夜のしずかを語りべに
乾いた微風、北からの1メートル、この距離じゃ流れはしねェが…と伏せていた瞼を開ける。乾いた発砲音、硝煙の香りが流れる、それは己にとっては馴染みのある空気でもあった。しかし引金に指をかけているのは頭であるシャンクスが引き込んだナマエである。娘の枠にも入らない女は、船では雑用、そして調理補助、仲間内の緩衝役として旅を共にする仲間でもある。
ある夜、いつもの通りに無礼講な宴の最中だった。その罰ゲームだ、目の前で指先から放ったコインを飛ばすお頭の耳にコソコソ喋りかけるナマエ。すると、見た目以上に歳いってるなと大口で笑ったシャンクスに対して、それ以上は言わないでください!!と強い圧を飛ばしていた姿はある日の姿。覇気でもないその圧は、おそらくこの船の若手にゃ触れた事ないものだろう。翌日からは若手船員が私にさん付けをし始めたと項垂れていた。
ったく、何を考えてるんかねェ。あぐらをかいたまま、雑に書いた目標となる二重、三重の丸、そのド真ん中を撃ち抜いていく姿を見やる。
「ヤソップさん!見てました!?」
「おー、おー」
「いや、目閉じてたでしょ」
「こっち見てんじゃねぇか」
女特有の非力さはその通りではある。腕など自身の半分くらいしかない細腕、しかし下半身のブレの少なさ、鋭い感性、反動をいなすような身体のバランスが非常に噛み合っていた。船長命令ともあれ身を守る術を覚悟込みで教えてやってくれと言われた際にゃ、ムリだろという一言しか浮かんだ記憶しかねぇ。しかし蓋を開けてみりゃ上々な感覚の持ち主でもあった。
「もう一度だ」
「十発当ててますけど!?」
「百発当ててから文句言いな」
「もう…、ヤソップさんったら厳しいなぁ」
穏やかにどこか頬を緩めた表情。しかしながら構えた瞬間の研ぎ澄まされた集中力と息を忘れている瞬間の空気は何も言えるものではない。お頭であるシャンクスはこの女の事をどこまで見抜いて、どこまで引き摺り込もうとしているのかは見当もつかない。おおよそ、言葉通りに面白いと連れているのだろうと想像出来るが、肝心な事は今一つ言葉がない男を考えればまだ意図がありそうでならない。
言うだけ連れ歩くような面白味はある女だとは思う。物怖じしない理由としては、年齢が原因で婚約者に売られるという過去含め男運のなさ、らしい。まさか拾われた先が海賊とは思わなかったという一言に全てが尽きるだろう。その上に馬鹿な女だと思うのはおれへの好意があるらしいという事だ。しかしながらこっちは既婚者であり、さらには息子すらがいる訳であった。そう考えりゃァ男運は確かに悪いだろうよと同情すらした。
「おれにゃァ愛すべき妻と息子がいんのよ」
「それさっき聞いた。もう…っ、なんで最初に言ってくれないんですか」
「ベックともかく、わざわざおれのとこにくる女はいねェだろうが。だから言う必要もねェんだ。ま、男みる目はあるんじゃねぇか?十年二十年遅えがな」
「えー…」
「まだお前も若ェんだ、もっと若いのに相手してもらえ」
「んー、それはおいおい考える事出来るし、やっぱヤソップさん相手して欲しいなって」
宴だと言う時には、人の太腿の上を定位置にして酒を呑む女。一度は太腿から降りろと言う事を告げたが二度三度と引っ付く女にはもう言う気もなくなってしまっている。馬鹿みたいに気さくに話しかけてくる日もあれば、フワリと笑い、髪を耳にかけつつどこか誘うように耳元で話しかけたりもする。そりゃ普通の野郎にはホイホイありがたくいくもんだろうが、こちらとすりゃその気持ちに軽く答える事は出来ねェわけだ。まぁ自身の過去を思い返せば当然だろう事。非凡な道を選択しようが、例え女房に愛想をつかされようが、はたまた何があろうが、結局これ以上は裏切る事はねェ。その事すら理解ある癖に隣に陣を取るこの女を何度か突っぱねてみた時とあるが、何だかんだで切れていなかった。
