控えめな凹凸のついた板を爪先に滑らせる。しゅり、と小さな摩擦音が聞こえて爪先が少し丸くなる。端から始めて真ん中が綺麗な曲線を描くように。しゅりしゅり、と絶え間なく。そうやって親指から小指まで一本ずつ丁寧に整えていく。右手が終わったら左手って、順番に。「……ねぇ、そんなに見ないでよ」並んで座ったソファは2人掛けで、定員いっぱいだから肩が触れるのも私の指先を見つめる刀也くんの視線を感じるのもそりゃそうなんだけど、していることがしていることだから当たり前よりもちょっとの気恥ずかしさが勝ってしまって弱い力で刀也くんの肩を肩で押した。
「僕が何しようが僕の自由だよ」
「私に影響があるので刀也くんに自由はありません、ざんねん」
「ま、それもそう」
終わったら教えて。って言ったきりスマホに視線を移した刀也くん。相変わらず肩は触れ合っているし刀也くんの小さな身じろぎひとつも全部余すことなく伝わってくる。みられてる、つまり刀也くんの意識が私に向いているという事実がなくなってしまった分、それらを感じてそのひとつ一つに意識が向いてしまう自分が、これからすることとそれらを1人勝手に結びつけてしまっているようでさっきよりもますます居所が悪くなった。けど手が止まれば止まるほどこの時間だって長く続くのだ。早く終わらせてしまえ。より一層意識を指先に集中させる。
「ん、終わった?」
左手の小指までを全て整え終わってやすりをローテーブルに置いた時、私が声をかけるよりワンテンポ早く刀也くんが顔を上げた。「うん」「貸して」あっという間に手放されたスマホの代わりに私の手が刀也くんの手に収まる。
「きれいじゃん」
「ほんとですか?うれし〜」
「ほんとだよ」
視線が舐めるようにして動いて目が合う。薄い涙袋が引き上げられて、その口が弧を描いた。つつっと刀也くんの指先が私の爪の輪郭をなぞって、そのまま手のひらまでやってくる。手首を掴んだ彼はそのまま私を自分に引き寄せて、「夜、楽しみにしてて」背中を駆け上がった痺れに身を引こうとしてももう遅い。脳みそに直接流しこまれるみたいな囁きが耳元で落とされた。
「爪、整えといてよ」
その言葉は刀也くんと私の間で交わされた暗黙の合図なのだ。