ご覧、全てが青になる



伝統的ゆえの厳しい校則や生徒間での暗黙のルール、女子校とはいえ決してお嬢様ばかりが集まるわけがない、ある意味での"女"を全開にできる場所。中学1年生から高校3年生までの6年間をそこで過ごした私は大学生になって初めて、全面に自由を謳歌していい環境に身を置いた。服装や言葉遣い選択授業、全てにおいてあまりにも自由。今までも性格的な面からナマエが自由奔放なのは仕方ないと諦められることが多く、比較的自由を満喫していたタイプではあったのだけど、それとは比べ物にもならないのだ。
「ナマエ!次共通センターだよ、移動!!」
「えっうそ今日休講じゃなかった?」
「代理の教授たったんだって、さいあくすぎない?」
「うわ、いらないことするぅ…」
大学生活は順調で、元々不安もなかったけれど同じ趣旨思考をもつ人間が集まる場所での生活は想像していたよりとずっと過ごしやすい。
「あ、刀也の彼女だ。元気ー?」
「え、なに剣持彼女いたの?」
「ほら前掲示板の前で抱き合ってた」
「えっあれこの子!?」
ある一つを除いて。大学に入学してからすでに半年が経つが、入学前、合否発表の日のことが刀也先輩の友人間では未だにフレッシュな話題らしかった。キャンパス内を歩いていると刀也先輩と仲がいいらしい人たちが男女問わず声をかけてくる。声をかけてくるだけならまだしも、ちらちらと伺うような視線とたまに小さな笑い声。勘違いではないだろう。初めのうちは居心地も一緒にいる友人にも悪いと足速に立ち去っていたけれど、最近では私も友人たちもすっかり慣れてしまい声をかけてくる人たちに限っては顔見知りにまでなってしまった。
「ナマエの彼氏会ってみたいなー」
「だから彼氏じゃないんだってば」
「でも抱き合ってたんでしょ?」
「前から知り合いだったから合格を心から喜んでくれただけですぅー」
野次馬には遭遇しても、肝心の刀也先輩には入学してから未だ学内で顔を合わせたことがない。おそらくこれ以上揶揄われないように考慮してくれている。まあ、どうせ本社でもそれ以外でも定期的に会ってはいるから、わざわざ学内で約束してまで会おうとは思わないけど、ここまで会わないとなると少し学校生活を送る刀也先輩を見たい気持ちも燻り出す。刀也先輩は3年生で私が1年生。必修が3、4限で選択がそれ以外に入ってくるスケジュールが同じだからどこかでは被るだろうと思っていたけど、存外理学部と教育学部では生活が違うらしい。