酒に焼き鳥を持つ手を挙げておれを口説く宣言するような女。野郎どもの酒の入った馬鹿騒ぎに乗ずる事も出来れば、そりゃ面白ェ女はなるだろう。しかしどこまで本気で、どこまでが冗談かは分からない。ただおれが商売女を相手にしている時には寄り付きもせず、同じようにフラリと知らぬ街の男と夜に消えるような日もある。そりゃそこそこ気さくで気立てが良くもあればそうなるのだろう、そして男のアレコレにまで理解があるという、ある意味では割り切りと言うものを知っているからだろう。
荒れ狂う海を旅を共にするだけある、男所帯という中で自身を曲げる事なく生きている様は立派なもんだろう事。そんな彼女の太ももには黒いベルトに拳銃が仕込まれている。
「何だお前が相当面倒みてるってんならスジが良いのか?」
「まぁな、女にしとくのが勿体ねェ」
女だから良いんだろうがと、煙を吐きつつ言う男。この海にはいくらにも強い女がいる訳だ、しかしながら己が残してきた女を想えば陸にいてほしいとも思えてしまう。何とも我ながら自己中心的、いや海賊稼業なら通常運転だろうがだ。そもそもナマエに対して何を思うか、仲間以上に何を想う事もねェ。
そんな小さい手には似合わない黒い部品を取り扱う姿、カシャンと音を立てて組立て終わった小銃を確かめるような手つきや目付きがやけに染み付いたなと思った時には取り返しのつかない事を教えてしまったもんだと多少の後悔をした。陸地にいればもっと幸せな生活が出来たろうにという事、ただそれをナマエに言えば一が百になりそうなくらいに反論がありそうではあった。その自身の考えに反してついつい教え込ませた銃の種類は幾分にも増えていってしまっていた。
ベットサイドのテーブルに置いた小銃、それと同時に自室の扉のノック音にもう一度それを手に取った。自身のセンサーに引っかかりもしなかったノックの音、身を構えた瞬間、その緊張感を割るのは呑気な声であった。おそらくはおれの警戒が伝わったのだろう。止めていた息を吐きつつ扉の向こうから響く馴染みの声に返事した。
「……で、こりゃァ、どういうこったァ…?」
「え、だって今夜は一緒に寝る流れじゃないです?」
「どこをどうすりゃそうとった」
「さっきの宴の時に『もし結婚してなかったら私を抱いてくれた?』って言ったやつにヤソップさんがたじろいでくれた事と手つきがスケベだったっていう事でしょうかね」
「めでてェ頭だな。あれは呆れただけだ」
夜の街の喧騒から遠のいて、レッドフォース号に戻ればしばらくの後にナマエがおれの船室に尋ねてきた。おそらく街中では宴が継続中であろう。その最中に共に船に帰ってきたナマエはシャワー浴びてきましたという屈託ない笑顔をたずさえての登場であった。おれは何をした、と頭を抱えつつおい払おうと手を振るがお構いなしにベットに手をかけてくる女がいる。
「…襲うぞ」
「それは願ったり叶ったりですよ」
こちらの圧をモノともしねェ女に更にキツく年甲斐もなく睨んだところで、穏やかに口元に笑みを浮かべる姿が居る。
「はぁ、ったく、てめェは何がしてェんだ」
「…素直に言えば抱いてほしい、……けどヤソップさんの考えだったり、色々抱えている事は分かっているから、ただ一緒に寝たい」
「…物好きも良いところだな」
「その変に手出さないから…ダメです?」
