カーテンの隙間から入り込んだ朝の光。その淡い光の領域が面積を増して、部屋の中を照らしていく。薄ら目に反応してしまうのは習慣以外の他ならない。カーテンの切れ間から朝露に濡れる水路に面した花が覗く。あの花も萎れてきたから移し替えかなと思いつつ、もぞもぞと身体を動かそうといつもよりも重い布団を動かそうとする。
「…アイスバーグ、朝…」
両手で目の前にある顔を触るけれど、一向に起きる気配を見せない。手のひらに刺さりそうな髭の一本でも抜こうかどうかと長めの髭を触る。ジョリジョリと指先でざらつく手触りに苦笑いする。昔っからこの男は夜を共にすると朝の寝覚めが悪い。まぁそれは夜を共にしなくてもだけれどた。昔、トムズワーカーズに差し入れをしていた私はココロさんともよく世間話をした。アイスバーグは枕を抱いて寝ていて、寝起きが云々な話を世間話のように聞いた記憶もある。それを聞けば、確かにと思ったけれど何故それを知っていると言われたくなくて簡単には同意出来なかった。
「仕事あるの?ないの?もう…」
時折眉の寄るような表情も今はシワの一つもない。気持ち良さそうに寝ちゃってと少し呆れていたら、カゴから出たらしいティラノ君が走ってきてアイスバーグの掛け布団の上に鎮座している。なんとお利口な事かと口角が上がる。
「寝起きはいつもこうなの?」
返ることはない小さい相手に話しかけた。当たり前にアイスバーグの身体の上で大人しくしている。
「…仲の良さそうな事だな」
「バレちゃった?……そして、朝弱いの変わらないのね」
ペタペタと顔を触っていれば、ぐっと抱き寄せられられ、ショーツとキャミソールだけの身体がピッタリと押しこまれた形である。そして気怠げに長い手足がまとわりついてくる。
「まだ寝よう、今日は休みだ」
「それ本当?」
薄めに開いた瞼はもう一度下りてしまった。力が抜けるような腕はそれでも私を抱きしたままである。壁掛け時計に目をやったが、一応まだこの夢現を楽しむ余裕はありそうであった。いつもはピシッと髪を整えているはずのアイスバーグの髪がしっかり下りていて、ストレートヘヤの片鱗が分かる。しょうがなしに触れる指先の行方は唇である。
久しぶりの交じり合い、こんな妙齢…とは言って良いか迷う所ではあるけれど、そんな私を抱いて何が楽しいのかイマイチ不明である。子を成していないからこそ体系は変わらないつもりだけれど、きっと第三者からすればしっかりと歳をとっている。踵のカサつきが気になりだし、脂ものもちょっとキツい、夜長く起きている事も、と思いながら目の前の目を閉じた顔を見つめる。今含めて好きに相手を選べるだろうアイスバーグが、約十年越しに昔馴染みに手を出してくる意味は多分しょうもない理由だろう。
「…抱き枕としては動き過ぎだ」
「じゃないとアイスずっと寝るじゃない」
人差し指で唇をなぞったり、髭を引っ張ったり、挙句の果てにはそっと唇を合わせていた。戯れる事が出来る朝はあと何回かあるのかもしれないし、今朝以降はもうないのかもしれない。人生に対する価値観は当然人それぞれだけれど、皆その時その時が精一杯であり、今の私もきっとそうであろう。だから今日の朝も当然今日しかない。
「知らない朝の光景というのも悪くないものだな」
「ん、酔い潰れた事はない?」
「ンマー…、呑んでも潰れやしないさ」
「へぇ、」
「…多少気を張ってきたんだ、もう寝坊くらいは許してくれ」
「はいはい、じゃあ私朝ご飯を…」
「イヤだ」
昨夜からだけれど、アイスバーグはどこか昔よりも気持ちを剥き出しにしているようにも感じる。二十代前半だった昔はもっとカッコつけていたようにも思えてしまう、反対に言えば今の方がどこか子供っぽくすら見えてしまう。アラフォーな彼をを子供っぽくと思うのは失礼なのかもしれないと思い直そうとしたけれど、どこか甘えもありそうな雰囲気すらあって思い直しは困難であった。抜け出す私をイヤだと引き留めて、妙齢な身体を揉みしだき始めようとする男がいる。身を捩りつつもその身体の上に寄りかかり始めるのも直ぐであった。確かに私の身体は跳ね返すくらいのハリのある肌の十代に比べれば全てが柔らかいのかもしれない。アイスバーグの広げた手は指の一本一本が私の身体に食い込む事を楽しむようにすら感じてしまう。
「…わけェときは、胸が苦しくなるとかそういうのを恋だとか愛だとか語るやつもいたけどなァ」
「ん…?」
「そういうんじゃ収まらねェもんあるもんだ」
寝起きでもあり、意外とキツい目つきが私を捉える。誰がとは言わないのねと思いつつ、多少胡散臭くも見える表情を浮かべる男の下唇を吸った。自身の顔に私の髪がかかって鬱陶しいのか、私の髪の毛の間に指が入ってきてそのまま片方に寄らされた。そして満足気にシルクのキャミソールの上から脂肪に指を埋める。ペットのティラノ君が体動によってだろうけれど、まるで空気を読むようにタタッと退いていくのがなんとも言えなかった。
若い子を捕まえた方が関係スッキリ、仲良くよろしく出来て良いだろうにと何度も呆れてしまう。今更な縁を引き寄せようとしなくても良いのにと頬に手を添える。その癖にどこか期待を持ってしまっているのではないかと自身に問いかけ始めてしまう。十数年前に寄り添えていれば何かが変わったのだろうかと思うけれど、町を変えようとしていたアイスバーグがそれを許しはしなかったと思う。今の関係に至っているのだ。変革時期に会わなくなったという事は、きっと私はアイスバーグにとって不埒な甘さという枠に入るのかもしれない。私の髪の中に滑り込む手に返すように向こうの刈り上がった場所の手触りを楽しんだ。焦がれた距離だけれど期待はほどほどに…、これに尽きる。
「明日も起こして欲しいところだな」
「口説き文句もスラスラ言えるようになったのは知らなかったです」
触れる口先同士が口角が上がるのが分かる。ひっそりながらも空気を奪い合うかのような混り合い、目を閉じるだけで朝のままでいられたらどれだけ素敵だろうか。誘われる二度寝に陥落するのは時間の問題であった。