ウォーターセブンにおいて窓の外に飾る花は各家庭の一つのステータスでもある。陸地が少ないこの島において、花を楽しむところは水路に向ける窓際になってしまう。カゴのように吊る下げたり、プランターを飾ったりと色彩豊かに飾りつけては水路を流麗にして街として楽しむのだ。幼い頃の僅かな記憶、もしかしたら記憶のつぎはぎなのかもしれないけれど、父母に囲まれた短い生活の中にあった数少ない光景だった。
ウォーターセブンの治安は悪化の一方であった。失業者が増え、浮浪者が増え、そして海賊も増える。当然のように花を飾るなんて事も無くなってしまった文化であった。気がついた時には、潜むような生活が当たり前であった。そして女子供はどうしても狙われやすい、それは口を酸っぱくして言われた事だ。
そんな苦境のウォーターセブンの中、私たちの関係は始まった。私が十三、十四歳の時に行われたとある裁判は市民を揺るがせた。市民は半信半疑ながらも希望と期待を込めていた会社、なのに日陰者のような扱いでもあった。だからともあって私はコソコソとしていた事を思い出す。海を走る列車をつくる、そんな夢見たいな事をしようとする会社への差し入れだ。寝食を忘れて働いていそうな会社へのおにぎり一つ二つを母の目を盗んでの週一くらいの差し入れからだった。
歳下なフランキーと歳上のアイスバーグ、そしてココロさんとトムさんが集うトムズワーカーズへの小さ過ぎる投資。初めを思えば確かに下手であった事は認めるし、こんな場所に来るなと厄介払いをするアイスバーグもいて心が折れそうになる日もあった。フランキーとアイスバーグ、私に優しかったのはフランキーで歳下という事もあって月日の経過で私はすっかり仲良くなってしまった。初めて会って一、二年くらいはフランキーとは背丈も似たようであって親近感しかなかった。比べアイスバーグはというと、少し気性の荒いお兄さん的な位置であり私の廃船島への出入りをよくを思わない男であった。一時はそれでもアイス君とか一応敬称をつけて呼んだけれど、苛立たれて結局歳上なのに呼び捨てであったりアイスであったりそういう呼び名で落ち着いてしまった。私がトムズワーカーズに関わってからの約四年間、アイスバーグは私達の会話を時折呆れたように聞いている印象でしかなかった。
とある何でもない夕方であった。何も考えもせずに仕事終わりになりそうなトムズワーカーズに差し入れをした私。すると夜更けになりそうな事を今更に注意をされ、差し入れをし続けてから四年目にして、勝手にやってきた私を見送りするという事が生じた。行くぞと呆れたように私の二の腕を引っ掴むアイスバーグ、戸惑いながらも素直に自宅への道を案内した。時折穴が空いてそうな石畳の細い歩道をぬうように二人で閑散とした街を歩いた。一人きりになってしまった家、親の残したお金と親戚関係の店で働き必死にお金を稼いで暮らしだ。そんな家の事情はココロさんくらいにか伝えてはいない。そして夜更けに呑気に男性を自宅に案内するという行動は考えなしと言われてもしょうがない事だった。
「……少しは警戒してくれ」
家の中に入れた途端に、絞り出したようなアイスバーグの声に普段の口の煩い兄のような面とは違う面を見てしまった。掴まれた腕から熱が上がるような掠れた声、逃さないとばかりに身体に回された腕があった。そして戸惑っている間に初めての唇はあっという間に奪われてしまった。その上に入り込んできた舌先に躊躇した、それはとてつもない衝撃でもあった。時折潔癖さすら感じるほどの態度をとってくる姿とは別の男にしか見えないのだ。アイスバーグにとっても私なんて単に妹だとかフランキーと共にはしゃぐような子供のようなものだった筈と思い直す。しかし目の前にいるのは両者の口の間を繋ぐ銀色の糸引きを親指で拭う男であった。知らない目線で見下ろされて囚われたように動かなくなった身体は簡単にベットの上に運ばれてしまった。そして鬱陶しそうに黒いTシャツを脱ぎ捨てるアイスバーグから目を逸らした。
「まっ、その嫌って訳じゃないんだけど…、その訳が分からないの…っ」
