◇次のステップ

付き合い始めて一ヶ月。
これといって恋人らしいことはしてこなかった。目を合わせるのも少し手が触れるのも、過敏に反応されるとどうも気が引けてしまう。

付き合えるようになるまでもどれだけ苦労したか・・・。だから今の状況はとても贅沢なんやと思う。でも一度手に入るとそれ以上を求めてしまうのは、人として男といて当然なんやと思うのは俺だけなのだろうか。手を握りたい抱きしめたいキスをしたい押し倒したい。これは健全な気持ちだと思っている。


今日だって。「謙也、途中まで一緒に帰ろうや」と誘うと顔を赤くしてきょどって「お、おん」としか言わない上に目も合わせてくれない。

どんだけうぶやねん。
どんだけヘタレやねん。

そうヤジが飛ぶのも仕方ないと思う。謙也は付き合っているのは内緒にしたかったみたいだが、俺はレギュラーのみんなには話していた。それが余計に非積極的にさせているんだと思う。

俺の目標は手を繋いで歩いてキスをして抱きしめること。

やから次の休みの日に実行しようと決めた。

「謙也、日曜日あいてるか?」
「おん、暇やでー」
「ほなうちおいでや」
「ええよ!久しぶりにエクスタちゃんに会えるなあ」

こういう警戒心のないところは謙也の良いところであって心配であるところだ。

「謙也、俺以外に誘われてもほいほいついて行きなや」

そう言うとなんでやと言わんばかりにぽかんとしていた。


とにかく次の日曜日にかけることにした。



当日浮き足立っていると姉と妹から「彼女呼ぶのはかめへんけど変な事しなや」「うちら出かけるから2人きりになっても手出ししたらあかんで、まだ中学生やねんから」と小言を言われる。姉はまだしも妹にそんな事を言われるだなんて。

そんなに必死な様子やったやろうか、気合入れすぎていたのかもしれない。二人の忠告に謙也を警戒させないように平静を装った。家からみんなそれぞれ用事があると出かけたので、やはりチャンスは今日しかないとこっそり意気込む。

部屋は綺麗にしたしベッドはファブリーズしたし念のためにお風呂も入って歯磨きもして準備はできた。はず。ネットで知識もそれなりにいれたしあとはそういう雰囲気にもっていくだけ。

柄にもなく緊張してきて家の中をそわそわ歩き回っていると玄関からインターホンが鳴る。
慌てて「はい」と出ると「忍足です」と聞こえたので急いで玄関を開ける。

「今日誰もいてへんねん、やから気にせんと適当に寛いでや」
「なんや手土産持ってきたのに」
「そんなん気にせんで良いのに律儀やなあ」

あらかじめ用意していた飲み物とコップとお菓子をそれぞれ持って部屋へ向かう。その時に暇を持て余していたエクスタも一緒に入ってきた。

もちろん謙也は「おう、久しぶりやな〜」とエクスタに構うわけで俺はおもしろくない。
せっかくのチャンスやのに。しかし急にがっつくわけにもいかないので2人きりが落ち着くまで待つ。

ここで用意していたのは恋愛ものの映画でベタかもしれないが、これを観てそのまま良い雰囲気にもっていく作戦だ。しかし借りた映画が悪く全然おもしろくなかった。途中で「おもんないな」とお互いに言ってしまうくらいに。

さてじゃあ今からどうしようかと考えていたら謙也がじっとこちらを見ているのに気がついた。

「ん?どないしたん?」

そう聞けば慌てて「なんもない!」と答えるだけだ。
よく見ればほんのり頬は赤くて目も少し潤んでいる。

「謙也、もしかして体調悪いんか?風邪とちゃうのん?」

そう言っておでこに手を伸ばそうとすると「大丈夫やから!」と逃げられた。当然ショックを受けた俺は「ごめん・・・」としか返せずなんとも言えない雰囲気になる。


でも逆にそわそわしだした謙也に、やっぱりなんか変やと思い「なあ俺なんかした?今日の謙也ちょっとおかしいで」と聞いてみた。すると目線をあちこちにまわした後に顔を赤くして俯いたまま答えてくれた。

「せやかて部屋で2人きりとか照れるというか緊張すんねんもん」

その姿に俺はたまらなく今すぐ抱きしめて押し倒したくなった。でもいきなりがっつく事はしたくないので初めては優しく手をとり「謙也、緊張せんで大丈夫やで」頭を撫でながら落ち着かせた。

謙也が少し落ち着いたなと思ったところでそっと抱きしめてみる。一瞬体を強ばらせたが徐々に力が抜けてされるがままである。抱きしめ返してくれないことからリードするしか頭にはなくて、頭を撫でたり顔を触ったり唇をなぞったりして「っふ」という声が漏れたのについに我慢できなくなりそっとキスをした。ゆっくりと角度をかえつつ相手の唇を堪能する。謙也はというと、どうして良いのかわからないのか体はこわばり息継ぎもうまく出来ていないようだった。少し苦しそうになったところでゆっくりと唇を離す。ぶっちゃけすごく名残惜しい。いつまでもキスをしていたい。そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、すごく恥ずかしそうに上目遣いで俺を見るから先程より濃厚でしつこいキスをした。謙也はされるがままで苦しくなってきたのか俺の背中をぎゅっと握る。そこで完全に俺のスイッチが入った。

「あかん、自分可愛すぎやで」
「は・・・何言うてるん」
「嫌なら言うてな、止められるかわかれへんけど」

それだけ言うと俺は本能のままに口をむさぼりながらシャツの中に手を入れる。それにピクっと反応する謙也に更に興奮して体を撫で回す。「んっ」とか「はあ」とか時折漏れる声は誘っているようにしか思えない。

謙也からもおずおずとではあるがそっと触れてきてくれたので、嬉しくてつい気持ちが高ぶる。そしていよいよ謙也のシャツを脱がそうとボタンに手をかけた時だった。


玄関が開く音がして俺も謙也もビクッと思わず離れる。


そのまま足音がこちらの部屋に近づいてくるので慌ててお互い乱れた服を整える。そしてノックして返事をする前に扉が開かれる。

「ただいま〜彼女が来てるって聞いたから慌てて帰ってきたんやけど・・・お友達やったんやねおやつ買ってきたねん、食べりよ」

部屋のやってきたのは母でそのままキッチンに連れて行かれた。用意されたおやつを持って部屋へ戻ると謙也は正座をして待っていた。

「あー・・・すまんな、ほんまは今日みんな夜に帰ってくるはずやってんけど」
そう声をかけると「いや、なんていうか、やっぱり友達やと思われるんやなってちょっと罪悪感がでるというか」

ああそれで落ち込んでるんか。

「誰がなんと言おうと謙也は俺の大丈夫な恋人やで」

そっと頭を撫でると「俺かてそうや」少し拗ねたように言うのが可愛くて思わず抱きしめ、少し気になっていたことがあったので聞いてみた。

「謙也、もしかして今日少し期待してた?」

それに対して顔をこれまでにないくらい真っ赤にしたのを見て、なんや次に進みたいと思ってたんは俺だけやなかったんかと安心した。

「これからゆっくり俺らのペースですすんでいこうな」

「よろしくお願いします」


俺らが一つになるのはそう遠くないかもしれない。