拙い声音に殺されたのは

 大型帆船ほどに安定感がある、特に大頭であるシャンクスが乗る帆船は陸地かと思えるほどだ。けれど当然に陸地を踏めばその浮遊感にも気付くというもの。不思議とその感覚は嫌いではなかった、自身の浮ついている気持ちが落ち着くかのように冷静さを取り戻していく現実味があった。
 彼等が乗るレッド・フォース号、そこは雑用係のような私が乗り合わせている事を気に留めるような小さい船員などはいない、当然のようにむかえてくれた彼等には最大限に感謝しかない。次の島が近いとの報告に、あぁ分かったと腰をあげる大頭の近くを守るかのような特徴的なドレッドヘヤー姿がある。その髪が波風を受ければ少し重そうに揺れ動く事を知っている。盛大に仲間と笑いつつ酒を煽り、そして治安の悪そうな顔つきは女ウケとは程遠い。同じ幹部のベックマンとはあまりにも違う。私がどこか不満気にしていれば、どうしたんだ?話なら聞いてやると声をかけてくるようなベックマン的な気遣いをする男でもない。男運の悪さが持ち味な私は結婚を考えた相手に売られ配送されるように船に乗っているところをシャンクス達に拾われた形だった。気の良い彼らに出迎えられて過ごしているうちに男運の悪さが発揮されてヤソップを目で追い始めてしまったのだ。二番目の女を所望しては流されを繰り返す事になってしまった。


 きっかけはなんだったか、ただ的を狙うその目が好きだったとかそんな簡単なもの。この海賊団に拾われて雑用くらいしかしてない私も多少なりとも身を守れとの事だった。

「こっちだろうよ、ヤソップ暇な時にコイツに教えてやってくれ」
「なんだナマエ、これを覚えんのか?」
「大頭が自衛手段として…」
「そうだ、だがなナマエそれを持つなら覚悟が必要だ」
「覚悟?」
「あぁ、それを含めて教われ」

 渡された手の上に置かれた小型の物騒なモノ。それを見たヤソップがそういう事かとばかりに納得をしていた事を覚えている。

「…そもそもな、この世界で銃っつーのは余程でもねェと当たらねェ奴らしかいねェんだ。悪魔の実しかり覇気しかりな」
「覇気って」
「そのうちわかるぞ、この海…いやこの船にいりゃな」

 船の甲板、邪魔にならない端の方で二人きり、私達の間には黒の拳銃が置かれていた。そういう奴等を相手にするってんなら、おれくれェにならないとなと陽気な笑いを浮かべる姿にどこかはぐらかされた気がした。太い指先が私が渡された拳銃を解剖するがごとく全てをバラしていった。見た目よりもその手つきは繊細を有していて、所持するっつーなら組み立て含めてしっかり覚えろと言われてその手つきをずっと眺めていた。

「…そもそもおまえに能力者や覇気使うような奴らと関わらせるような事ァしねェよ。コレ使うような時は、いざという時だな」
「はい、」
「…でもな、当然これを持つ事の責任は背負え。これで人は死ぬんだ。向けたら撃つ、生き残るってのはそういう事だ」

 さらりと言い放つ言葉の重さに頷いた。船の甲板の一角で広げられた部品の数々、何十パーツとある部品の組立を一言一句逃さないように耳を傾けた。集中力あるな、これを持つのに向いてるかもしれねェなという一言に組み立てられていく拳銃から目線をあげれば、しっかり見ておけと注意をされてしまった。伏せたままの目なのにどこか睨まれたような感覚、言葉通りにその手元に目をやった。底なしのような海の上、甲板の一角では穏やかでない教えが続いた。トレイのような板の上で何度も何度もバラしては組み立てを繰り返す。違う、そうじゃねぇと怒られつつの作業に見放さず付き合ってくれた男だった。時折様子を見にくる船員が眺めては去ってったが、それを気にする事なく指先に覚えこませようと必死であった。

「コレの射程範囲はおおよそ五十から百メートルってとこだ。ここからあの岩礁狙ってみても良いが…、まぁ次の島で練習だな」
「お願いします」
「でも反動だけでも知っておくか。よし狙え、あの岩壁に生えてる木だ」
「あの、また簡単に言ってくれますね」