「…おれも分からねェ」
半裸で覆い被さってくる彼が毎日のようにひたむきに海列車作りに精を出している人間とは思えない。夜に遊び歩くような男でもないと思っているけれど、私に手を出すような男にも思えないのだった。私達の間に愛や恋やがあるならまだしも多分お互いに関係や感情なんてこの四年間変わらないままだ。
「…私、そのアイスバーグの事は…っ面倒見いい兄くらいのつもりでしか…」
「そう、だな。おれもそのつもりだった」
どちらかで言うならばフランキーの方が私への接し方は優しく、あと数年もすればもっといい男になると思っているくらいだと思っている。それを言える事もなく、お互い不思議な認識でこうしてベットの上にいてそして戸惑う謎めく状況。ただ歳上であるアイスバーグに拒絶をしないでくれと懇願に近い声をさせてしまい、手のひらへの口付けをされてしまえば二の句を継げなくなってしまう。
腹部に入り込む手、いつもよく働いているカサついている手がそこにあって異物のように感じる。
「…くすぐったい……」
「ンマー…、我慢してくれ」
「っ、その私色々…知らないよ…」
「知っていた方が衝撃だな」
這い上がる知らない感覚があって、慌てての言い訳も長めの髪が揺れるだけで終わってしまった。何とも言えない真顔のアイスバーグに黙ってろと言われて柔順に口を結んで、知らない感覚にシーツを握るのみであった。
「やだ…だめ恥ずかしい…っ」
「…嫌か?」
「っ、だってその、そこ触らなくても…」
行為は出来るんでしょう、と言おうとしたけれど、あまりにも不躾でいて下品過ぎてしまうので口を閉じた。くたびれたTシャツの上から触られるのはここ二年くらいで膨らみを増す場所であるからだ。そもそもの行為は何となくわかっているけれど、どこかの男性方が話す内容の盗み聞きのような、女友達のあやふやな言葉でしか知らないのだ。見たりなんて当然した事もなかった。
「おれが触りたいだけだ」
「へ、」
色気もへったくれもないベットの上で子どもじみた私に手を伸ばすアイスバーグ。彼のその大きな手がTシャツを首の下まで捲るだけで私は泣きそうになってしまうのだ。
「おいナマエ」
「恥ずかしいんだって、そう言ってるのに…」
「ンマー、…頼む少し我慢してくれ」
働いている時や差し入れを鬱陶しそうにする時よりは優しさはあるアイスバーグが私をあやしているようにも見えた。けれども、いつの間にか腕に彫られたタトゥーだったり、黒いTシャツを脱げば意外と傷だらけであったり、しっかりと筋肉がついている身体であるアイスバーグはいつも以上に知らない男に見える。
「…これ外せるか?」
「とるの!?」
「あぁ」
「…っ、笑わない?」
「どこで笑う必要があるんだ」
どこか呆れも見せるアイスバーグを前にして自身の背中に手を回すけれど、緊張しているのか一度空振ってしまった。外せば浮き上がる下着、それを両手で押さえた。しかし簡単にその腕を両手で左右に開かされてしまう、反抗したのにも関わらずどう考えてもあちらの方が力が強かった。胸へと降り注ぐ視線に顔を背ける。
「お願い、本当…こんなの…」
「ンマー…、いつの間にだな」
「っな、何が」
「数年前は絶壁だったのになと」
「私の身体の観察なんかしないで…っ」
数年前を思えばそれは確かにそうかもしれない。背だって今よりももう少し低くて、胸なんてあるかないかであった。人の成長はどの年齢あたりでするかは差があるのかもしれないけれど、確かにこの四年間は身体としては大人に近付いてきているのかも知れない。胸も膨らみを増してきたけれども自分自身の身体の秘密でもある。だからこそ今更他人に身体の変化を指摘されるのは非常に恥ずかしいものがあった。他者に触れられる場所でもない胸をさわさわと撫でるような手つきが擽ったい、そして分からない感覚すらもあって戸惑いしかない。
「どうした」
「ん…ッその、変な感じして…」
「ナマエは…。嫌か?」
「そ、そりゃ嫌だよ…、こんなの恥ずかしい」
「そうか、悪いな」