いい歳した大人が狭い船室で何やってんだろうよ、と片手で頭を抱えた。壁には小銃から銃火器に近いものまでが溢れるようなそんな色気もクソもねェ自室に女の面をしたナマエが膝掛けのような毛布一つ握りしめ尋ねてくる夜。娼館の女ならば抱けるくせに、この呑気に言い寄ってくる女になった瞬間に手は出せなくなる。散々妻子者に近寄るなと伝えたのにも関わらず暖簾に袖おし状態の女が佇むベットサイドは間抜けな光景でもあった。重苦しい無言の空間、そこを割ったのは意外にもこちらからだ。
「…参った。寝るだけだぞ」
「良いんです!?」
「調子乗るなよ」
「はぁい」
「ったく、オッサンと寝て何が楽しいのかねェ。理解不能だな」
「もう、私はそんなヤソップさんが好きなんですって」
「ハッ、今日なんてシャワー浴びてねェから臭えぞ〜」
「どんとこいです」
どこか躊躇い混じり顔を豹変させてベットの上に乗り込んでくる。そして意気揚々とベットに腰掛け、緩い根巻きを捲り上げる姿に反射的に目を逸らした。しかし今更だなと無遠慮に眺めてりゃァ、膝を曲げ露わになる右太腿、足の付け根まで捲ったその場所には黒いベルトとそれに付属する拳銃があった。シャワー上がりの真っ白い太腿に食い込むベルトはこちらが渡した護身用の拳銃で、それを手慣れてしまった手で解いていく。まるでアクセサリーの一つにすら見紛うばかり、飾り立てるものとしては物騒なもんだがしっかりと身を守る術として身についているようであった。
「肌荒れちゃいねェか?」
「んー…、毎日場所は少しズラしてるんで、そんな気にならないですよ」
ナマエは幾つかの赤くスジがついた太腿を寝巻きで隠しつつ、ベットに上がってくる。ギシリという木材の軋む渋い音と共に沈み込むのと同時、仕方なしに自身の身体を端に寄せた。よく近くで顔を見りゃ、夜の街から船に共に戻った時よりもすっきりとした顔、化粧を落とした顔の方が若く見えるとは言ってはいけねェだろう事は想像ついた。そんなこちらの考える事知らずに、ありがとうございますと変な礼を言う姿。その咲いたような表情を崩すのは惜しい、いや崩す方がめんどくさいとばかりにありのままを受け入れた。
「はー…幸せ」
「物好きだな」
「ふふ、このままやっぱ手を出してみます?」
「出すか。……オイ、やっぱお前が奥いけ」
「え、なんで」
「あー、おれァこっちの方が慣れてんだ」
「あぁ、分かりました」
壁付けのベット、ギシリと軋む上でいい大人同士がやいのやいのと寝る場所協議を行った。まぁ私はどこでも良いですけどと口に手を当ててクスクス笑う姿がある。腰を浮かせて壁に身体をつけるくらいに奥の窓側にずれるナマエ。考えりゃ扉から近い場所に女を置いておけるかという話だ。これで万が一に襲撃があったとしても直ぐに対応可能だろう、ドアから来てくれるような敵さんならばの話だが。
枕の上に散らばる細めの髪、少しウェーブがかその長めの髪、記憶に残る女とはまた違う髪色に髪質。過去の記憶だと他者が言ったとしても己にとっては過去でもねェ話がある。今も一種の選択や判断を求められているんだろうが、人の比較など出来るわけもねェだろうし、分かるわけもねェ。ただその枕に散らばるその髪を指先で彼女の方にどかした。
「ふ…、ごめんなさい、なんていうか本当ヤソップさんって奥さまを大事にされてたのが分かっちゃって」
「…そりゃァな」
無意識に行ったその行為でクスクスと笑われつつ何かを察されるもの程、身の置き所がなくなるものもねェもんだ。隣に近付くだけで、香水の匂いでもない石鹸混じりのような洗い髪の残り香が広がっているのが分かる。本人にすりゃ無意識、そしてどこか安全と思っているその意識が感じ取れてしまう。野郎のベットの上で寝転がりつつ、無防備にひけらかすようにすら感じる笑みでこちらの事を口にしていた。
「ベットの下に小銃隠してあるから気ィつけろよ」
「分かりました」
「何でこうなるかねェ、ったく」
「ヤソップさん優しいから私がつけ上がっちゃいますよ」
