たたた、と軽やかで慌ただしい沓音が近づいてくる。やがてそれは房の前で止まった。足音の主が誰か検討ついていたが、それ故に肩を落とした俺の心境を図れるはずもない人物が顔を出した。

「法正殿!法正殿!」

「……なんです、騒々しい」

入ってきた一人の女は、妙齢にも関わらず慎みのない足取りでこちらに歩み寄ったかと思えば、ずいっと両手を突き上げてみせた。上に向けられた手のひらには、傷だらけの雛が横たわっている。

「成鳥に啄かれていたのを助けたんですが、どうしたらいいんでしょう」

「どうもこうも、あなた次第なのでは?」

「私はこの雛を助けたいです!」

「食い扶持にありつけた成鳥が飢えたとしても?」

ぐっと押し黙った彼女は、しばらくの後に小さく首肯した。

「……それでも助けたいです」

叱られたように項垂れ、掬った雛に目を落としている様に、何故こちらがなんとも言えぬ心地にならねばいけないのか。額に指を当て息をつき、手近にあった布を渡した。

「止血して典医に診せてください」

ばっと顔を上げた彼女はたちまち顔色を明るくさせ、白い歯を惜しみなく晒して笑った。

「ありがとうございます法正殿!やはり法正殿はお優しいですね!」

受け取った布で傷口を包み、再度礼を述べた彼女はまた慌ただしく部屋を出ていった。しんと静かになった部屋で息をつく。彼女と出会った、というには少し語弊があるか。彼女を拾ったのはほんの数週間前。頻出する山賊討伐に同行していた折、大木の下生えで縮こまっているのを偶然自分が見つけた。襤褸布の身なりからして山賊に拐かされたところ逃げ出したか山中で迷ったか。いずれにしろ見つけた以上無視することはできなかったので出自を聞こうとしたのだが、それよりも早く「助けてください!山賊に誘拐されたんです!」と泣いて懇願されたので仕方なく劉備殿が居る陣中へ入れてやった。曰く「山賊に親を殺され村を焼かれ、復讐するためにやってきたはいいものの、唯一の護身であった武器を奪われあわや殺されるところだったのを命からがら逃げ出した」と言う。なんと無計画で無謀なことか、というのが感想だった。細腕一つで挑むなど逆に殺してくれと言ってるようなもの。あまりにも馬鹿らしくて同情さえ湧かなかった。だが、仁心を重んじる劉備殿には甚く響いたようで、悲嘆の涙を流す彼女に「必ず私が仇を討とう」と力強く約束していた。結果から言うと、山賊は容易く殲滅できた。手当り次第に村を襲い、金品と食糧と気分次第で女を奪うと聞いていたので、滅することに労力は差程かからなかった。その後行く宛てもないという女の境遇に同情した劉備殿によって女官として歓待したのだが、何をどう解釈してそうなったのか、爾来俺に何かと絡むようになった。何故劉備殿じゃないんだと訊ねたことがある。曰く「私を最初に助けてくれたのは法正殿でしたから」とのこと。意味がわからなかったのだが、それ以上にわからないのは事ある毎に俺を「優しい」と形容することだった。

「幼い目に裏までは見通せんだけかもしれんが……」

報恩報復を信条としている俺の言など、彼女には一端しか映らないんだろう。事実、彼女は人の言動をそのまま受け取るきらいがある。裏などないといったふうだ。妙齢らしからぬ稚さに呆れると同時に嬉しくもあった。

「せいぜい悪党の機嫌を損ねないようにしてほしいものだ」

返されるべき恩をまだ受けていないのだから。華奢な身体、穢れなき笑み、容易く触れる指を思い出し込み上げる熱を必死に宥める。恨むならこの悪党の手を取った自分を恨むといい。