寝心地の良いベットだなと褒めれば、お気に入りだという。高かったし、ベットマットも先日新調したばかりだから気持ちが良いのとこちらの頬を撫でる手がある。
約十年ぶりに同じ夜を過ごすともなれば、感慨深いものがあった。やれあの頃より尻が垂れただの、胸がなんだなど多少不貞腐れる女は、ふたを返せばより心地良くなっていた。共に時間を歩む事は悪くないと思いつつ、布団を足元から手繰り寄せてナマエに掛ければクスクスと笑い始めていた。
「どうした」
「いや、アイスバーグ変わらないのねって」
柔らかな枕に無造作に散らばる髪の毛先を気にする事はないらしい。酷い寝癖でもつける気かと思うがそんな寝癖も見てみたいと思えるので何も言うことなく同じ布団に足を曲げつつおさまった。
「昔と一緒、いつもそうやって綺麗に布団かけてくれてたなぁって」
「…そういう事を言われると恥ずかしいものだな」
「うん、そう、何だかんだで優しかったなって」
色々思い出すと面白くなっちゃって、と伸びてきた手がこちらの顎を捉える。そして面白くも触り心地も良くないだろうこちらの輪郭に手を這わせる手に手を重ねた。そして軽く触れ合った口先に満足したのか、隣の狭いスペースで身体を伸ばしている。夜の灯火に晒されている姿は、昼間の姿よりもまた甘美。気を遣ったような声も息も、衣擦れの音さえも一段と引き立つ。
過去でいえば、トムさんの事があるまでの数年を度々夜を過ごしたわけだ。好きや嫌いも言わないような曖昧さをお互いに良しとしていた。今更、世界政府との件やフランキーの出航やアレコレが片付いたからと顔を出すという調子の良さも何も聞かずに受け入れてくれる姿がある。昔よりもずっと柔らかく笑う様になっていて、ついついに縋りよってしまった形だ。
そんなこちらの気も知らずに、フランキー大丈夫かなぁ、でもあの人達ならきっと大丈夫だよねと静かに呟いていた。目を閉じながら密やかに思い出してでもいるのか、尻すぼみになる声量。そこから長年、聞こうとして聞けなかった事が浮かび上がる。
「……バカンキーの事好きだったよな?」
「それピロートークとして話す内容じゃないでしょ」
閉じていた瞼をゆっくりと開けた目と目があった。そして笑いながらこちらの胸の中に身体を擦り寄ってくるナマエのその背中に腕を回した。言ったそばから、確かに指摘の通りに今聞く話じゃねェなと思い返したが既に遅い。
「やだ、もしかしてそんな事気にしてたの?」
「するか」
「んー…私たちのこと聞きたい?ねえ」
どうなんだとばかりにニヤニヤと腕の中からこちらを見上げてくるが、その目には合わせる事は出来やしないで口を曲げる。やはり言うんじゃなかったなという後悔先に立たずとは今の事だろう。
「フランキーには、昔"バカバーグの女に手ェだす趣味はねぇ"って言われたから」
「はぁ…」
「聞きたくなかった?」
「ンマー、聞きたくなかった」
「どこぞの手の早い兄弟子より紳士よね」
「…手は早くねェ、四年は待った」
「ふふ、そうだった」
でも兄弟子想いのイイ男だったねと上目遣いに微笑む姿をチラリと見て、これ以上この話はしたくないとばかりに目を逸らした。
「もう、拗ねないの」
「拗ねてなどいない」
「はいはい」
愛着していたものにちょっかいを出された気分である。若気の至りからとなると多少の根は深く、生きた分だけ恥も多い。更に言えば今も晒している。こちらの剥き出しの胸板に唇を当て、鎖骨に首に頬へと唇を介しつつ温もりを与えてくる。そうして目の前にあらわれた顔はどこか愉しげである。
「フランキーには所謂恋とかそういう気持ちじゃないよ、お二人に対してはそんな一言じゃ片付かないって知ってるでしょう?」
「…あぁ」
「あーもう、納得してない」
薄灯りな為もあるか睫毛に出来た影が伸びている。揺れる影を求めて指先で撫でれば瞼が反射の様に閉じられる。唇で唇を挟めば、同じように返される。湿り気ある体温を口先で感じ取り多少の満足感から離せば、追い討ちのようにもう一度触れられる。
「ンマー…男扱いが上手くなったもんだな」
「誰かさんで学びましたから」
おかげで常連さんの中では私の事を夫子持ちだと思い込んでる人もいるのだ、とあっけらかんに笑っている。どこか余計な一言でこちらを掻き立てるところは昔から変わらない。それは想像でもイヤだと思うこちらの気持ち知らずの発言でしかならない。
「…物好きはアイスバーグくらいしか居ないよ」
「いたら困るんだ」
寄り添うような仕草にさえ安らぎ含めた色気がある。機を待ったら十年の月日が経っていただけ、だけとも言うには人生の何分の一を消費してしまった。悔やむ事しかないが、アレやコレやと言う女が今隣に居るならば幸せな事だろうか。困ったような眉間に触れれば、それは少し呆れたように変わる。
「フランキー、よく昼食買いに来てくれたからアイスも来てくれる?」
「居座っていいならな」
「んー、お金払いが良いなら…かな」
「なんだ、ガメついな」
「どこかの優秀な市長様が景気良くしたので稼げる時は稼がないと」
あやすとばかりに人の頭を撫で付ける手に目を瞑る。新鮮な感覚、今のおれにそういう事をする奴はどう考えても目の前の女しか居ない。さっぱりと寂しくなっちゃったよねと言う姿には男女の未練さを感じさせない。友人や家族のような気持ちの溢れ。騒がしい奴が居なくなっただけだ、と言うおれに軽く同意をしてくる。おれが綺麗な言葉を並べるつもりもないのも承知していて、それをとやかく言う事もない。
「そろそろ寝よ、…あ、朝のコーヒーは深煎りの豆で良い?」
「ああ」
今日が昨日になるように過ぎる時間の先に、ナマエが淹れてくれるというコーヒーのある明日があるらしい。かの昔に飲まされた失敗したという苦過ぎるコーヒーの事が浮かび気付かれない程度に口角が上がる。月日で変化した部分すらを数え直したい、忘れてくれていい部分すら拾いあげる唇が奏でるおやすみに合わせれば、瞼が重くなるのもすぐだろう。