暑くないのかな、と眼前の彼を見てて気になった。目を刺すような鮮やかな赤をまとい、身の丈を越える長槍を振り回し、勇ましい声を天に響かす。応えるようにして天から降り注ぐ日差しもまた、とてつもなく暑かった。もしこの暑さが彼に呼応するものだとしたら、それはとんでもない迷惑行為なので止めたいと思った。
「これ以上暑くなったら溶けちゃうよ……」
独り言のように呟き、扇子で涼を取る。けれど送られる風はぬるい熱気を孕んでいて、肌に滲み出た汗を冷やすには物足りない。逆効果とまで言えよう。だからって手を休めるとたちまち汗でしとどに濡れてしまうから、結局このぬるい風に甘んじるしかないのだ。早く秋にならないかな。
「暑さに茹だる気配を感じて参上しやした!」
「その声が既に暑い」
「酷いっ……!」
屋根から飛び降りたのは幸村殿に従うくのいちだった。秋や冬になると寒々しく映る格好も、夏になれば涼として映る。軽薄というか剽軽というか、気さくでいながらちょっといらっとする彼女の調子には、暑すぎる日差しに理性が焼かれた今、とてもだが付き合えそうになかった。
「ありゃ?私なんか悪口言われてやすかい?」
「気のせい、気のせい。それよりその西瓜どうしたの?」
彼女がいつも晒している腹部を隠すように両手にぶら下げられていたのは、まるまると大きな西瓜だった。水滴を垂らすところを見るに川にでも浸して冷やしていたんだろうか。よいしょ、と老いを感じさせる声と共に自分の隣に西瓜が置かれる。
「いやあー、善い行いってするもんですねえ。おかげでこんな立派な西瓜が貰えちゃいました」
「くのいちにしては珍しいじゃん」
「一言余計ですう。せっかくだから幸村様とあんたと一緒に食べようと思って持ってきたんすけど、そんな態度だったらどうしようかなあ?幸村様と二人で食べようかにゃあ?」
「そしたら、幸村殿から分けてもらう」
「ちょっ、やめてくださいって!あの人だったら自分の丸ごとあげかねないし!」
「ね。自分でも言ってて思った」
「恐ろしい子っ」
「ぬるくなる前に食べよーよ。見てたらお腹空いてきちゃった」
包丁取ってくると縁側を立ち上がった私の耳に、「食い意地も立派になっちゃってまあ」という彼女の呟きが届いたが、西瓜を前にして上機嫌なので言及はしなかった。いそいそと厨に赴いて包丁を頂戴し、戻ってくる。やはりと言うべきか、幸村殿は変わらず自身の長槍を振るって鍛錬に励んでいる。そう離れていないところでこんなにも美味しい西瓜があり、それを食べようと画策する女二人居るのに、彼にはまるで自分の槍しか視界にありませんとばかりに前を見据えている。首を動かさなきゃこちらのことなんて目に入らなさそうだ。仕方ない、と息をついて名前を呼んだ。
「幸村殿ー!幸村殿ー!」
そこでようやく彼の首が回り、長槍の穂先が下げられる。私を見た幸村殿は「如何されましたか?」と訊ねた。
「くのいちがそりゃもう見事な西瓜貰ってきたんで、一緒に食べましょ」
「そーですよ、幸村様。じゃないと全部食べられますぜ、主に名前によって」
「そうそう。今ものすごーくお腹空いてるから、早く来ないと一瞬でなくなっちゃいますよ」
「では尚更あなた方で食べてください。私は空腹ではありませんし、お気になさらず」
とても穏やかにいつもの調子で言うものだから、つい堪忍袋の緒がぷつんと切れてしまった。縁側から飛び降り、こちらを不思議そうに見つめる彼の槍の柄の部分を握る。突拍子もない行動に彼はただ目を丸くするばかり。訊ねるように名前を呼ぶ彼を睨めつけた。
「西瓜食べるまで離しません」
ぶんぶん振るおうとずっと握りしめてやるんだから。そういう意図を孕んだ視線に気づいてか気づかずか、彼は数回の瞬きの後、ふっと肩の力を緩めて穂先を下げた。下がっていく槍から手を離せば、彼はやんわり笑んだ。
「お気遣いかたじけない。あなたがよければ、この幸村もご一緒させてください」
「もちろん。私優しいので幸村殿には特別に三切れあげます」
「いいのですか?そんなに貰ってしまっても……」
「いいんです、いいんです」
「ありがとうございます」
「……あのー、貰ってきたのは私なんすけど」
「大丈夫、くのいちにもあげるって」
「そういう意味じゃないわ!」
からからと声を上げて笑いながら西瓜に刃を入れる。切る役目を買って出たのは幸村殿だ。疲れることをしたくなかったので、喜んでその役目を売った。暑いのは勘弁してほしいけど、こんなふうに二人と西瓜を食べる夏というのも、そこまで悪くないかもしれない。