最近様子がおかしくないか、好きな人でもできたんか。
その台詞にその場にいた全員が彼らに注目した。朝の部活動が終わり、授業を受けるために着替えていた時だった。
「なっ、なんやねん急に!」
「別に聞いたまんまっすわ」
聞かれた謙也は明らかに動揺していて、もうそれが答えだとわかる。そうなると次に気になるのは相手が誰かってことで財前はすかさず攻めにはいった。
「で、誰なんすか?」
「そんなことより、もうチャイムなるで!」
そう言うと同時に部室を一番で出た。さすがはスピードスター。
「きっと謙也きゅんが好きになる子って健気で可愛いんやろね〜」
「小春よりも可愛い奴なんておらんで!」
ラブルスが何か言うてるのも耳に入ってこないくらいに俺は動揺していた。そんなこともわかるわけがない財前が知ってるでしょと言わんばかりに聞いてきた。
「部長謙也さんと同じクラスやないっすか、らしい人おらんのですか?」
「いや、謙也ってみんな同じように接するし・・・」
「なんやおもんないっすわー」
せっかくからかったろう思ったのに、と続ける彼に同意するみんな。
おもんないのは俺の方や。
好きな人がおるなんて知らんかった、気がつかんかった。謙也に一番近いのは自分やと思ってたのに、おもんないおもんないおもんない!
一気に機嫌が悪くなった俺は、誰にも気付かれないように平静を装って部室を後にする。
部長でなければすぐに謙也の後を追いかけたのに、鍵をかけなければならないのでそうもいかず「みんなも喋ってへんとはよう出えや」と声をかけた。
教室に入ると謙也は怠そうに座っていた。自分はその後ろの席のため荷物を机に置くとそのまま話かけた。
「さっきはビックリしたで」
いきなり声をかけたからか内容のせいか一瞬小さく肩をビクッと動かすと、ゆっくりこちらに顔をむける。
「俺の方が驚いたっちゅー話や」
その顔はなんとも不服そうであった。
「 俺同じクラスやのに全然気づけへんかったわ」
「わからんでええの!」
教えてくれようとしない彼に少し苛立ち「応援したるやん、誰か教えてくれへんの?」と思ってもない事を口にした。聞きたいけど聞きたくない。それになにより応援なんてしてやるものか。
でも、もし仮に謙也に好きな人がいないとして、じゃあ俺が「お前が好きやねん付き合ってくれ」と告白したところで「ええよ」とは返してくれないだろう。別の意味で捉えてええよと答えてくれる可能性はかなり高いが、どのみち俺は失恋確定だと考えるほどに虚しくなってくる。
普段温厚な彼も少しイラついているらしく「誰にも教えへんわ」と言い放った。そこまで言われると、聞きたくなってしまうのが不思議なものでこっちもつい意地になってしまう。
「ほな付き合ったら教えてくれるん」
謙也の場合聞かないでもそうなれば自分から言いだしそうだとも思うけれども。
「・・・付き合うことはないわ」
しかし返ってきた言葉は予想外なもので表情もかなり暗くなった。
なんでなん、そう聞きたかったがここでチャイムが鳴ってしまい話はここで終わった。その日は一日意識して観察していたもののそれっぽい人はやはりいなくて、もしかしたら学年が違うかそもそも他校かもしれないと思った。
放課後、部活の時間になり準備運動していたら財前が来て「どうでしたか」って聞いてきたものだから素直に「やっぱりわからん、同じクラスではなさそうやな」と返す。すると朝と同様つまらなさそうに「ふーん」と謙也の方に近づいていく。
「謙也さんの好きな人ってどんな人なんすか」
前屈をしながら無視していたところに他のレギュラー達も集まって、いつのまにかテニスではなく恋愛井戸端会議に。部長としては止めに入らないといけないところなのだが、まだ自主練の時間というのと全員が集まっていないのと、なにより自分も気になって仕方がないので遠目で様子を伺う。