 そもそもあの距離じゃ範囲外だ、当たりはしねェよとあっけらかんと頭の後ろでを手を組みつつ言う隣で、見よう見まねと想像を組み合わせて銃を構えて狙いを定めた。そして定めてみれば、予想よりも大型船であっても照準はブレるように静かに波打つ事を知る。自然と息が止まり、風の音も波の音も全てが消えたような瞬間、人差し指に力を込めた。銃口からの瞬間的な火花と音。反動と聞いていたので、意識をしていた筈で握っていた。しかし空気を割くような発砲音と共に伝わる重い衝撃が指先から手、腕そして肩と伝わり少しよろめいてしまった。

「大丈夫か?」
「は、はい…」

 倒れそうで倒れなかったのは、斜め後ろで眺めていたと思った男がいつの間にか背後に居たからだった。包み込まれた硝煙の香り、それは私が発砲したからかは判断つかなかった。私の身体を受け止めるように肩を抑えられて、いつの間にか息を殺していたように止めていた呼吸、慌てて酸素を吸い込んで返事をした。

「どうだ?」
「ジンジンとして、痺れてる感じです、あとは予想より耳が痛いです…」
「よく手放さなかったじゃねェか」
「いえ…、むしろ硬直した感じですよ」
「上出来上出来」

 わはは、と笑いつつあとは慣れだとそれすら簡単に言ってくれた。くれぐれも取り扱い注意だと念を押されて何度も頷けば、褒めるかのように髪をぐちゃぐちゃにされる。

「隠す場所は、女の場合大概ここだ」
「なるほど…、さすがよくご存知ですね」
「そりゃこういう界隈だからなぁ?」

 軽く叩かれたのは私の太腿、向こうにしては何の意味も示さないだろう雑さのある教え方だった。固定ベルトは用意しておいてやる、船の中のどこかにあった筈だと軽く言い放つ男、若干の嫌味と揶揄いを込めたわけだけれど当然の如くスルーされてしまった。なんともどこかのらりくらりと食えない男という第一印象だった。
 この船にいる以上、最終的な自衛になるのかもしれない。けれどその際には奪う覚悟を背負うわけだ、それを考え始めると途端に不安になる。それを口にしたら降りないとならないだろう旅、船に乗る判断も私だからその決着をつけないとならないのも私だ。渡された日の夜は睡魔がやってこなく、ただ与えられている狭い小部屋の暗闇の中潮風を聴いていた。大頭であるシャンクスの気のままに始まった乗り合わせ、ならばそれに従うだけと暗器のように右太腿に巻きつけたベルト、小型な拳銃をスカートの中に隠すようになった。

 寄港地は荒んだ空気が漂う島であった。荒涼さある一部岩壁がある林の中、木に貼り付けたターゲットに向かって銃を構えた。

「銃弾は直進しねぇぞ〜、重力に従うし、風も加われば横方向にだって流れるからな。最終的にには身をもって慣れろ」

 ま、この距離じゃそこまで考えなくて良いだろうがなとドカッと雑草の上に胡座をかく男は教えてくれるという約束を忘れてはいなかった。島での滞在中に何度か、お頭コイツ連れ出すぞ、と引きずられるように連れ出されたわけだ。彼流の射撃理論を聞きつつ、時折分からないと少し口を尖らせば、しょうがねぇ貸せと手の大きさには合わない拳銃でさえ一瞬で照準を捉えてターゲットのど真ん中を撃ち抜く姿があった。どうだ?と得意気にそして不敵に笑う姿にいつの間にか私は落ちてしまったらしい。
 トリガーを引く人差し指を気にするようになった。ひょんな事から傷をつけないようにとそんな気遣い、もしかしたらそういうものなのかもと思い、そっと観察したヤソップやベックマンの手先も無骨な手先のくせにやはり傷のないような手先だった。


