私泳げないんですって」
「だいじょーぶ、沈ませないからって」
「嘘」
「うそじゃない、ほら」
「ムリですって!」
「よし、」
「よしじゃないーーーーっ」

 ジリジリと近寄ってくるペンギンさんから逃げ惑った最後捕まってしまって、抱き抱えられるようにして宙に浮く事になってしまう。本当にあり得ない、こんなの殺人行為だとか色々と不平不満も空に消えていく。抱き止められつつの着水があまり痛くなかったのは多分衝撃は全部受け止めてくれていたのだと思う。でもその一方で一気に海の底に向かう感覚、息を止めたけれど直ぐにギブアップとばかりに息を吐いた。

「おーい」
「大丈夫か〜ナマエ〜」

 既に海面でぷかぷかと浮かんでいる船員達の笑い声が聞こえる。一応言葉上は心配してはくれているが、そんなどころではない。当たり前に足の届かない不安感、いくら珍しく穏やかな日だろうが海は海。ごぶごぶと海水を少し飲んでしまった苦しさがあった。私にとっては長い間、一緒に飛び込んだ男にとってはきっと一瞬だ。海面に浮上と共に、やっぱり不安感しかないし、生命の危機感すらある生粋のカナヅチだ。

「っと…」
「な、気持ちいいだろって」
「っやだ…まって離さないで!!!」
「あいあーい、大丈夫だって」

 目を開けば一面に青い世界が広がっていてそれは見えなくなるほどの果てまで続いている。そして海流の影響を少なくするような黄色い流線型の潜水艇を背景に帽子を片手で押さえ付けているペンギンさん…手で押さえ付け?と私の身体は片手で押さえながら沈まないようにさせていた。

「両手!!両手で支えてください!」
「おー、必死だねェ」
「当たり前ですっ…、」

 泳ごうとすれば何故か沈むある種の才能の持ち主としてはもうこの不安感は耐えられない。上はTシャツだけれどしっかりの水分を含んでいるし、今にも私としては溺れそうな勢いで両手で全力でしがみつく。周りからは囃し立てる様な声にも聞こえるけれどそれどころではない。四方を海という包囲網、支えるのは人の言う事を聞いてくれないで片手で支える男だ。水も滴る良い男とはちょっと遠いと文句も言いたくなる。けれど、な、悪くないだろ?なんてあっけらかんと言われてしまえば何も言えなくなる、そう息が詰まる程の眩しさがあった。