はじめは絶対に言わへんと頑なになっていた謙也も、周りから集中攻撃を受ける事によって段々と弱気になりついには返事をし始めた。
「で、で?どんな人なん」
たぶんよくわかっていないだろう金ちゃんが財前の真似をして聞いている。
「みんなに優しくて、真面目な人・・・」
それにしぶしぶ答えた謙也に小春が「やっぱり〜謙也きゅんはそういう人がお似合いよねえ!」と楽しそうだ。しかし財前はやはりおもしろくなさそうに「そんな人どれだけおると思ってんすか、誰か言うてくださいよ」と確信にせまっていく。
「それは絶対に言われへん!でもあいつと同じ人なんてそうそうおらん!」
そう強く言い切った謙也に本気なんだと悟ったみんなは茶化すムードはやめた。
「ほんまにその人のこと好きやねんな」
小石川が優しく言うとゆっくりと頷く。
俺はつい意地悪をしたくなって「でも付き合うことはないんやろ?」と口を出してしまう。それに小春が「あら、なんでなの?」と心配そうに問う。
「俺じゃ、あかんねん。無理な相手やねん」
苦しそうに顔を歪める謙也に「まあ無理でしょうね」とあっさり言ってのける財前。そして「無理だって思ってるうちはなんだって無理っすよ。本気なら悪あがきでもなんでもするでしょ」なんて挑発をする。
その台詞はまるで俺に言っているのかと思った。
いつも元気な奴としか思っていなかったのに、さりげない優しさとか真っ直ぐな感情を持ち合わせているところとこ、意外と男前な一面も持ち合わせていて、本当に良い友達でそれが親友になって同じクラスになってからは好きになるのに時間はかからなかった。好きだと自覚したのは二年になって同じクラスになって少したってからだ。
新入生である一年の女の子達が忍足先輩かっこいいだの付き合いたいだの告白するだのそんな恋愛トークしているのを聞いた時。俺以上にあいつの良さがわかる奴がいてたまるか、とられてたまるか、そんな感情が湧き上がって自分でも驚いた。その感情はただの親友をとられたくないというものだと思っていた。でも女の子と楽しそうに話している姿や照れている姿を見るとモヤモヤして女の子に嫉妬して、ああ自分は謙也が好きなんだ、と気がついた。それはすごくしっくりきてすとんと素直に受け入れることができたのだ。
でもだからといって告白なんてするつもりもなかったけど、かと言って誰かと付き合うなんて耐えられない。まさかあの奥手でヘタレで可愛い阿保の謙也が恋するなんて思っていなかったのだ。どこかで謙也はずっと自分の側にいると思っていた。
もし気持ちを伝えたら関係が壊れるのは目に見えてわかっているし、もしかしたら部活にも影響が及ぶかもしれない。でもこのまま黙って誰かにとられるくらいなら、誰かを想い続ける謙也の側にいるくらいなら・・・。
俺は財前のいう「悪あがき」をしようと決意した。
「まあ、ぼちぼち部活はじめよか」
その言葉にほっとした様子を見せる謙也と「ここからやのに」と野次馬心を捨てきれないメンバー。それぞれコート入りやと名前とコートを読み上げるとみんな「まー終わってから続き聞こうや」とわいわいしながらラケットを手に持ち準備にはいっていく。謙也はすでにコートに入っておりすれ違いざまに「話があるから一緒に帰ろう」と声をかけた。返事はなかったが俺を見て頷いたのでYESだと捉える。
部活が終わってからは解放されたようやく話ができると部室でみんながたむろっていた。
帰るに帰れない謙也に、それを待つ俺。
「同い年なん?」
「・・・・」
「同じ学校なん?」
「・・・おん」
「よーしゃべるん?」
「仲は、良い」
「相手は好きな人か付き合うてる人がいてんのん?」
「それは、わからん」
「髪は長い?」
「どっちかというとそうかも」