「だめ?」
「だぁめ、そもそも事ある毎におっさん口説くな。わけェのたくさんいんだろ」
「…常々私もそう思ってはいるの、ただもう大頭が同年代のようなものじゃない?必然的に範囲外に…」
「今のお頭をそう捉える女はなかなかいねェよ」
「え、私面白い女になれたり?」
「自身で言ってりゃ世話ねェ」

 お頭は男盛りだろうがと言われたところで、目の前の野性味溢れる男についつい引き寄せられてしまう私は花に群がる蝶とでも言えば綺麗だろう。どちらかと言えば光に群がる蛾の方が近いのでは?とか気付いてはいけない。良い歳して何してんだかとも思うけれど後悔先に立たずだ。
 夜が更けて、いつの間にか店には灯りが灯されている。陽気なマスターともいつの間にか大頭であるシャンクスは肩を組むように打ち解けていた。夜の幕が上がる瞬間が好きだ、その島独特の気配が感じ取れる。淑やかに酒を酌み交わすような島もあったし、昼間っからどんちゃん騒ぎのような島もあった。まぁそりゃそれどころじゃない荒廃した島もあったけれどだ。夜更けから夜、そして朝を迎えることが楽しい。彼等の海賊旅の理由など深い根っこのところは知る由もないけれど、ただ旅の良さは彼等と過ごして少しだけ知ってしまった。ただ普段は比較的陽気で穏やかさある海賊でもあるけれど、そうでない時もある面だってある。全てを飲み込んで、いつか海に沈む事すら覚悟を決めていた。
 緊張感が抜けない生活なのに、近くで見つめても返ることない視線なのにどうしようもなく惹かれて年単位になりそうな片想いをしてしまっている。

「おれの心にゃ、いい女がいんのよ」
「…だからそれ言うのズルい」

 大袈裟に胸に手を当ててのジェスチャー、こんな戯れ合いなんて陽気な彼にとってはどこ吹く風だ。そのマントが靡くように軽く受け流される。蟻の眉間にすらヒットさせる事が嘘でないように、蟻のように小さい私などが噛みついたところで悠々自適に海を満喫する男を捉える事は不可能だと思い知らされる日々だ。いくら口説いても、太腿を定位置にして座らせてくれてもキスの一つすらしてはくれない。

「紛らわせてくれても良いと思うんだけどなぁ」
「この前の島で抱かれてたろ。いい男だったろうが」
「え、知ってるの?…だってヤソップさんが相手にしてくれないからー」
「そりゃな」

 二言目には妻子がいる事をさらりと振りかざす。どれだけ私は闘牛士とのやり取りのように躱され続けてれば気が済むのかと私でも呆れてしまう。育てる気持ちと擦り減る気持ち、極端すぎる気持ちを持て余せばどこか寂しさを紛らわせたくなる時もある。そういう点はこの船の方々にお願い出来るわけもなく、夜の街の方が断然に楽だった。もう…、まだこんな瑞々しいような肌しているのに、とボディクリームを塗りつつ、どこか嫌悪感を抱かない男ならアリとばかりにしけ込んだ。名前くらいしか知らない男と言葉遊びをして、そしてその男が私の中で達するだけで女としての賞味期限を確認しているかのよう。なんとも必死過ぎて泣けてきそうな話だ。
 ガブっと口の端から少し溢れた酒を気にする事なくごくりと喉仏の上下を見つめた。この前は、お子さんどうですか?的なド直球な誘いをしてしまったら吹き出された事を思い出した。周囲に居たお頭であったり、ベックマンさんであったりホンゴウさんまでもが喉を鳴らすように笑いを堪えていた事。後に、ヤソップはお固ェなぁとフォローしてもらった。結局いつもどれだけ愛が深いのだと知らぬ奥さまに想いを馳せる。あまりにも旦那様を縛り過ぎじゃないでしょうかなんて問いかけをしてしまうほど、自分が嫌な女だと認識してしまう。
 今夜も今夜とて、わずかな触れ方で甘えてみてもこども扱い甚だしい。ある意味この歳でその扱いは嬉しいくらいだけれどだ。屈強な海の男、どこか粗雑さ含む野生味を感じさせるくせに愛妻家とか勘弁して欲しい、いつまでたっても勝てはしない。

