衣擦れの音に目を覚ます。寝る前に蝋につけられた灯火を消したのだが、それ故に光源となるものは存在しておらず、頼みの月明かりも絶妙な具合に窓から外れている。警戒を露わに、物音を潜めて動向を見守るうちに、ぼんやりとだが人物の輪郭が見えてきた。細い肩、床を擦る布の軽い音、鼻をくすぐる嗅ぎ慣れた匂い。名前を口にするよりも前にその人物が牀に乗り上げた。

「どうした?」

寝起きだろう名前の障りとならぬよう、努めて声量を抑える。自ずと低くなった声色に思うところあったのか、名前は「義封……?」と俺の名を頼りなげに呼ぶ。牀の縁に乗り上げ固まっている名前の腰に腕を回し、懐の中へ引き寄せる。呆気なく崩れ落ちたその体躯を抱き留め、腕をくすぐる柔い髪に指を通した。

「怒ってるわけじゃないんだ」

あやすように髪を撫で付け、今度は努めて優しい声色を意識する。その甲斐あってか腕の中の肩が大きく力を抜き、胸に額を預けられる。髪に塗った香油の匂いが立ち上がり、夜半の空気に混ざりあって甘やかな余韻を残す。そうやってしばし撫でられていた名前だったが、細腕が自分の体にも回されると、今度は彼女の方から寄ってきた。間に生じた僅かな隙間さえも埋めようとするかのようだった。珍しい、と堪らず瞠目する。肌を触れ合うのを厭う方ではないが、好むというわけでもないようで、俺からの要求に応じる形でしか名前は近寄らない。思うところがないわけではないが、いざ対面してみると、胸中を占めるのは変化への困惑だけだった。

「―――寒くて」

知ってか知らずか、小さく落とされる。それに得心した自分は「ああ……」と思い出したような声を上げる。

「お前の手、いつも冷えてるもんな」

夏場でこそ涼を取る名目で触れられるものだからいいが、冬場では却ってこちらが気遣ってしまうほどに凍るのだ。当の本人は慣れたと言って気にする様子はないが、それはそれでどうかと思う、というのが本音。

「だったらもっと普通に来てくれ。そんな忍ぶなよ」

「……起こすわけにも行かないでしょ」

それが、単なる時分を考えての気遣いに留まらないことは知っていた。日が昇り始める頃にここを出る。今度の外征は長引くことになりそうだ、と前に伝えた。名前とは、彼女がまだ女官として勤めていた頃に出会った。その時から変わらず強い責任感を持ち、夫に甘える時さえも相手への配慮を怠らない。色んな感情が溢れ出し、今度は俺の方から強く抱き締めた。

「そんなことお前が気にすることじゃない。それにちょうど寂しかったんだ、来てくれて嬉しい」

「……うん。一気に熱くなったね」

「なら夜が明けるまでずっと触れていてくれ。お前の指も、体も、全部俺の熱で暖めてやるから」

「うん。…………私も義封の熱がほしい」

羞恥を乗せながらも素直に求めた名前に、胸が衝かれる。何しろ、こうもはっきり首肯したことはないからだ。頬にかかる髪を耳にかける。絹のようにさらりと滑りの良い髪は、香油の匂いも合わさって恍惚とさせた。触れた肌はほんのり熱く、柔い。胸に額を預けていた顔がそろりと持ち上がり、暗闇の中でも鈍い光を宿す双眸とかち合う。真っ直ぐに、ただ真っ直ぐに、しかし鮮烈な炎をその奥に閉じ込めて。ぎほう、と艶やかに放つ唇に吸い付く。背中に回されていた細い腕は、自分の首に回された。