がさり、と葉擦れの音で目が覚める。上体を起こし、見渡す前からその原因は視界に入ってきた。
「―――子上ったらまたこんなとこでさぼってる」
それは司馬家に仕える下女の名前だった。腕には食材の入った籠が提げられており、地面に寝そべった俺の隣に腰を下ろした。
「おいおい。こんなところに居て大丈夫なのか?」
「子上に捕まったと言えばお咎めなしです」
「俺が怒られるやつじゃねえか……」
「まあまあ。いい物あげますから」
「いい物?」
言って、籠から包みを取り出す。それには丸く熟れた桃があった。濃い色に染った果実を、丸ごと俺に差し出す。
「ね。駄目ですか?」
いたずらっぽくはにかむ名前の言いたいことを汲み取り、仕方なしに桃を受け取る。素直に破顔した横で、俺は剥くよう頼んだ。携帯用の刃物を取り出して慣れた手つきで皮を剥ぎ、細かく切っていく。どうぞ、と渡された一切れを指で摘み口へ放り込んだ。それに良い顔をしないのが名前だ。
「もう。汚れないようにと手拭きを渡すところでしたのに……」
「いいだろ、これくらい。それより、美味いなその桃。どこで買ったんだ?」
「いえ、これは貰い物なんです。母が良い品を分けていただいたらしくて、私にも食べてほしい、と」
「なら俺だけ食べるわけにもいかねえな」
「え?」
「ほら。口開けろ」
「えっ!いや、大丈夫ですって!」
俺のさぼり癖を目の当たりにしては「今日天気いいですもんね」とか「今日は風が気持ちいいですもんね」とか言って黙認しておきながら、俺が何かしてやろうとすると立場やらを持ち出して途端遠慮してくる。寛容なんだか律儀なんだか。最初こそ扱いに困っていた自分だが、存外押しに弱いと知った今では、いつものか、と流し桃の一切れを口元に強引に運んでやるほど成長した。彼女を言葉で納得させるより強引に頷かせる方が手っ取り早い。耐えきれず唇を開けた隙を突き、ねじ込む。むむ、と目を見開いた名前だったが、流石に吐き出すわけにもいかず結局受け入れた。
「なっ?美味いだろ?」
「………………そうですね」
嚥下したのを確認してから言うと、刺々しい間をたっぷり置いてから首肯する。素直に貰っとけばいいんだよ、と言ったら、これは子上にあげたんです、と睨まれた。
「なら、これは俺がお前にあげたやつだ」
「そういうの暴論っていうんですよ、子上」
「素直に受け取らないお前が悪いんだろ」
「……うるさいです」
負けそうになると逃げる癖も変わらない。ふ、と笑みをこぼすと強めに睨まれた。青い草原で再び寝っ転がり、空を仰いだ。身にまとう衣装に使われている青と同じ色が広がっており、その中を綿毛のような雲が泳ぐように流れていく。降り注ぐ日差しは暖かく、心地よい午睡を誘った。眠気が目蓋に伸し掛った時、隣に座る名前がふと呟いた。
「こんな日が続くといいですね」
息をつくようにして放たれた言葉の音は、願っているようにも聞こえる声色だった。視線だけを滑らして彼女を見る。同じく空を仰いでいるその横顔を、日差しが柔らかに照りつける。吹き抜ける風に心地よく目蓋を閉じ、微笑を浮かべる。
「……そうだな」
それだけを言い、目蓋を伏せる。薄い皮膚の上に刺さる日差しはそれでも暖かく、胸にあるのは平坦で終わりの見えない平穏だ。さっとぬるい風が吹く。草木がさざなみの微かな音を立てた。
「だから頑張ってくださいね、子上」
柔く笑んだその声に返事はしなかった。その代わりに胸中に抱いた決意を改めて固くさせる。ああ、頑張ってみるさ。草葉の陰から見守るお前のためにもな。意識が微睡んだその際で、額に小さく口付けられた気がした。