月夜に抱かれる腕は細い 2

女性優位。


彼女に腰を抱かれながら自室に入ったサンデーはごくりと生唾を飲み込んだ。扉が閉まる音がやけに大きく響いて、その後の静けさが妙に生々しかった。部屋の空気は昼の熱をまだ孕んでいて、カーテン越しの光が絨毯の上でぼんやりと揺れている。彼女の腕は思ったよりも力強く、けれどその手のひらは驚くほど柔らかかった。
「緊張してるの?」
と、彼女が耳元で囁いた。その声は低くて、けれどどこか甘えるような響きがあった。サンデーはうまく答えられず、ただ首を小さく横に振った。振ったつもりだった。けれど実際には、肩がわずかに強張っただけだったかもしれない。
彼女はそんなサンデーの様子を面白がるように、くすりと笑った。それからゆっくりと腕をほどき、部屋の中を見回した。
「いつも綺麗にしてるね」
本棚に並んだ背表紙を指先でなぞりながら、彼女は言った。その指の動きを、サンデーは黙って目で追っていた。窓際の机の上には、読みかけの本が一冊伏せられたまま置かれている。昨日の夜に読んだままの頁。栞代わりのレシートが、風もないのに微かに震えているように見えた。
「座っていい?」
返事を待たずに彼女はベッドの端に腰を下ろした。スプリングがきしむ音が、やけに長く尾を引いた。サンデーは立ち尽くしたまま、自分の手がどこにあるべきなのか、ふと分からなくなった。ポケットに入れるでもなく、ただぶら下がっている。そんな自分が、少しだけ情けなかった。
「デーさんこっちに来て」
彼女が手招きをする。その仕草があまりに自然で、サンデーはまるで催眠術にでもかかったように、ふらりと足を踏み出した。一歩、また一歩。絨毯の柔らかな感触が、裸足の裏に妙に鮮明に伝わってくる。彼女の隣に座ると、洗いたてのシャツの匂いとどこか甘い香水の残り香が混ざり合って、鼻腔をくすぐった。
「手、冷たいね」
彼女がサンデーの手を包むように握った。その手のひらは、思っていたよりもずっと温かかった。サンデーはうつむいたまま、自分の指が彼女の指の隙間を埋めていくのを、他人事のように感じていた。心臓の音が、うるさいくらいに耳の奥で鳴っている。彼女にも聞こえてしまっているのではないか。そんなことを考えると、余計に身体が硬くなった。
「大丈夫」
彼女はもう一度そう言って、今度はサンデーの肩にそっと頭を預けた。髪が頬に触れて、さらさらと滑る。その重みと温もりが、少しずつ少しずつ、サンデーの強張りを溶かしていくようだった。
「そのままこっちにきて」
彼女の声は、さっきよりも少しだけ掠れていた。サンデーは頷く代わりに、体重を預けるようにしてゆっくりと身体を横たえた。枕が沈み、シーツの冷たさが背中に触れる。天井の照明がぼやけた輪を作り、その端で彼女の髪が静かに揺れていた。
彼女はサンデーの胸に手を置き、そのまま顔を近づけた。額と額が触れ合う距離。まつげの先がかすかに重なりそうで、サンデーは息を止めた。彼女の吐息が唇のすぐそばを通り過ぎ、頬を撫でていく。まるで潮の満ち引きのように、互いの呼吸が少しずつ同じ速さになっていく。
「目、開けて」
サンデーが薄くまぶたを持ち上げると、彼女の瞳がすぐそこにあった。黒い虹彩の奥に、自分の姿が小さく映っている。その像が瞬きのたびに揺れて、消えそうになってまた現れる。彼女はそんなサンデーの視線を受け止めながら、まるで秘密を打ち明けるみたいに小さく笑った。
「逃げなくていいよ」
サンデーは何か言おうとしてけれど言葉が喉の奥で形を変えてしまい、ただ彼女の名前を呼んだ。名前を呼ばれた彼女は、返事の代わりにサンデーの手を自分の背中へと回した。細い肩甲骨の線が指先に触れ、その温かさが手のひらから腕へ、胸へと伝わっていく。部屋の外では遠く、車の通る音が一度だけ聞こえて、それきり世界はこの部屋の大きさにまで縮んでしまったようだった。
彼女がそっと唇を寄せた。触れるか触れないかの、ほとんど気配のような口づけ。サンデーは目を閉じた。閉じた闇の中で、彼女の存在だけがやけに鮮明で、鼓動も呼吸も、服の擦れる音さえも全部がゆっくりと混ざり合っていく。時間が止まるというのは、きっとこういうことを言うのだろうと、サンデーはぼんやり思った。
