爪痕は誇りであると
大頭が盛大に笑ってくれるのがこんなに頼もしい事はない。いいぞ、ナマエという揶揄する様な声が響く店内はほぼ貸切の様な状態であった。
私は生まれてから男運に恵まれていないらしい。物心ついた時には父親は居なかった。母に尋ねてもイイ男だったわの一言二言、いやイイ男は母と私を捨てていかないでしょうにと呆れ返った記憶が最古だ。そして水路向かいに住んでいた初恋の男の子は、私に鼻水を付けて喜ぶ男の子で子どもながらにドン引きした。足の速い男の子を好きになった時は、デブやなんだと先に発育が始まる女子をからかってくる男の子であった。いやまぁ小さい時のは思春期的なものだったという少しのフォローはしてあげないとならないけれど、その当時にしては辛かったのだ。往々にして過去の経験値は歳をとることに増えていくものだ。初めて付き合った男とはその日にやる事を済ませ、次の日には捨てられた。いやそんなのあり得ないでしょうと、よく分からないモノを受け入れてしまった私の身にもなれよと声を上げたくなった。
「ナマエっていつか売られそうだよね」
「不吉な事言わないでくれる?」
私の男の遍歴を笑った茶飲み友達には、今しばらく会えなくなっています。元気ですか?私は元気です。とお酒をあおった。
二番目に付き合った男は数ヶ月付き合う事が出来た。ただある時、部屋に行った時は身に何も纏っていない女が居た。え、何3Pでもする気?と笑う下品な女だった記憶も残っている。基本付き合う所まで達しない私はただ年齢を重ねるだけ。このまま気楽な人生も悪くはないんじゃないと思いつつの生活の中で巡り会えた男は聡明そうでいて人の話を聞くのが上手い男であった。数ヶ月の付き合いと共に将来を見た。そんな男と過ごした夜、起きたら知らない船の中だったとかあり得ない。仄暗い船内で頭が痛む中、探った微かな記憶では、"歳はアレだが見た目で誤魔化しきくだろう"という付き合っていた筈の男と知らぬ男の金銭のやり取りシーンがあった。クソほどに失礼極まりないと憤慨したくなった。そんな形で押し込められている檻の様な部屋の中、周りをみても同じ様な服を着せられていた。各々老若男女何をしたかは分からないけれど言葉数少なめに揺れる船内に押し込められていた。
そんな中、海って広いなぁと陸地から離れた事がなかった私は手を拘束されつつも、小さい窓にへばりついて外を眺めていたのだ。今のいままで眼球に黒い膜でも貼り付けていたのではないかと思うほどに鮮やかでそして深い青だった。寧ろ男運すらここまでかという呆れを含む拗らせかけの私はこの妙齢でも売れるんだとか思ってしまっていた。
揺れる船内にすら響く砲撃音、そしてけたたましい怒号は、手を拘束されている為に耳を塞ぐ事も出来なかった。しばらくしたのち、鼻に届いた硝煙の香り、そして人の体液などの焼きついたような不快な匂いにしかめ面をした。そして船が傾くように大きく揺れたせいで汚い壁に頭を打ちつけたらしい。ついてない、これまでなんだろうかと走馬灯が駆け巡るのも近かった。
「…最後だ、あぁ気絶しているのか」
「……ん…、…ここ」
「まぁワケがあってな。ついでだ助けてやる」
「お兄さん旅の人?」
「旅か?そうだな、旅はしているな」
「じゃ、私を乗せて」
「なんだお前、目は死んでねぇな」
そりゃ生きていますと答えたい気持ち。顔に傷のある赤い髪の男を朧げな頭でもその色は鮮烈だった。一癖も二癖もありそうな予感しかしなかったけれど、もう帰る所がないと思ったから必死であった記憶。どうやら面白い女判定をされた私はその辺に散らかっていたかけ布団にも満たない煤けた様な布きれに包まれた。そしてヒョイと担がれたのは数年前の事だった。
「だっはっはっは、いやぁなかなか楽しめるなナマエ」
「大頭、私は見せ物じゃありませんーー」