「自分で言ってりゃァ世話ねェな」
寝るだけを目的にした薄地の服を通して、触れる事すらない向こうの体温が伝わる。久しくなかったその感覚、商売の女とはまた違う感覚はどこか懐かしさすら漂う。
横目で見りゃ口元に手を当てつつ微笑むようなナマエ、今として思えば海賊としての大所帯でいる際には気楽さや無邪気さで押し通して艶っぽい部分はひた隠しにしているようにも見える所業がある。おそらくは身を守るためなのだろうが、こうして二人きりとなると慎ましやかな艶やかさっつーもんがある。おそらくこちらが本来の姿なのだろう。
薄明かりにした狭い船室、静かな息遣いであったり、身の置き場を探る衣擦れの音が聞こえる。停泊している港の空気を窓から感じつつ、そして遠くの甲板や各所で他の船員の騒がしい声も僅かに響くけれど今の所は子守唄になりそうな程度である。
「……思えば、そういう事をしないのにこうして男の人と寝るの初めてかもしれないです」
「そりゃ寂しいこった」
「不思議な感覚ですけど、嬉しいですね……あ、手を出してくれても良いんですけどね」
「出すか」
「つれないなぁ」
息が当たるような距離、それは通常ならば踏み込んでもいいと思えるくらいの隙を有しているともいえる。どこか顰めた静かな声や触れない距離にはどこか品が作られている。どこか娘枠としておさめようとしてきた意識、それにしたらあまりにも出来上がっている一人の女でしかなかった。
「……てめェが求めてんのは父性だろうが」
「ぁー…それ言われちゃうと否定はしきれない、かなぁ…何しろ物心ついたときには父はいなかったんで。……んー…でもそれだけでヤソップさんを求めてはないですよ、…本当です」
「口がよく回るな」
「そりゃこれでも落とそうとしてますからね」
やっぱ寝る前のキスの一つでもしますか?と言う誘い笑うような声が船室、いやおれにだけ静かに響く。古株の奴等には狭くとも船の自室が与えられている、そこにひょっこり入り込んでいる女。厳しい他者の判断ならばコレでも駄目であろう、これでも己としての最大の譲歩である。しかし他の野郎共からすりゃ、何も考えずにヤりゃ良いという話だ。そうだろうが、そんな軽く手を出せたら苦労はしねェ、好き勝手に言いやがってと目を閉じる。そしていつもよりも濃くなった夜の空気を吸い込んだ。
今朝も小さい丸い窓から差し込んだ光は室内の夜を押しやった。ただ異なる点として今朝は柔らかな光の線が幾重にも照らすその朝の光の中、隣にはまつ毛の影を作る女がいたという事だ。微動すらしなかったのかと思うほどに寝た時と同じようにこちら側を向いたまま寝ていたナマエ。己も知らぬ間にそちらを向いて寝ていたらしい、そこに朝のものを当てる訳もなく寧ろ腰を引いた。
結局はそのまま二度寝にふけり、気づいた時には小窓から漏れる日差しによって船室は昼間の様相を呈していた。横目で眺めてりゃナマエは目を瞑ったままにモゾモゾと指先で髪を触り、耳の後ろをかいて、部屋の空気を吸い込むように小さな欠伸のように少しぼってりとする唇を開いては閉じる。そんな身じろぎを繰り返した後にゆっくりと瞼が上がる、焦点が合っていないながらに口を開く。
「……ん、…おはようございます」
「随分と熟睡してたなァ」
「ぁー……ハイ…、久々によく寝られました」
「そりゃ良かったじゃねェか」
ね、手出さなかったでしょ?と枕に顔を埋めながら静かに嬉しそうに笑っていた。枯れそうだった花が水を注がれたように生き生きとしている姿。襟周りが緩い寝巻き、そこから覗く細い鎖骨、熱の残るシーツに転がったまま微睡みを享受する姿、本来の男と女ならば目覚めの戯れでもすりゃ形にもなるのだろう。当然そんな事をする事もなくその代わりに大欠伸をした。