やがて彼女が少しだけ身体を離し、サンデーの耳元で囁いた。
「デーさんを抱いて寝るって言ったの、本気だからね」
その一言が、部屋の静けさに染み込んでいく。サンデーは返事の代わりに、彼女の背中に回した腕にほんの少しだけ力を込めた。
強ばったままの体をぎゅっと彼女に押し付ける。すると彼女の柔らかな胸が平らな自分のそこにやんわりと当たる。見慣れた服装の彼女が見慣れない距離にいることにもう何度目か分からないが胸が大きな音を立てた。呼吸が浅くなって、その吐息が彼女に当たるのも気つけないほど彼女の一挙手一投足に神経を尖らせていた。一体どこに触られるのか。期待と緊張でどんとん体は自由を失う。
彼女はそんなサンデーの硬さを、咎めるでもなくただ受け止めるように身じろぎした。背中に回された腕が、細い指の先で肩甲骨のあたりをゆっくりと撫でる。そのたびに、強張っていた筋肉がひとつずつほどけていく。まるで氷の表面に陽が当たったように、内側からじわりと溶けていく。けれど心臓だけは逆に速さを増して、彼女の胸に自分の鼓動が届いてしまいそうで、サンデーはまた息を呑んだ。
「ドキドキしてるね」
と彼女が囁く。その声は耳のすぐそばで、くすぐったいほどに柔らかい。サンデーは何も言えず、ただ首を竦める。彼女はそんな反応を面白がるように、今度はサンデーの頬に手を添えた。指先が顎の線をなぞり、唇の端で止まる。その一連の動きが、まるで頁をめくるようにゆっくりで、サンデーは自分がどこまで許されているのか、わからなくなる。
「あなたも、でしょう」
サンデーはようやくそれだけを絞り出した。掠れた声だった。彼女は少し目を見開き、それから泣きそうな顔で笑った。
「そうなの、サンデーとこうする時はいつも緊張してる」
と彼女は言い、サンデーの胸に頬を寄せた。耳を当てて、その鼓動を確かめるように。サンデーは彼女の髪にそっと顎を乗せた。洗いたての匂いがして、その奥に昼の光と汗の残り香が混ざっている。生々しいのに、なぜかとても優しい匂いだった。
窓の外で風が木の葉を揺らす。カーテンがふわりと膨らみ、また静かに戻る。その繰り返しを眺めながら、サンデーは彼女の体温を胸の真ん中で感じていた。強張りはまだ全部は消えない。けれど、その硬さごと抱きしめられているような気がして、サンデーはゆっくりと息を吐いた。吐息が彼女の髪を微かに揺らし、彼女がくすぐったそうに肩をすくめる。その小さな動きさえ、今は愛おしかった。
彼女が顔を上げ、少しだけ身体をずらす。距離が開くようで、サンデーは無意識に彼女の袖を掴んでいた。自分でも驚くほど弱い力だったのに、彼女はそれだけで動きを止めた。
「離さないで」
サンデーの口から、また掠れた言葉が零れる。彼女は答えず、ただもう一度今度はさっきよりも長く唇を重ねた。部屋の時計が秒を刻む音だけが、遠くで聞こえていた。
「んっ……。ん、ぅ、ふう……。はっ、あっ」
「かわいいね、サンデー」
しっとり濡れた唇が合わさり、隙間からにゅるりと侵入してくる舌にサンデーの口内は蹂躙される。大人しく受けいれて、隙を見ては息を短く吐く。酸素が薄くなっていくのと比例して、腰がずくりと重くなる。下半身に集まりつつある熱はもうごまかせない硬さをもって彼女が醸し出す空気に存在を委ねていた。
彼女の舌がサンデーの口腔内をゆっくりと這い回る。歯列をなぞり、上顎をくすぐり逃げようとするサンデーの舌を絡め取っては離し、また追いかける。その執拗なまでの愛撫に、サンデーは抵抗の術を持たなかった。ただ彼女の首に腕を回し、されるがままに身を委ねる。唾液が混ざり合う音が、静かな部屋の中では妙に大きく響いて、それがまたサンデーの羞恥を煽った。
「ん……ぅ、ふ……っ」