あれから一、二年、レッドフォース号の謎の雑用係くらいの私をずっと置いてくれていた。その船には大きな髑髏マーク、そのはためく帆が見た時は、男運ここに極まりという目をしていた筈だ。なんだお頭、拾い物してきたのか?と少しの呆れ声が混じりつつもその人達はどこか温かさがあった。自由にして豪快、そして自分勝手な生き物の集まり。飲んで騒いで、そして二日酔い。なんて面白い人達なのだと笑わせてもらえば、おまえもその一員だと言われてしまう。彼等には慕う海賊も多いらしく傘下が多数ついているくらいの大所帯という事は後々聞いた話だった。私の売られた際に切られた髪も順々に伸びた。ナマエの作る料理はたまには悪くない、胃も驚きそうだと青い顔をしながら褒めてもらえたこともある。
グランドラインの後半の海を楽しむかの様でいて、そして揺るがず支配を続ける赤髪海賊団。男所帯の中の私はきっとヒロインな筈だけれど確実に何か違う。全体的に一回りほど上の世代になる彼等は一種の兄というか保護者感が強かった。けれども保護者というのならば近いその歳の差はなんともいえない微妙なあたりだ。彼等が寄港地などで気儘に抱く時はもっと若いその島の女達である。ちょっとまって、これ私のお局感漂っていないかなぁと不満を漏らせば、なんだ誰か狙っているのかと言われた。この歳でそして海賊で、狙っている男を聞かれた所で恥じらう神経はもうなかった。
乗船許可をいただき初めて訪れた島は比較的治安がよろしい村であった。まさか略奪行為に私も手を染めるのかと思いきや、一概にそういう事はするわけがないらしい。一つの店を羽振りよくお金を渡して船員を飲み食いをさせるそんな海賊であった。おかげで今もヤソップ含め皆愉しげに酒を飲み交わしている。お酒を片手に、ん、の一言と共に狙っているという男を指で示した。そんな私の指差す方を辿ればヤソップがいる。周りの船員達が私の指差す方を誰だ誰だと探られた結果、爆笑を得られた。
「え、何?そんなに笑う?」
「いやぁ、さすがだ。男運悪ぃの本当だな」
「あぁ、あれはやめた方がいい。おれにしておくかナマエ」
「やだ、ベックマンさんすぐそう口説くもん。私そういうのにたくさん引っかかってきたもの」
「なんだ理解ってはいるのか」
「あのなぁナマエ…。ヤソップは一番落ちないぞ、なんしろ愛妻家だ」
「はぁ!?既婚なの!?なんでここにいるわけ」
「あーーおもしれぇ、ヤソップならおれが誘ったんだ」
はっはっはと豪快に笑い肩を叩いてくるシャンクスに持っていた酒樽ジョッキも落ちてしまいそうな勢いだ。ベックマン、ルウ、ヤソップという幹部達が個々名を上げ、アベレージ懸賞金額を高くしている訳だ。その一人のヤソップは、ドレッドヘヤーが特徴的なそして銃の名手、追撃者という異名をもつ無精髭の男だった。フード付きのマントはよく風を受けそうであった。どこか孤島さ感じたその背中に脊髄反射の様に落ちたのはいつもの私の事だった。
「ヤソップよぉ」
「わ、待って」
「こいつ相手してやれって」
なんて酷い海賊だ。彼等は面白がてらに私をヤソップの方へと半分突き出した。おかげで躓きそうになりつつの登場になってしまった。
「おいおい、どうした」
「おまえのこと好むんだとよ」
「お、見る目があるじゃねぇか。でもおれァ妻帯者だ」
「それ今聞いたところっ、あー本当やだ、なんで海賊やってるの」
「そりゃ海賊旗がおれを呼んでたからだ」
「えぇ…でもそういうところも好きぃ…」
突き出された私を受け止めるが如く、自身の膝の上に置いて快活に笑うその姿。逞しい喉仏を隠しもせずに大口で笑うその姿に、一つの愛を持ちあわせてしまっていたのだ。うそ、子どもまでいるの?と聞けば嬉しそうに服の中にしまっていたらしい手配書を見せてくれた。思い出話というかなんというべきか、それにしたら見せるものがどう考えても治安の悪い写真ではある。色々とツッコミどころは多い気がするけれど、その自然と口角が上がる姿を見ていれば、どれだけ家族を愛していたのかが分かってしまう。