「あ、私飲み物買ってから行くから先行ってて」
「そう?私らついていくけど」
「コンビニ並んでたらわんちゃん遅刻するかもだし、出席だけお願い〜」
「うわ、ナマエのそういうとこ意外だよほんと!」「荷物持って行ってあげる、急ぎなー」
「あはは、ありがとう」
学部内でも大所帯なグループに属しているから、移動の時ぞろぞろと塊になって歩くことが多い。話題が飛ぶように変わって色々なジャンルの話を聞く。とても楽しくて、私はこういうのが好きだと思うのと同時に、たまにひとりになりたくなる。選択授業、ひとつくらい自由に他学科のやつ取ってみればよかったかな…。
学内にふたつあるコンビニは裏手が空いている。なぜなら裏手すぎてどこの棟からも遠いから。水やお茶が並ぶウォークから綾鷹を2本手に取る。今日は5限が終わり次第本社で案件の収録があるから買い溜めだ。ついでに何かつまめるお菓子も買ってしまおうか…。スナックの並ぶコーナーへ移動して、一通りに目を通す。うーん…アルフォートかラムネ。と、後ろからスッと手が伸び、私の前に陳列していたポッキーを誰かが手に取った。
「あ、すみません邪魔でし、た…とうや先輩だ」
「気づくの遅くない?剣持刀也ですよー」
可笑しそうに笑ったのは、刀也先輩だった。いや、確かにいつか学内であってみたかったけど、想像していたのは授業の移動時間とかにすれ違う、とか食堂で顔を合わせる、とか。コンビニで真剣にお菓子を選んでるところで、なんて想像しなかった。
「お茶2本にアルフォートとラムネ?なに木白ナマエさんは入学早々パシリにされてるんだ?」
「うーわ悪意ある〜私がパシリされるように見えますか!収録用に買い溜めですよ!いまラムネに決めました」
「あはは、どっちも買えばいいのに!僕も収録用」
刀也先輩がポッキーと炭酸飲料を持ち上げてみせる。「…ねえ刀也先輩」「ん?どうしたの」その手に握られているのは紛れもない、お財布。そりゃそうだ買い物をするんだから。しかし私は先ほど友人に預けた。なにを?お財布が入ったトートバッグを。
「ここってコンビニですよね」
「コンビニ…まぁ大学運営のね」
「もしかして、大学運営のコンビニは電子マネーが…」
「つかえーー…ないね」
すこし首を伸ばしてレジ横の表記を確認したらしい刀也先輩がにたにたと意地の悪い笑みを浮かべている。あぁほんとうに嫌だ。この人の前でドジを踏むと必ずあと2週間は擦られる。なんでそんなにガキなんだろう?いや私だって刀也先輩がお財布忘れてコンビニ来てたら1ヶ月はネタにするけど。
「お財布持たずにお買い物ですか?ナマエチャン」
「電子マネーで買おうと…」
「使えない金は金じゃねぇんだよばあか!」
「なんなんですか煽り方悪魔か!!ガキか!!」
けらけら声をあげる刀也先輩はひとしきり私をからかったあとで息を落ち着けるように息を吐いた。「仕方ないな、貸して」ひょい、とお茶2本とラムネが奪われる。あ、と思う間に刀也先輩はレジにそれらを出してしまって、わたしがそのあとを追いかける間に千円札でお会計を済ませてしまった。ちゃりちゃりとお釣りが降りてきた音がする。
「…いいんですか?」
「まぁこのくらい」
「んふふ、ありがとうございます」
見上げればなんとも形容しがたい、照れたような素っ気ないようなそれでいて呆れたような表情の刀也先輩がいて、思わず笑みがもれる。なんだかんだでこの人は甘い。
「今度プリンでも差し入れますね」
「あ?なんだ売られた喧嘩は買う主義だけど僕」
「えぇ?私はただ私がプリンが好きだから私の好きなものを刀也先輩にも食べて欲しいなぁーって思っただけですよ?けんかなんてそんな!」
「あーあーあーよく回る口だな」
「刀也先輩には負けますけど」

コンビニを出てひとつ目の角に差し掛かったところで、刀也先輩が立ち止まる。
「僕5限ないけどナマエあるよね」
「え、よく知ってますね」
「前言ってたじゃん木曜だけ5限取ったって」
たしかに、言ったような気もすれば言ってないような気もする。つまり覚えていないのだ。刀也先輩は記憶力がやたらいいらしくて、時たまこういうことがおこる。私すら言ったことを忘れているのに刀也先輩が覚えている。私は、私が忘れていると分かった時、刀也先輩が浮かべる呆れた顔が存外好きだ。なんだか刀也先輩らしい気がするので。
「食堂で待ってるから一緒に行かない?」
「えっ」
「あれ、無理そう?」
「いえ、全然、でも、いいんですか?」
きょとんとした顔。いいんですか?ってなにが?とでも言いたげな顔だけ。私は刀也先輩が学内では私と会わないようにしているのだと思っていたけど、これは、もしかしたら本当に偶然会わなかっただけ…かもしれない。
「いや、なんでもないです。5限終わったらすぐ食堂いきますね!」
「ゆっくりでいいよ怪我されても困るし」
「私急いだからって怪我するタイプじゃないですよ〜」
「ま、とりあえずあとで会おう」
また、と手を振ってお互いに背中を向ける。しばらく歩いたあと一度振り返ってみたけど、刀也先輩はすでに曲がり角を曲がったようでその姿は確認できなかった。


「あ、ナマエきた!ギリギリじゃん」
「あと1分だ!せーふせーふ!荷物ありがとうー!」
「お茶2本て!どんだけ飲む気よ」
「んはは一気飲みしようか」


「ただいまリュック見ててくれてありがとう」
「やっと帰ってきたじゃん、ついでにトイレでもいってた?」
「いや…まぁそういうことにしといて」
「なにそれ」
「んはは、僕もうここ離れないから帰っていいよ」
「うっわ性格終わってるわおまえ」



topへ | お話一覧へ