息継ぎの合間に漏れる声は自分のものとは思えないほど甘く掠れていた。彼女が少しだけ唇を離すと、二人の間に透明な糸が一本名残惜しそうに架かる。その糸が切れるのを見届ける間もなく、彼女はサンデーの首筋に唇を落とした。鎖骨のくぼみに舌を埋め、耳の裏で歯を立てる。ぞくりと背筋を駆け上がる感触に、サンデーの腰がひとりでに浮いた。
「……っ、あ」
「デーさん、声我慢しなくていいよ。いっぱい聞きたいな」
彼女の囁きが耳孔に流れ込む。その瞬間、サンデーの下腹部で熱が弾けた。彼女の手がシャツの裾から滑り込み、脇腹を撫で上げる。冷たい指先と熱を持った肌のコントラストに、身体が大きく震えた。腹筋が反射的に収縮し、彼女の手を拒むでもなく迎え入れる。指は肋骨の一本一本を数えるように上へと昇り、胸の膨らみの手前で止まった。そこで焦らすように円を描く。
「ここ、触ってほしい?」
答えられない。答えればこの熱がもっと露わになる気がした。サンデーは首を横に振るでもなく、ただ彼女の肩口に額を押し付けて呼吸を整えようとした。けれど彼女は許さなかった。もう片方の手がサンデーのベルトに触れ、留め具を探る。金属がかちゃりと鳴る音が、部屋の静寂を裂いた。
「……だめ、かな」
今度はサンデーが囁く番だった。掠れた声で、けれど目は彼女をまっすぐ見ていた。彼女はその視線を受け止め、少しだけ笑みを深くする。
「だめじゃないよ」
ゆるいパジャマの隙間にそっと手を侵入させる。下着の上から彼女の指が這う。布一枚隔てただけの距離で、サンデーの昂りはもう隠しようがなかった。彼女の手のひらがその形を確かめるようにゆっくりと撫でる。指の腹が先端を掠めるたび、サンデーの腰がびくりと跳ね喉の奥から小さな悲鳴のような息が漏れた。
「反応、正直だね」
「……っ、だって、」
「うん。かわいい」
彼女はそう言ってサンデーの耳朶を甘噛みした。同時に指が下着の中へと潛り込む。直接触れた彼女の手のひらは、思っていたよりずっと温かかった。その温もりに包まれた瞬間、サンデーの全身から力が抜け背中がシーツに沈む。彼女の指がゆっくりと上下に滑り、そのたびに腰が彼女の手を追いかける。自分でも止められない動きだった。恥ずかしさより先に、快感が勝っていた。
「は……っ、ぁ、そこ、」
「ここ?」
「……っ、ん」
彼女の指が根元から先端へ一定のリズムで往復する。親指が先端のくぼみを押しつぶすように刺激すると、サンデーの視界が白く滲んだ。天井の照明がにじみ、彼女の輪郭がぼやける。汗が額に浮かび、それがこめかみを伝って耳の裏へと流れていく。彼女はその汗を舌で舐め取りながら、手の動きを少しずつ速めていった。
「い……っ、あ、だめ、それ」
「だめ?」
「……いえ、いいえ、……でも」
「じゃあ、何?」
彼女の問いかけに答えようとして、けれど言葉は喉の奥で渋滞を起こし、ただ甘い喘ぎになって零れていく。サンデーは彼女の背中に爪を立てた。布越しに感じる彼女の筋肉の動き、呼吸の乱れそれすらも快感を増幅させる要素でしかなかった。腰が浮き、内腿が震え何かがせり上がってくる。その瞬間、彼女の手がぴたりと止まった。
「……っ、ぇ」
「まだ」
彼女はそう言ってサンデーのパジャマを捲り上げた。露出した胸元に唇を落とし、頂を舌で転がす。その刺激と下の刺激が同時に襲いかかり、サンデーはシーツを握りしめて身体を仰け反らせた。声にならない声が喉を震わせる。
「あ……っ、あ、あ」
「いいよ……そのまま、出して……」
その一言で、堰き止められていたものが一気に弾けた。背中が弓なりに浮き、爪先がシーツを蹴る。全身の痙攣が収まるまで、彼女は手を止めなかった。余韻の中、サンデーは荒い呼吸を繰り返しながら、ぼんやりと彼女の顔を見上げた。彼女は自分の手を見つめ、指先に纏わりついた透明なそれを、サンデーの目の前でゆっくりと舐めた。
「……っ、」
「デーさんの味」
サンデーは顔を覆いたくなったが、腕を上げる力も残っていなかった。ただ彼女のしていることを、涙の滲んだ目で見ていることしかできなかった。彼女はそんなサンデーの額にキスを落とし、それから耳元で今度はもっと低い声で囁いた。
「まだ終わりじゃないよ」