もう止める気がないのは私も分かっている。けれどやはり戸惑いしかない、男女の愛情や恋心もなくこんな事をしてはいけないと理解は出来ている。そしてこうして触れられているけれど、そこにはその男女の愛があるとも思えなかった。
嫌だというのに胸に近づく頭、私の抗議も背中に手を当てられて逃げようとする身体を抑えられてしまう。いつもはフランキーと私に呆れたり怒ったりする兄的な彼。お小言を言うような口を有していて、その口から出した赤い舌先でシャワーすらも浴びていない私の身体を舐めるのだ。それに気付いて今更シャワーを浴びたいとの抗議もイヤだの一言で終わってしまった。戸惑いしかない行為、けれど胸の先端を舐められてしまったときに何かが変わった。
「ん……っ、や、まって…」
知らぬ声が自分の口から発せられて、慌てて口を閉じた。そして何度も何度も舌先で色付いた先端を潰されてみたり、周りを舐められては口先に含まれたりと遊ばれてしまう。それは違う身体のように変化をしていく。出る声は媚びたような猫撫で声に近くて、その声が出てしまう度に知らない自分になる羞恥に襲われる。すっぽりと彼の手に収まる胸はその手の中で形を何度も変える、その遊びを興味深げに何度も行っていた。
「っ…そのダメ、ダメみたいなの…」
「いい声に聞こえるが?」
「き、聞こえないよ…っ、変な声に……」
「その声でいい」
長めの紫がかる髪を耳の後ろに手で流しつつ、散々文句をいう私に何度目かの口付けをする。よく分からない私の口内に侵入する舌先は私の舌を撫でていく。
「…痛いか?」
「っん…あまりその…強くは嫌、そのまだ膨らむのか…張っている時もあって痛いの…」
「っ、そりゃァ悪かった」
恥ずかしくも彼の場合言わなきゃ伝わらない気がしてしまい、まだ感じる身体の成長についてを白状せざるを得なかった。ただそのせいか、すんなりと要望が通り、これなら大丈夫か?と触るだけのような手つきに変わった事にはほっとしたのだ。
そして良かったと言えば良いのかどうか、ではこちらはとばかりに下腹部に伸びた手に焦る事になる。分かっている、そういう動物的な行為をしようとしているのだと思い出した。
「本気…?」
「ここまできて本気もなにもないな」
「っ、その…初めては痛いって聞いてる…」
「……。してみないと分からないだろ」
下着に手をかける私とアイスバーグ。思えば間抜けな状況も本人達にすれば一つのやり取り、駆け引きのようであった。出来ねェだろという一言で露わになる場所を今まで散々胸を庇っていた癖にあっという間にそちらの方を隠すようにと手が動いた。
嫌だと悲痛さある願いをした。自分では見ない場所であるのにも関わらず、そこ含めて私の身体を眺めてくるのは異性であってしかも彼である。そして簡単に見せちゃダメだって知っていた。好きな人っていう訳ではなくて、どこか兄弟に近いような、はたまた近所にいるような兄のようなアイスバーグならば尚更である。だから簡単に空気にのまれて体を許してしまった事を後悔をした。これでは大人の真似事のような遊びに近い気すらしてくるのだ。
指先が秘部に触れると同時に息が止まる。触っちゃいけない場所だって、と訳分からず涙が溢れる。一本の指先で閉じている筋をなぞられて少し背中を反らした。そして左右に何かが開いた感覚があって顔に熱が籠る。
「…濡れてるみたいだな」
「っな、何が」
「ここだ、分かるか?」
「っん…ぁ、なんで…」
「…ンマー…、そりゃ、男のもん入れるためだろうな」
「ひっ…まってアイス、おかしいって!」
知らない目つきのまま私の手を自身の股間に導く男。その先には知らないモノがあって、ビクッと触れた瞬間に触ってはいけなかったかのように離した。それなのに、もう一度触ってくれとまた下着越しに硬くなった場所の上を誘導された。手のひらに触れる彼の所有物は拍動すらしていそうで、人体ってこんなに硬くなるの?というほどにその場所が下着の上からでも分かってしまう。私の手のひらだけで、僅かに息を吐くアイスバーグの眉をよせるような表情を見て顔に熱が上がってしまった。コレをそうする、いや冗談でしょう、という感想にしかならない。いくら優しさを出されても物足りないほどの驚きに何度も硬い場所とアイスバーグの顔を行ったり来たりと目線を送った。
