「し」




「人が全部みちたりたあとに、何が待ってるか知ってる?」

なにもしていない時間が好き。2人でぼおっとしている時間が好き。いつだかの私の言葉通り、2人でなにをするでもなく、ただ息をしていた。そんな中ふと溢れた私の問いかけに、恋人はすこし考えて、口を開く。

「んー、なにぃ?」

そう言いながら徐に伸ばされた手は私の髪を掬い取る。

「死だよ」

私は自信を持って断言した。
きょとん。そんな効果音が似合うかな。一時停止ボタンを押されたみたいにその瞬間だけ全ての動きを止めて、瞳だけをきゅるりとさせるイブちゃん。彼はよくこの顔をする。それは決まって私がこういうことを言った時。
私だって自分の言ってることが世間とはいまいち噛み合わない事も、彼はどちらかと言えば世間の方にいる事も知っている。けど彼はこうやって私の言うことを噛み砕こうとしてくれるから、ふと溢してしまう。

「じゃあ、俺今死ぬかもしれん」
「え?」

イブちゃんの腕が、ベッドの上から私に巻き付く。暖房で温められたイブちゃんの体温と私の体温が混じって溶けていく。

「だって、満ち足りたら死ぬんでしょ?」
「……なんか、ちょっと違うけど、うんまぁ」
「違うの?」
「ゃ、ううん、違わない」

「じゃ、俺今死んじゃうね」

耳元で響くイブちゃんの声が私の耳を通って、喉まできて、お腹を通って、足先まで届く。その瞬間、私はなんだか全てが満たされた気がして、「わたしも」と呟いた。


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