帰宅したら、そこだけ雨が降りしきったみたいに薄暗くどんよりしていた。また落ち込んでるんだな、とすぐに察した私は牀に腰掛けて項垂れる彼の頭を撫でようと手を伸ばした。

「元直の髪は相変わらず猫っ毛だねえ」

「……どうせ俺は軟弱者だ」

「私は硬い方より柔らかい方が好きかな。痛くないしいつまでも触ってられるし」

「―――ほんとうに?」

ちらりと髪と髪の間から視線が持ち上がる。所在を失ったように揺れる目の奥で、ねっとりして仄暗い情欲を見た。彼は落ち込み性だから、この状態の元直を見るのは数えきれない。

「もちろん。だからしばらく撫でてもいい?」

「きみが嫌でないなら……」

「やったー。ありがと」

元直は自分から要求するのが苦手だ。それは長く付き合った現在でも変わらなくて、特に今のように落ち込んでる時は尚更言い出さない。自分なんかがーとか、私に迷惑かけてしまうーとか、云々。当初こそ「迷惑なんて思わないから言ってくれると嬉しい」と返していたけど、それでも人の気性というのはそうそう変わらないもので。彼の場合は根っこが深くにまで張ってるから殊更。学習した私はあえて「自分がしたいから付き合って」という態度で出ることにした。撫でてほしい、という彼の要望も、私からの要望として先に口にしてしまえば、彼は了承するだけ。私なりに長い時間をかけて考案した回答だ。効果はある、と見ていいだろう。

「―――すまない」

息が抜けるような声で謝罪される。軍師をしている彼のことだ、私の考えなんてとうに見抜いているんだろう。言わないのは私の性格も見抜いているから。

「なにが?私がしたいことしてるだけだよ」

「……きみは、その、俺なんかと居ていいのかい?きみならもっと別の男も選べるだろう。なんで俺なんかと……」

「じゃあ元直は私が他の男と夫婦になっても平気?」

彼の髪を撫でていた手が掴まれる。痛いと言うほどではないけど、したたかに力を込められる意図を察せないほど、鈍くない。髪から覗く目は言外に強い拒否を示していて、冷たさにぞくりと背筋が粟立つ。

「祝福、できないだろうな……。きみに触れる男を殺して、奪い返しに行くかもしれない。……ごめん、自分が言ったくせに自分でこんなこと言うなんて。でもきみを失ったら俺は生きてけないよ。きみあっての俺なんだ、きみが居ない人生なんて……」

薄ら笑みを浮かべる彼は、私を見ているようで見ていないんだろう。自分の世界しか映していないだろうその目に小さく息をついて、強引に顔を持ち上げた。長い前髪が払われ、目を丸くした元直の顔がありありと晒される。

「だったらそんなこと言わないの。こっちは元直と一生を遂げるつもりで嫁いだんだから」

「…………ああ」

長い沈黙の末、小さく首肯する。腰に両腕を回され、腹に顔を埋めるようにして抱き寄せられた。抱き締め返すと、はっきりわかるほど元直の肩が脱力する。思い詰めすぎなんだよ、馬鹿だなあ。よしよしと頭を撫でると、いっそう強く抱き締められる。

「逃がしてあげられなくてすまない。その分大切にすると約束するから、どうか拒まないでほしい」

ずしりと胸が重くなる。どんな言葉を使えば彼を信じさせられるんだろう。