「なん、で…こうなるの…」
「…ナマエの身体を見て触ってたらそうなるな」
「わ、私…?」
先程まで触れられていた胸をなぞり、先端を指で押しつぶされていつもとは違う声を上げる。慣れない感覚に空いている手で止めようとするのに止めてくれなくて困り果ててしまう。このまま深いところまで進んでしまうのではないかと心配になりつつ何度もお願いと懇願してようやく胸から手が去って言った。
「その、ナマエとの行為に興味が出ちまった」
顔の両横に腕をついて、頭ごと包まれるようであった。自分の顔を見せないとばかりに目の前が紫がかる髪がはらりとかかる。二十歳の彼が二、三歳下になる私に対してどこか必死に言い宥めようとする姿がある。真っ直ぐでいてどこか不器用というかストイックさがあるアイスバーグ、好きだとか愛しているだとか形式的に言えばそれまでな気もした。そうすればきっと私なんて簡単に騙せてしまうのに、それをしない姿があった。
「…っあの、その、痛かったらやめてね…」
「あぁ分かった」
切実な私のお願いを腕に込めて覆い被さるアイスバーグの首に回した。いつか大人になるのかと思えば今でも良い気がしてきたのだ。私をあやすように髪を撫で、耳たぶを唇で何度か甘く噛まれた。今までも呆れながら面倒を見てくれるような存在ではあったけれど、まさかこんな事まで面倒みられるとは予想をしていなかった。好きだとかそういう一言で表すのには難しい。親しみであったり、尊敬であったり、数年間に積み重ねられた気持ち含めてその距離は不可思議な関係だった。家族でなくて、でも親がいなくなったような私たちはどこか共同体に近い存在でもあった。
痛くしないで、怖いのは嫌だと子どものようなお願いを何度もすれば、分かった分かったと宥める彼。意外と鋭さがある目つきだけれど、いつもよりは柔らかくも見える。ただ仕事に向ける熱とは知らない熱が篭ってもいて、仮にもそうさせているのは私なのかと思うとこちらまで変な熱が生まれる。
「…勝手に女としてみていた、悪い」
ぐっ、と覆い被さってきたアイスバーグが私の頭を抱える。頭の上で吐き出される声が胸を抉る。頭の中の整理に時間がかかる、そんな目で見ていたという一つの告白に目の前を覆う胸元にしがみついた。
「っ、私は…その、みてなかった」
「ンマー…、だからこうなってるんだろうが」
少しの動きで軋むボロいベットの上。乱れかけの衣服を身に付けつつの間抜けな姿で、そっかと納得する私。そのまぶたに落とされる唇に少し目を瞑る。そして目を開ければ、よく見れば整っている顔があった。
「なんだ、今は男として見てくれ」
「は、はい……」
反射的な返事であった。そんな情に塗れた圧があって、有無を言わせずでもあった。身体中の神経が集まるように、そして血流さえも満ち引きしそうなほどに深く感じた。アイスバーグにしたら、すごいなという一言らしいけれども私はそんな所じゃなかった。境界線がなくなり知らない熱を浴びるたび、そして男性である彼が動くたびに自分が女だって知らされるみたいであった。時間が溶けてなくなるような感覚を知ってしまったら元になんて戻れなかった。
アイスバーグとは週一くらいの差し入れの度に顔を合わせていた筈で、背が今よりもぐっと低かったり、初めて会った時などはまだまだ少年さが残っていた。声変わりが終わって安定した声質になっていた彼がフランキーの時折掠れる声を時々笑っていたりした。戦艦の魅力を語るフランキーに呆れるアイスバーグ、けれど決して見捨てもしない、男兄弟ってこんな感じなのかどうか。私も少しそこに瞬間混ざっていたのではないかと思うのは私の願望かもしれない。そんな彼との情けを交わすには無鉄砲な若さがそこにあった。
◇
カフェというには小さい店は景気の向上と共にオープンさせた私の店である。店先には季節の花を寄せ植えしたハンギングバスケット、人ひとり通れるだけの入り口に店内はカウンター席と小さいテーブル席。昼食目当てに訪れる向けに作れる範囲のテイクアウト用のバーガーを作っておいて完売したら昼休み。そして午後はカフェに移行するその繰り返しの毎日。