「妻子放り出した男に近寄るもんじゃねェよ」
「あぁ、…それは分かる。小さい時に父親出て行ったの」
「尚更だ」
グビッと酒瓶を口につけ、その口の端から少し溢れたものも気にする事はしないらしい。太い親指でそれを拭い、見透かすように私を眺める一瞬の目線は宴会中だというのに厳しかった。幸せにゃなれねぇよ、という一言の牽制が周りとの温度差を感じさせられた。そして私にしか聞こえないだろう声量の言葉に心臓を掴んでくるような痛み。でもガヤガヤと騒ぎ立てる周りの目もあって大袈裟にしながら、それでも好きぃだなんて笑いながら腕を回して抱きつけば、ぽんぽんと後頭部に宥めるような大きな手のひらがあった。錆びついた演技も悪くない。そんな馬鹿なやり取りも全部、大頭であるシャンクス含め皆が笑ってくれる。そしてやっぱフラれたか、ほらこっちに来いと呼ばれるのをイヤイヤと首を振った。
確かに私の男運は最悪だ。好きになったのは妻子持ちな癖に海賊旗に誘われ海が呼んでいるとばかりにホイホイついていった男、しょうもないぞと本人が認めてすらいる。そんなどこか退廃的な雰囲気を纏わせる時もあった。私も旅について行くことにしているかは決まっていないそんな連れ合い旅だからこそ深くはいけなかった。けれど、魚が空を飛んだり、重力が反対になるかのような島であったり、眼下に広がる見た事もない景色に魅了を見出せば、海が呼んでいるとはよく言ったものだと納得もしてしまった。ただ海賊業なんて当然に奪い奪われな世界であり立派でない事は確か、特に世界の均衡ガー、などは私には到底縁遠い話だ。
物見遊山とばかりに寄港地で陸に上がった際は、思う存分楽しんでいるようにも見える彼等もまた海賊、私もそうだ。飲み明かしていたと思ったヤソップも時々ふらりと消えてる時もあるし、女の香りであろう甘い匂いをつけて戻ってくる時もあることを知っている。相互信頼における上の相手ならば、私でもいいんじゃないの?危険性は少ないでしょうと思うのが常だ。当てつけでしょうかと心のどこかで拗ねる私も居るけれど、私だってそこそこな大人であり綺麗事ばかりではなくソレはソレと割り切る人間である。いやそうなったといっても良いのかもしれない。気分を良くしてくれる男にはそれっきりと思えば、フラリとついていく事もある。そしてひっそりとホンゴウさんに薬をもらう時もあり、その際はそこはしっかりしてくれとゲンナリされる時もある。お願い秘密にしておいてと頼めば傷はないかと聞かれ、特に縛られたりはしてないと言えばそういう事じゃねェと呆れられたりもした。
「はぁい!今夜こそ絶対落としたいと思いまぁす」
もはや私のヤソップへの口説きは宴会芸であった。私は毎度大きな酒の席では宣言のように声をあげてからヤソップの太腿の上を陣取るのだ。それをみる周りの船員達も笑ってせいぜい頑張れよ〜、色仕掛けでもしておけだのなんだというヤジに近い声援が飛ぶ。酒樽ジョッキを頭上に掲げつつ、ほろ酔い状態でヤソップの広げた太腿の上に腰を降ろす。頑丈そうなその太腿はビクともせず、そして本人も慣れたように私を出迎えた。
「って事で、乾杯です」
「ったく懲りねぇのなァ。ほらこっちのも飲め、美味いぞ」
「ありがとございます。はぁ…もう年単位の片想いになっちゃいます。もうそろそろ少しくらい靡いてほしいなぁって」
「おまえいくつになった?」
「あ、それは聞いちゃダメなやつ」
