◇意識の裏

「白石は何でも一人で抱え込むから心配や」



二年の時に部長になって、ずっと一人で空回りして、悩んでいた時に言われた言葉。

その時は誰のせいやねんとか、そう思うなら協力してやとか、そんなこと思っていた。ふとこのテニス部はこのままで良いんやって気がついたとき、あの台詞を思い出した。あの時気がついてないのは俺だけやったんやって落ち込むと同時に、ムードメーカーで観察力もそこそこ良いのにそう見せない彼を妬ましくも思った。自分にはないものを持っている彼を羨ましく思った。

そんな彼、忍足謙也とは三年になり同じクラスになった。
元々目立つ彼なのでよく目に入る上に何かと「白石」と笑顔で寄ってくる。それに素直に答えることができない自分も嫌で、なるべく関わりたくないのが正直なところだ。

そんなある日。

「白石、話あんねんけど」

部活も終わり片付けていると、いつもとは違う真面目な雰囲気で声をかけられた。また、何か言われるんやろか、心に黒いもやがかかりかける。

「おん、ほな帰りどっか寄ろうか」

それでも断ることのできない俺は自分を恨めしく思う。いや、そもそも何か自分にとってマイナスな事を言われることが前提で考えるのは、相手にとって失礼なのかもしれない。ただそう思ってしまうほどに、彼の存在が厄介でいた。

まだ中学生ということもあって来たのはよくあるファストフード店。晩御飯も食べれる程度にポテトを摘まみながらジュースを飲もうと決め、席をとる。それまでなんてことない日常の会話をしていたのだが席に座り少し雑談してから、また真面目な顔になった。こういう雰囲気は好きじゃない。

「あんな、白石」
「おん」
「勘違いやったらごめんやねんけど、白石って俺のこと苦手やろ?」

この時思い出した。そうだ、彼は思いの外するどいんだった。勘違いやったらって言ってるけど、確信がなければこんなこと言うわけがない。

「その、なんでなんかなー、と思って」

困ったように笑う彼に、苦手なんだと肯定するかさえ迷っていると「誰にでも苦手とかあるからそこは気にせんでええねん。ただ仲良くなりたくて」と慌てて言われて、確信があったことがわかり何故バレたのか気になった。

こんなこと聞くまでに色々悩んだやろうし、その思いを無下にしてしまうのはどうかと素直に答えることにした。

「…謙也が羨ましくて、一緒にいると自分が嫌になるだけで、その、ごめん」

惨めだ。こんな自分の弱味をコンプレックスをさらさなければならないなんて、惨めだ。自分でもわかるくらいに顔が歪んでいる。謙也を見ることができない。どう、思われただろうか。

「………そっか」

聞こえてきたのは想像していたよりも明るい声だった。ここで謙也を見ると笑顔だった。

「なんや俺のこと嫌いやったらどうしよう思ったわ!」

嫌い、なんて。さっきまでの嫌な雰囲気からがらっと明るいものに変わった。これが彼のもつ力だ。

「俺な、白石が努力家で協調性あって好きなこともたくさんあっておもろいとこが大好きやねん、やからずっと仲良くなりたいって思っててん!」


ずっと頑張ってきた。それでもどこか独りよがりで迷惑かけてて、部長なんてむいてないしみんなが思っているより完璧じゃないことがみんなを落胆させてしまうのではと、どこか恐れていた。でもそんな俺を好きだと言ってくれる。そんな人がいることに驚いた。


「でな、そんな白石を見てるうちにどんどん好きになって、最近気づいたんやけどさ、白石ってモテるやん?」

「え、と。いきなり話変わったな。モテるかどうかわからんけど」

まあ告白はされてる方だとは思う。が、本当なんの話になったのかついていけない。

「俺、他の人と仲良くしてる白石見るのん嫌やわ」

「え……」



「白石が好きや」



どういう意味で、どういうつもりで。答えにつまっていると彼は続けた。

「俺のこと嫌いやないなら、今好きな人おらんなら、とりあえずで良いから付き合ってくれへんかな」

もちろん恋人って意味やからな、冗談でこないなこと言えへんからな!
早口で本気なんだと伝えてくる。確かに嫌いでもなければ好きな人もいない。


「白石がさ、羨ましいって言うた俺のキャラ。俺と付き合うことで手に入ると思わん?」


その言葉に笑ってしまった。なるほど。そういう考え方もあるのか。


「ほんまやな。ほな、これからよろしく頼むわ」

笑いすぎて涙がでる。ぬぐいながら言うと、言い出したのは自分やのに豆鉄砲をくらったような顔をして、へにゃへにゃと赤い顔を緩め笑顔になるそれは、まるで一人百面相だ。自分でも軽すぎたか、そう思うがこれ以外の言葉しかでてこなかったのだ。


「良かった〜フラれたらもう生きていけん思った」

「大袈裟やな」

「いやほんまに!正直OKもらえん率のが高いやん」

「ははっ!俺なんで今まで苦手意識あったんやろ。なんか今全部ふきとんだわ」

「それはなによりで…」


笑いあって店を出ると肌寒い風が二人を通りすぎた。少しの沈黙がまだ離れたくないことを意味しているのがわかったから、謙也の手をひいた。