フランキーは昔とは逆に週一のように私の所に顔を出しては昼食を寄越せと一つのバーガーとコーラを注文していた。そしてコーラ代だけを払って一言二言の世間話をしていく事を長い事続けてくれていた。少し驚いた見た目になった姿に再会した時だけは抱きついた記憶が私の中では新しい。そんな見た目に反して意外と義理深いところもある男は、今は夢の続きとばかりにウォーターセブンを離れていてしまったところだ。正直に言えば少し寂しい。
店の戸締まりをする時間に初めて訪れた背の高い珍客は、そのまま戸締りをしてからも店内に居座っていた。しかも最後は店主である私の私室まで入り込んでいるときた、しかもペット付き、全くもって困ったものである。居座るせいで残りのようなものを一緒に食べざるおえなかった。そして寝る場所がないとシレッと言う口は昔よりも少し口がまわるようだ。小さいティラノくん用のカゴを用意したけれど、直ぐに懐いてくれたのかアイスバーグの肩から飛び乗ってきて私の胸ポケットにもおさまってくれた。その時のアイスバーグの口の開いた間抜けな顔と言ったらなかった。
壁を隔ててのシャワーの音を聞いていたら甘酸っぱい話を思い出してしまった。思い返せば不器用な行為をした日からトムさんの判決の時までの数年間、数ヶ月に一度くらいでお互いの身体を確かめ合った日もあった。ただ数年間情けを交わしたところで恋愛関係にも発展しないなんてあまりに滑稽な話に尽きる。
物音と共に人の気配、間を繋ぐような口癖を吐く唇が寝ちまったか?と口にして、分かっている癖にベットの上に寝たふりをする私の横のスペースにいそいそと身体を収めてくる。ベットから足が出てしまうらしく膝を曲げ、その膝は私の脚を挟んできた。
「どうした」
「昔を、初めてした時を思い返していただけ」
「…ンマー…それはあまり思い出してほしくはないところだ」
「ふ、ごめん…。でも今更だけどあの時のアイスバーグは……ふ、すごい下手だったなぁって」
「随分と辛辣だな」
笑いながら閉じていた瞼を開ければ、昔よりもしっかりと青みがかった髭が広範囲に生え揃ってしまった顔がある。さすがに過去だろうが下手糞と言ってしまったのが少し堪えるのか少し眉が真ん中に寄っていた。
「…このまま寝ますか?市長さん」
「ンマー、そうはいかないだろうな」
「それはお若い事で」
昔でも思い出しても青く甘い記憶もあれば辛く忘れたい記憶もある。それは私よりも彼の方が後悔含めてあるだろう。未だに一人のままを貫く私としてはアイスバーグの身体に刻まれている全ての傷すら知っているつもりであった。歪でもある関係だけれど、フランキー含めて彼等だけにしてはいられなかった。全ては私の自己満足に過ぎない一つの愛でもある。腐れ縁ってそういうことなのかどうかは分からないけれど、過去をひっくるめて一言で言うには都合のいい言葉ではあった。
「…お互い、少し苦労をしたか」
「それはおじいちゃんみたい、人生のまとめにしては少し早いって」
全ての傷もホクロさえ知っているつもりであったのに、目の前に触れる傷跡はあまりにも新鮮過ぎる。指先で触れるザラつく傷跡は、触れているだけで目の奥を熱くさせた。
「…ね、もしかして十年ぶりくらい?」
「そうかもしれねェな」
「ふふ…ダメかなぁ、もう枯れちゃったかも」
「それにしちゃぁ随分と吸い付くように肌馴染みが良くなっちまって」
「ん、セクハラですね」
店先の少し萎れてきた苗は私室から水路に向けて窓にかけた寄せ植えプランターにしている。そうしてあと少しの寿命を鮮やかに飾ってもらっている。今はもうこのウォーターセブンの水路は鮮やかに華やいでいた。この景気の良さも、昔よりもハリがなくなっているかもしれない胸の脂肪に手を這わす彼による力もあるというと少し誇らしい。ただ今の彼は一人の男であり、私からすれば十数年前と同じ男である。今更に艶っぽい関係になれるのかは不明であり、どうやら今から試してみるらしい。