今日は雨催いで月が隠れた冷たい夜だった。星も見えず、蝋燭の灯火がなければ瞬く間に視界は闇に塗り潰され、いつも見ている自身の手さえ見えなくなるに違いない。

「……ほんと、あなたじゃなかったらとっくに叫んでたわよ。賈充」

動物も寝静まった夜更け。急に物音が湧いたので起きてみれば、招かざる客が室内に立っていた。蝋燭の仄かな灯りに浮かび上がる白い顔貌。血色がまるで抜け落ちたかのような蒼白には、鼻梁や長い睫毛が濃く影を落とし、いつも以上に不気味に見えた。出かかった悲鳴を溜息として吐き出し、元凶を睥睨する。

「刺客であったなら今頃その首は飛んでいるだろうな」

「ちょっと。わざわざ怖がらせに来たの?趣味悪っ」

くつくつと喉を鳴らして笑う賈充に、呆れ返る。彼とは互いが小さい頃より交流があり、見知った仲であった。意地も性格も悪い賈充は、度々私で遊んで一人満足気になる。腹立たしいけど彼に勝てないのも事実なので、現状は連敗続きだ。改めて言葉にすると怒りを思い出しそうになる。深く息をつき、彼に訊ねた。

「で。ほんとうに何の用?私で遊ぶためにこんな時間に来たわけではないでしょう」

「ほう。よく知っているな」

「そりゃ、そうでしょうよ。何年の付き合いだと思ってんの。あなたの腹黒さは誰よりも理解してるから」

「お前に俺の腹の中が読めると言うのか」

「当ててみせましょうか。その気になれば天下など平定できるのにそれをしない子上様をどう説き伏せようか、でしょ」

「……お前の中の俺はどうなっているんだ」

「あら。外れた?」

今度は何故か彼が溜息をつく。なんで私が呆れられているんだろう。むかむかしてきた。

「でもあながち間違いではないでしょ」

「否定はしない」

「ほら」

「だが、俺とて子上以外を考えないわけではない」

「え。そうなの?意外ね」

昔から自分の仕事一筋で、脇目は見ません知りませんみたいな人なのに。子上と出会った時だって、ようやく自分が仕える主を見つけたって喜んでいたくらいだし。元服も迎えていない頃なんか、いくら遊びに誘っても「勉強がある」と言って素気無く断っていたし。よく考えてそんな相手と十何年も交流があるなんて、自分の忍耐強さはもしかしたら三国一かもしれない。

「それで?子上人間の賈充が考えることって何よ」

「お前のことだ」

「…………は?」

「まさかお前がこうも早くに嫁ぎに行くとは思わなかったから言わなかったが、俺は存外お前を好きだったようだ」

それを伝えに来た、と言って髪を掬い、口付けられる。衝撃に固まる私の目に映った賈充は、息を凝らすようにどこか苦しげな顔をしていた。