私の返答にカッカッカッと笑う姿、その口周りにはいつ剃ったか分からないような無精髭が鎮座している。髭がアウトな女性も多いらしいけれど、私はそういうタイプではないらしい、惚れたら最後惚れた人がタイプだとか言ってしまう方向性の人間だった。
「最近息子さん賞金額上がりましたね」
「そうだろそうだろ?」
「どことなくヤソップさんの面影も…」
「そうさ、おれの息子だからなぁ」
どこか柔らかでいて楽しげなその表情を眺める。結局なんだかんだで口説くといっても毎度昔話であったり、妻子への話を聞くことが中心という単なる会話相手になっているだけだ。こんな一途に愛されてみたい、そう思ってしまうのは他人のものだからなのかどうかは判断つきにくい。もしあなたがフリーであれば抱いてくれた?なんて、"もし"という言葉だってなかなか口には出しにくい。絶対に対等にはならない関係、選択肢はいつだって向こうにあった。私と話をしつつも目の前の賑やかな光景にも目を配らせている男。その太腿に腰を下ろして、首に手を回していればドレッドヘヤーが私の肩にも触れそうでもある距離だ。
「…もう一人お子さんどうですか?」
噴き出したのは目の前のヤソップだけではない。聴こえていたらしい周囲の船員達もなぜか噴き出していた。そう、静寂でもない宴会場を切り裂くようであった。一度むせこんで身体を震わせて口に手を当てたり、大口で笑い始めたり様々だ。
「やっぱナマエ面白いな、攫ってみて良かったなぁ!!」
「おっさんを口説くにゃ、激しすぎるぞ」
「珍しくどストレートな誘いだな。どうするんだヤソップよぉ」
ぼぉっと眺めていたら自然に出てしまった台詞であり、あまりに周りが笑うせいでどこか恥ずかしくなってきてしまった。確かにサラリと言ったからあまり気にはしていなかった。けれど私の脳から直結し過ぎた言葉は多少の生々しさがあった。海賊な彼らに口説き文句の一つを指摘されるとはとならば酒で誤魔化すかとばかりに、酒樽ジョッキに口をつけてグッと煽った。ヤソップは噴き出した口元を拭きつつ、酒もったいねェじゃねぇかと笑い私の腰に手を回す。私の腰を少しだけ撫でるだけの手つきがそこにあるけれど、あくまでも子どもでも宥めるかのような雰囲気は残している。
「いやぁ、笑わせてもらった」
「こっちはそこそこに本気だったの」
「親子の再会で、知らねェガキこさえてたらたまったもんじゃねェだろうよ」
「ほら、新しい弟妹よ〜って喜ぶかも?」
「なかなか地獄絵図にさせる気だなァ!?」
武骨である指はとても器用であり、その指で無情に引き金を引くわけである。躊躇いのないその指先はおそらく血に汚れている。それが今はやんわりと思いの外優しげに腰に添えられたままで、今夜の胸や腰の曲線が分かりやすい服装も今ならお似合いなのかもしれない。周囲もまた私達をひとしきり笑ったかと思えば各々の会話に戻りつつあった。今度はとばかりに耳元に唇を寄せる。
「海賊なら奪い合えって教えてもらった。…奪って良い?」
「ハッ、海賊は奪わせねェもんでもあるんだ」
「ぅ、それはズルい…」
そっとカサつきある唇に指を当てる。度が強いだろうアルコールのせいか少し湿り気はあるけれど、雑に拭いたせいだろう、ささくれのようなものすらある唇であった。野郎なんだンなもん関係ないとばかりに勝ち誇るかのような表情を見せるヤソップが、そもそも奪う許可得ようとしてる時点で甘ちゃんなんだよと図星をついてくる。そう、どこまでも根本は一緒なのだ。
「ま、そうだなァ、口説くと言っても胸を押し当てるわけもなく、酒の力がねェと話かけてこれねェ本気の女も悪かねェ」
「ぁ…」
しれっと私の反応を見定めるかのような視線。私の本来の姿に触れるかのような言葉に多少なりとも狼狽した姿を見せてしまう。悔しくもその通りで真面目な気性は根本からは変えられない、彼は意外にも私の事を理解しているらしい。腰を抱き、わたしの耳介に太い指が触れられて少し身じろぎをした。