「…ね、もし結婚してなかったら私のこと抱いてくれた?」

 不意に聞きたくなった事、時折脳から一直線になりがちな私はつい口にしてしまった。私の予定は、もしの話に興味はないとアッサリ流される予想だった。にも関わらず数秒足らずの何も言わないその空白。

「…ねェな」
「ね、今だけは私の勝ちじゃないです?」
「じゃねェよ」
「わー、ヤソップさん照れてる?日焼けでよく分からないけどそうでしょ」

 苦虫を噛み潰しているような顔で目を逸らす男に抱きつけば、鬱陶しいとばかりに引き剥がそうとする左腕にすら巻き込むように縋りついた。

「ふふ、想像で抱いてくれた?嬉しい」
「好き勝手な事抜かすじゃねェか」

 耳元で囁けばあからさまに口をひん曲げて嫌な顔である。砂埃すら感じそうな身体に抱きつきながら片手を挙げて、大頭ー!今ちょっとヤソップさん落とせそうでした〜と大声で呼び掛ければ、お、やるじゃねェかと酒を掲げて祝ってくれる姿があった。他の船員も笑ってくれるわけで、私に抱きつかれながらやれやれとばかりに頭に手をやる姿がある。

「じゃ夢の中に出演させていただきますね」
「出れるんなら出てみろ」
「ふふ、じゃ念でも送っておきますんで」

 呆れたような男にぎゅぅと腕に力を込める、布切れが邪魔だけれどしょうがない。今だけでも甘い夢は見させて欲しい、どこか溶けあう体温に酔いしれる。頬に触れるくるくるした髪もトゲトゲ刺さる髭も全部にらしさがある。ご褒美とばかりにその冷めた体温をいただいて自身でここまで、と判断してくっつけていた身体を離そうと腕の力を緩める。ハイハイ弁えてますってとばかりの私の内心なんて知らないのだろう。離そうとしたのに、静かに腰に回った手のひらに硬直してしまった。

「……諦め悪くなりますよ」
「さっさと諦めろ」

 気のせいかと思うほどの一瞬に白昼夢かと思ってしまった。おじさんは眠くなっちまったから船戻るんだと立ちあがろうとするので渋々腰を上げる。目の前の男はせいぜい若い男引っ掛けてこいと突き放す態度を継続している。

「今の時間から引っ掛けられませんので、私も一緒に船に戻ります」
「好きにしやがれ」
「お、お持ち帰りかァ?」
「です、されちゃいます」
「しねェってんだ、おまえも好き勝手な事ほざくな」
「私が好き勝手に口説くのいつもじゃないですかぁ?」
「ナマエ〜、ヤソップ困ってんだろ、ほどほどにしてやれ」
「はぁい、でもほら、脈ありでしょ」

 歩けば幹部たちの揶揄する声がかかる、まるで花道とさえ感じ取れてしまう通路だ。あからさまに苦い顔の男の利き腕でない腕にしがみつけば、虫を蹴散らすようにあしらってくる。腕にしがみつくなと優しく振り解こうとする姿、少しでも手に触れれば解けるのにだ。へぇ、腕に触れるだけは許してくれるのねと勝手な許可を感じつつ歩く夜の道。結局自室に帰るのは知っている、けれど腕に触れて歩くことは許されたことは大進歩だ。光を繋ぎ合わせたら形になりそうな澄み切った夜空が祝福にすら感じてしまう。大股の歩きに対して私の足は軽快さが隠しきれていない。

「迷子になっちゃうかもなので」
「一本道だろが」

 よく口が回るなという文句に、調子に乗らせたのはどちら様でしょうかと返すのは意地悪な気がしてしまい口元を緩めるだけ。湿った潮風が船が近いことを示している、あと少しだけこのままにしてくれたって構わないでしょと少し腕を掴む手に力を込めれば今度は解かれなかった。何が正しいか分からなくなってきてるけれど、気楽に考えられない、頑なに手を出さない姿に果てなき魅力を感じてしまう。今日は安眠出来そう、いやこれは寝れなくなる方かもしれない。そうしたら追加酒だなぁなんて思いを馳せる夜道、ふらつかないようにそっと腕に手を巻きつけた。