この問答を聞かされてなんのイジメやとイライラしてくる。一緒に帰ろうと言った手前待っている俺に助けを求めているのかなんなのかわからないが、時折チラチラ見てくるのも俺からしたら可愛いだけであって、なるべく目を合わせないように下をむいておく。
「好きになったキッカケは?」
その質問に全員「それなー!聞きたい聞きたい」とくいつく。
「最初は仲の良い友達やって、でも、むけられる視線とか優しいとことか何でも真面目に取り組むとことか、俺にはないものいっぱい持ってて、頑張ってる姿見てたら俺が側にいて支えてやりたいとか思うようになって、あと俺だけ特別に見てほしいとか妬いたりして・・・それを従兄弟に話したら好きってことなんやってわかって・・・やからキッカケとかはなくて、ほんまただたんに好きというか・・・」
どう言えば良いかわからない、と話す謙也に俺を含めた全員が黙って耳を傾けていた。
すると唐突に「す・て・き・・・!!!これこそ愛よ!LOVEよ!」小春にスイッチが入り、「俺じゃあかんとか言わんとって!謙也きゅんは充分素敵な人やねんから!そこまで想われるなんて相手は幸せやわ〜私もそんな風に愛された〜い!」と自分で自分を抱きしめ出す。そこに「俺がおるやん」とユウジが近づくが「あんたはええねん」と突きはされていた。
ここでようやく解散になり途中から謙也と二人になる。
どうやって切り出そうか何て告白をしようか悩んでいると「話って、なんなん?俺の好きな人に関してはもう何も言う気ないで」と言われる。
「いや、謙也やなくて、俺の好きな人の話、聞いてほしくて」
驚いた表情でこちらを見てきて「なんや、お前もおったんか」とまた前をむいた。
「俺の好きな人はな、明るくて元気で誰にでも優しくて自分の事よりも人のことを考えるような人やねん」
「おん」
「でもその人には好きな人がおってさ」
「え?」
俺の様子を伺うようにこちらを見てくるので苦笑で返す。
「いや、でも、ほら、白石モテるしその人の好きな人が白石かもしらんし」
少し慌てたようにフォローしようとしてくれる。
「それはないな」
「なんで、なん?」
「その人な、男やねん」
きっとこの時点で引かれるだろう。
友達をやめられるかもしれない。
それでも伝えたい。
「おと、こ・・・」
「おん、ほんでな、その人は今俺の隣にいてるねん」
今この道を歩いているのは俺と謙也の二人だけで、どう考えてもその人というのは謙也以外にありえない。
それを理解するのに時間はかかるはずがない。
謙也の足が止まる、きっと理解して混乱しているのだろう。
俺は二、三歩先から振り返り「ごめんな」と謝った。
それに対して「なんで、謝るん?」と聞かれたので「好きになって、ごめん。男から、しかも友達や思ってた人に告白されるなんて良い気せんやろ。引いたよな」でもこれから友達でいてくれ、なんて都合の良い事は言わなかった。何かを考えているのかそれに対して何も言わず俯いている。こいつの事やから俺を傷つけないような言葉を選んでるんやろな、それがわかるからこちらからも何かを言うわけでもなく相手の出方を待った。
やっと顔を上げたかと思ったらずんずんとこちらへ向かってきて近すぎるやろってくらいの距離まで来た。
「俺の好きな人はな、真面目やから色々考えすぎてまうねん」
なんでこの状態でお前の好きな人の話を聞かないとあかんねやとため息をつく。
「でも俺って白石と違ってあんま物考えて動くとかできへんしアホやし」
そこまで言ったところで思わず「うん、ほんまにアホやな、悪いけど今謙也の好きな人の話なんて聞きたないわ」と遮るが、良いから聞いてやと大声を出すので続けろと目で訴える。
「俺、まさか男好きになるなんて思ってなかったし、ましてや両想いになれるなんて思ってなかった」
そして一呼吸おくと満面の笑顔でこう言ってのけた。
「俺も白石が好きや!やから、ごめんなんて言わんといて」