とても短い話


1000文字に満たない話、ネタなどを置いています。
名前変換はありません。

ただの一つもありはしないのだ


相手:オリ張角


砂塵舞い上がる戦場で、一人の男が膝を突いてこちらを見上げている。息荒く肩を上下させ、栗色の長い髪は血と汗とで肌に張り付いて汚れており、その体躯には数え切れぬほどの傷口が生々しく照っている。

「―――やはり……、俺を倒すのはお前か」

血を流しているのに、死をもたらす敵が眼前に立っているのに、張角の眼差しには敵意も殺意もなく、それどころか安堵するように笑ってみせたのだ。

「……昔、思ったことがある。お前のような友が居てくれたら、と。いや、お前が友であればと……」

彼が紡ぐ一つ一つの言葉が見えぬ刃となり、身を切り裂いて心臓の深奥に刺さる。自分らを取り囲む剣戟の音も戦場を揺るがす蛮声も遠くに感じられ、自分の耳は眼下の彼の言葉のみをつぶさに拾う。焼き付けるように、あるいは責め苦として自身に聞かすように。

「お前と最初に出会った時は今でも忘れられん。離れて……くれぬのだ、お前と過ごしたあの日が」

胸を締め上げる万感の思いが、口々に己を責め立てる。罵詈も罰責も甘んじて受け入れよう。どんな飛礫も受け止めよう。この先を行くは、郷里を捨てる際に己に課した責務を果たすが為。人としての性など今を以て捨てよう。

「…………私はお前の友にはなれんよ」

振り絞った声が相手に聞こえたかは定かではない。何せここは戦場。悲鳴も怒声も断末魔も絶えず応酬されている。人ひとりの独白など、掻き消されても不思議ではない。友になどなれようはずもない。自分と彼はあまりに違いすぎるのだから。人の為に確固たる決意で国と対峙した張角。乞われるがまま応じてきた自分。対等であるはずがないのだ、最初から。

「…………そうか」

頷いた彼は寂寥の翳りを帯びて項垂れる。柄を握り締め、振り翳す。男の体は容易く崩れた。鮮血が宙を舞い、声なく地に沈んでいく。彼は笑みを浮かべて目蓋を閉じた。周囲では未だ棟梁が倒れたことに気づかず激戦が繰り広げられている。誰が死のうと目を留めるまで時間がかかる。それならば、と男を腕に抱いた。そのまま駆ける。矢をくぐり、剣をいなし、誰ぞの叫び声すら振り払って、留まることなく脚を進ませた。やってきたのは、遠く離れた人気のない森の奥。動物すらも寄り付かぬ険しい地形にも植物は住み着いており、人ひとりの骸など隠してくれそうだ。とりわけ高い樹木の下生えに彼の骸を潜ませた。青々と茂る草が蒼白い彼の頬を覆い、木漏れ日が彼の顔貌に淡い光を落として、さながら眠っているかのような錯覚を抱かせる。だが、触れてみれば氷のような感触しかなかった。顔を汚れを拭い、そっと離れる。これより先を行くは己の責務の為。人の情などこの地に捨てて行こう。彼と語らった思い出も、一夜の熱も。


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