「ヤソップさん、寝られました?」
「あぁ、当然な」
「ふふ…、ここはドキドキして眠れなかったくらい言ってくださいよ」
「こちとらァ青くせェガキじゃねェんだ、おまえが隣に寝ていようが凪だ凪、オールが必要なくれェだ」
「えぇー、まぁいいや。ね、ヤソップさん、また今夜も一緒に寝ましょ」
「あーーー、好きにしろ」
あまりに愉しげに言うもんで、髭周りを指でかきつつ添い寝くれェなら問題ねェかとばかりに了承した。嬉しいと顔を綻ばせる女、それを後々で思えば、ぬかるみであったと気付く事にはなる。
「おーー、ヤソップさんにしちゃぁ、寝坊だな。ナマエと同じで」
「あぁ、あいつやけに艶々してたな」
「あ〜〜…ついにヤったか」
「いや、してねェぞ〜?」
「はぁ!?仲良く寝たたんだろォ!?ナマエいつも以上に機嫌良くしてたからよ」
「まぁ仲良くは寝たな」
「ヤってんじゃねェか」
「文字通りに、なかよーく熟睡だ。互いに指一本触れちゃいねェさ」
「うそだろ…」
「……一晩過ごして何もない事があるのか?」
おお、副船長サマが指先から煙草を落としそうになる姿を拝める日がくるとはな。落ちるぞと指摘すりゃ、持ち直していた。ライムジュースやらホンゴウ含め馴染みのある船員達が騒いでいた、どうやらナマエがおれの部屋に尋ねるところを見かけた船員がキッカケらしい。ヤったヤらねェ、その騒ぎの間沈黙を保っていた男は何かを考えていたようであった。とりあえず数多の噂やらを作るベックマンにしては腑に落ちないだろう事らしい。
「それでも、ヤソップだってイイ女だって言ってたろ」
「…言ったな、が残念。おれには心にゃァもっとイイ女がいるんでな」
「うそだろ…」
大袈裟な身振りで胸をアピールすりゃ、間抜けな表情をする野郎ども。それらを笑い飛ばしていれば、船内から重鎮の気配がした。
「あーー、ふぁあ、あー…頭いて、……まぁ、それでこそヤソップってもんだろ」
「…それでもナマエかわいそうだ」
「ナマエも承知の上でヤソップを口説いてンだろうが。手を出されないナマエの負けだ」
そういう事についてはあまり口を出さないルウでさえ気の毒に思うらしい。比較的寄港地で寄りつく女達よりは落ち着きはある彼女はまだ接しやすい部類に入るのだろう事は想像つくが、おれとしてはバンキーナ以外は同じ事だ。どこかに跳ねた寝癖を気にも止めずに大欠伸をしながら船内から出てきたシャンクスはこの騒ぎの声に起きたらしい。
しかしながらナマエのように馬鹿みたいに好意を飛ばしてくる女を完璧には嫌いと言い切れない事実はある。人の温もり、野郎とは違うどこか身に付いている仄かな甘さと清潔感のある香りは本能的に欲しくなる欲は、若ェ時に比べれば愕然と減ったが、今でも多少なりとも持ち合わせている。けれども流れるままに軽く手を出して、多方向に対して裏切れる訳がねェだろ。こういった類の事を言わば、海賊世界にゃ真面目過ぎる話にはなるだろうが、そもそも惚れた女を忘れはしねェ、結局はそこに行き着く。下世話な話ならば種まで植え付けてんだ。再会時に他の女連れているなどどういう顔を向けりゃァいいという話になってしまう。修羅場もド修羅場、過去を含め全てにおいて陳腐な男に成り下がるつもりはねェ。それは一晩のうちに頭の中に上がった理由の一つでもある。
「はー…、分かってねェな野郎ども」
「分かってねェのはヤソップだろ」
「ああ、不能になるには早いな」
「馬鹿言え、まだ腹につく」
他の奴らは賭けも仕切り直しだなァと呆れつつ、各々今日は街に出るかどうかなどの話をしつつひとまず解散の流れであった。外の風に吹かれつつ、おれも二度寝するかとばかりに盛大に欠伸をした。
「……てめェの事情を知った上で余計な事を言わねェ女を放っておけるとはな」
「おっと、珍しく噛み付くじゃねェか!そりゃアレよ、都合の良い女にゃしたくねェわけ」
多少の棘を含む声に物珍しさがあった。それに対して思わず高らかに言い放った瞬間に、目の前の男が僅かに目を丸くした。まだその場に残っていた頭である男もゆっくりと口角を上げていく。売り言葉に買い言葉とばかり吐き捨てた台詞があまりにも内側の決意とは違う言葉であった。
「くっ……だいぶ熱が上がってるようだな」
「そういう訳じゃねェ、おれにゃバンキーナがいる」
「失言には本音が出るもんだ。つべこべ言わずにまとめて面倒みてやりゃいい、言い訳ならいくらでも考えてやる。そもそも一夫多妻な島だっていくらようにもあったろ」
「はー、色男さんはちげェな。おれにゃァ無理だ」
「だっはっはっは、こりゃ良い、ナマエ頑張ってんなァ!!」
煙草を咥えるフリをしつつ笑いを堪えている色男、そして構う事なく大口に笑う二日酔いの男、その隣でそういう事かァと呟く男の手には骨付き肉。やっちまったとばかりにかきにくい自身の髪をかく。その時であった。
「おはようございますー、あ、そんな時間でもないか。なんかみなさん賑やかですね」
「ナマエ、今日は随分と肌ツヤ良いな」
「そりゃ、ヤソップさんに構ってもらいましたから」
「オイ、含みある言い方をしてんじゃねェぞ」
「そりゃ良かったじゃねェか」
「はい、だから私ヤソップさんとソフレになった感じで」
「あ?ソフレって何だ」
「添い寝友達みたいな感じで」
「…おまえな」
ひょっこりと登場した彼女の手元に大きな洗濯カゴがあった。もう既にいっぱいになりつつのそのカゴを持ったまま話に加わり出す。その表情は確かにキラキラと眩いばかりの笑顔、そして他の船員に指摘されるくらいの艶っぽさが滲み出ている。人と寝てどれだけ嬉しかったって話だ、馬鹿かコイツは、と頭を抱えたくなるが、近くの男どものせいでそれが出来なかった。呆れるだけにおさめる己の脇を固めようとしてくる男どもを振り払う。
「いい歳してお友達とはなァ?……く……そりゃ良い」
「おーい、だいぶ笑いこらえてんなァ、表でろ」
「よし、ナマエ!ヤソップがいつ手を出すかで賭けるが参加するか?」
「するする〜。えー、じゃ、とりあえず一ヶ月で」
「オイ海賊なら、もうちょい気合い入れていけ、おれァ一週間だ」
「誰が手出すかよ。出さねェに全額だ」
「これは出すな、…二週間ってとこか」
「お、またリアルなところ攻めるじゃねぇか」
賭けられる側が賭けるな、なんて野暮なことなど誰も言わない。賭けられる側になるのは久しい、不思議な賭けだ、賭けの勝敗はおれが決めろとばかりの内容。ならば、おれの一人勝ちだろうが、そう勝手気ままに笑うナマエの表情を曇らす事はする気はない。
「良いのかァ?これはおれの一人勝ちになるぞ。何しろおれの気ィ次第だ」
「あぁ、条件の悪い賭けは嫌いじゃねェからな」
なぁベック、と呼びかけられた男が意味深に笑いを堪えている。そしてとりあえず下着気合い入れますねと笑うナマエに、ならいつでも見繕うかと誘いまでしていた。
手でナマエを追い払えば、また今夜伺いますねと大声で言い残していく。そして近くにいた船員らに、皆さん洗濯するものないですかーと各所に声をかけている。一つにまとめた髪を揺らしつつのその背中を見送った。
「……で、あのご機嫌なお友達サンにはいつ手を出すんだ」
「ツボに入ってンじゃねェか」
何度目かの出す気はねェの一言を嘲笑ういい歳した男共。あのままだとナマエが所帯染みるぞ、あぁおまえにとってはそれはそれで良いのか、とバカな事を言う奴等でしかない。出してたまるか、何を期待するのかお節介がひでェ、想いの所在など一人で手一杯だって話だ。