「本気過ぎるんだっつーの」
「…本気ですもん」
なおさら抱けるかとどこか投げ捨てるかのような台詞が耳元で小さく呟かれた。あぁ、これ少し本気な内容だと理解しつつ、決して常に暖簾に袖押し状態ではなかった事だけには少しだけ安堵した。
「二番目なの分かってる…それもダメ…?」
どんちゃん騒ぎの中で私達の一角だけは密やかな交渉をしていた。言葉を絞り出したわけだけれど、どこか震えてしまう語尾。おそらくこの船に乗って初めて本気で口説いていた。彼の心にあるだろう見た事もない妻はどんな素敵な女性なのかと思う、一生かかっても勝てやしない。病死だと他の船員から聞いていた、いない世界でなお想い続ける男になんで惹かれてしまったのか。そういう男を感じ取ってしまったからなのかどうか。男と女の世界においてラフだったりする海賊なくせになんでこの男は、と何度も思った日もあった。
「ナマエのなぁ、そういう女としての聡明さは嫌いじゃねェよ」
「それ褒められている気がしないのよ」
妻子放り出した男になんでこう執着してしまうのかはわからない。家族の事を話すとなると強面な表情含めて目尻が穏やかになるそんな姿に並々ならない淫蕩な色合いを見つけてしまったという理由ならばある。どこまでも二番目根性が据わっている自身に呆れてしまう。妻がいる男の良さは女を知っている事だと思うし現実を知っているからこそ、恋に憧れもして丁寧に抱いてくれるところだ。その筈だけれど目の前の男は頑なに一夜すらも共にしてくれない。
「ね、キスだけは?それならいい?」
「ヤるよりねェな」
「あ、私と同じ感覚。してる方が心が楽」
「なら聞いてくんじゃねェよ、小娘が」
いつもと変わらぬようにザックリと私をあしらう台詞。ただ初めての事だった。"小娘"というどうもならない微妙な歳の差を誇張する一言を語尾に付けられたのだ。その意味に気付いたのはおそらく私だけ、他の船員なんてまたフラれたか〜?くらいに言ってきているくらいで深い意味なんて気付くことはない。なんだかんだで私のことを理解してくれていたらしい男から放たれた稚拙な単語に口角が上がってしまうのが自身でも分かってしまう。
「…やっぱこのまま消えませんか?」
「しねェよ、ったくこれで我慢しとけ」
珍しくどこか困ったように長い瞬きだった。ドレッドヘアーを掻き殴り、太腿に居座る私を軽く引き寄せる。チークが要らないくらいに上気した頬にカサつく唇が雑に落とされる。あまりにも雑、前の島で私を口説いてくれた島の男とは違い過ぎる口付けだ。お、なんだヤソップ珍しいじゃねェかという周囲の誰かの一言があった気もしたけれど一瞬で宴会の騒ぎの中に消えていく。賑やかで結構、何よりだ。
「そんな子ども騙しじゃぜんっぜん足りないの」
私が声を大きめにして不満気に騒げば皆も笑う。小娘なんて言葉なんてとうの昔に過ぎ去っているのを知っている癖に、そんなありふれた防御壁を築こうとした甘さに付け込みたい。私の現れもしない架空の理想の人物よりも包容力があり簡単には落ちない男に甘えたい性分はなかなかに厄介だった。
こんなスローペースならば抱いてくれるまで一生かかってしまうじゃないと嘆けば、ならさっさと他の男を口説けにいけと非道な事を言うヤソップにお返しとばかりに頬に唇で触れれば硝煙の匂い含む男臭い香り。潮の香りは多分マントにでも染み込んでいるのか、同じ船に乗る私には同じように染み込んでしまっていてもう感じる事は出来ない。離れたいのに離れられない、いい歳した大人でようやく漕ぎ着けたのも頬への軽いものだとかこの先を見据えるとあまりにも果てしない道のりだけれど、それもまた良しと思えてしまった。どこまで彼の掌の中なのだろう、けれどその通りに踊ってあげたい。そう私はどこまでも男運が悪いのだ。