レモンピールクッキー−Robin−
彼と一緒に住んで3年になる。
途中から自分だけの空間を渇望するようになったあたり、私は可愛げのない女なのだと思う。
それで、このワンルームを借りた。
交通の便がよく、職場と彼の家の中間にあって、家賃も手頃という理由で決めた。
この部屋を借りた時、住人が集うスペースという場所も自由に使えると説明された。
「ご近所さんとお茶したり出来ますよ!住人さんの中にすごく料理上手な人が居ましてね!」という
不動産屋の言葉に反射的に苦手意識を持ったものの、いざ入ってみると思いのほか居心地がよかった。
その居心地を作っているのが、住人のうちの一人だと、何度か通って気が付いた。
マナ、と呼ばれる彼女は、朝も夜もスペースにいる。
いつも何かしているが、決して忙しくは見えない。
ゆったりと作業そのものを楽しみ、慈しむような表情で手を動かして、住人と話し、時にソファでテレビを見ている。
ある日、講義も休みで予定もない午前中、自室からスペースへ向かうと、徐々に強くなる甘い香り。
「あ、おはようロビン!」
「おはようマナ。何の香り?」
「クッキー!ちょうど焼けたところなの。食べてみて?」
彼女が皿に載せて出してきたのは、レモンピールが中央に乗ったクッキー。
「これ、意外とコーヒーに合うよ」
「あら、じゃあ一緒に飲もうかしら?」
「うん!!」
コーヒーを落として、お互いのカップに注ぐ。
クッキーを口に入れると、ふわりと立ち上るレモンの香り、あとからほどけるバターの香り。
「甘すぎなくていいわね」
「コーヒーにはこれくらいがちょうどいいよね」
視線を合わせて微笑みあって、またクッキーをつまむ。
記憶にはあまりない、「家庭」や「愛情」は、もしかしてこういう感じなのかしら、とぼんやり思う。
「ロビンの淹れたコーヒー、おいしい」
「そう?・・・お菓子がおいしいからかしらね」
「ふふ、ありがとう」
クッキーを口に入れる彼女を横目に見ながら、小さな声で。
「−ここに決めてよかったわ」
「え?」
「これ、本当においしいわって言ったの」
- 2 -
*前次#
ページ: