いつも通り雇い主である鍾会様の護衛に勤めようとしたら、呼び止められて「一刻ほど経った後に私室へ来い」と言われた。何故間を置くのか訊ねても「いいから時間を潰して来い」と押し切られてしまったので、それならばと雑務に取り掛かろうとしても駄目だと一点張りでしまいには邸宅から追い出されたので、手持ち無沙汰の自分は仕方なく街をぶらつくことにした。
「――鍾会様。一刻ほど経ちましたので戻りました」
約束の一刻後。彼の房前で声を上げれば「入れ」との返答。声音がやや硬い気もするが、何かあったんだろうか。入室し、拱手しようとした私の動きを片手を上げて制する。うんやっぱりおかしい。何かあったんだろうか。
「それより何か言うことはないのか」
「お耳に入れるようなことは何も」
「……お前には呆れて言葉を失くすよ。目の前にこれだけの報酬が並んでいるのに、それが目に入らないなんてね」
鍾会様の文台の隣には、豪華な物が山積していた。目を覚ますような色合いの衣から射し込む日差しによって燦々と照る宝玉まで。うっすらと漂うこれは天心の匂いか。物とはちょっと距離を開けたところに食べ物も置いてある。
「凄い量ですね。流石鍾会様です」
「私の凄さを理解できる点は褒めてあげるよ」
「包子、饅頭、粽子、これは今焼かれた油条ですね。どれからにいたしますか?」
「……は?」
「毒味をするんでしょう?頂き物を選定しなければどれに何が入ってるかわかりませんよ」
「何故そうなる!これは私に宛てられた物ではない!」
「そうなんですか?」
「あっ、いや、違う、そうではない。……そう、これは下賜だ。取り入ろうとする連中から体裁上貰ったはいいものの、どれも私には不相応でね。お前にあげることにした」
「はあ」
「もっと嬉しそうにしたらどうだ」
「いえ、珍しいこともあるんだなと驚いてました」
「なんのことだ」
「鍾会様、自分が認めた人以外からの物は受け取らないじゃないですか。同類にされたようで不快、と以前おっしゃっていましたし」
思い出したようで、その顔色にさっと朱が走る。何かまずいことを口にしたろうかと思ったが、この程度で機嫌を損ねる人じゃないのは長い付き合いで承知していた。そうか、この方とはそれほどの年月が流れていたのか。鍾会様と初めて会ったのは、養父が仕えているという鍾繇様に紹介された時だった。その頃には腕が立つようになっていたので、鍾繇様に気に入られた私は護衛係と称して息子の鍾会様に就くことになった。あの頃は確か数えて五つほどだったか。傲岸不遜の芽は出ており、今より言葉と表情がいろんな意味で素直だったので敵も多かった。人の機微に疎い私からすれば、彼の有り体にぶつけてくるところに正直助かっていた面があり嫌い抜くことはできなかった。鈍間、馬鹿者と謗りながらも説明上手な彼は今や立派な武将へと成長し、昔より多くの敵も作った。振り返っても懐かしい気にならないのは不思議だ。
「聞いているのか!」
突如上がった声量に我に返る。
「すみません考え事してました」
「なっ……、主の前でいいご身分だな」
「はあ。すみません」
「……もういい。どれでもいいからさっさと持っていきなよ」
息をついた後、退出を促すように手を振られてしまったので、言われる通りに動くことにした。本音を言えばどれも無用の長物なのだが、以前同じ状況になった際にそれを言ったら「主を立てる能もないとは無粋な奴め」と臍を曲げられてしまったので、今回は渋々選ぶことにした。房の隅で異質を放つ贈答品を改めて見る。衣は要らないな。もうあるし。宝玉も、持っててどうすればいいかわからないので無し。髪飾りが謎に混ざってあったが、多分これは誰か間違えて入れたようだ。鍾会様は身嗜みに気を遣う方だが、髪飾りをつける方ではない。となれば。
「ではこれをいただきます」
声に反応し視線が送られる。
「悩んだ挙句それとはね」
手に取ったのは焼き立ての包子だった。箱越しでも良い香りが鼻をくすぐり、不覚にも食欲が煽られる。
「好きなんです、包子」
「ただの料理人が作った包子のどこに宝玉より勝る点があるのか、理解に苦しむよ」
面白くなさそうに言い放つ彼に、ふと疑問が湧いた。
「誰が作ったのかわかるんですか?」
「は?それは当然――」
言いかけた途中、鍾会様の顔に朱が走り、ぐっと唇を噛んだ。しまった、といった顔だ。何故そういう反応になるのかわからず見つめる私に、鍾会様は何も言わない。言わないというより言葉を選んでいるふうに見える。そこで思い至った。
「…………もしかして私への報酬ですか?」
そうだ、今思い出した。昔もあった、こういう状況。あの時も同じように貰い物だと言われて、その実私への報酬だった。月日が経ちすぎてすっかり失念していた。だんまりなのは図星と見ていいだろう。
「言ってくださればいいのに……」
「うるさい!わかったならさっさと受け取って出ていきなよ!お前のような凡人とは違って私は忙しいんだ」
「はいはい」
「あ、あしらったな……!?英才教育を受けたこの私をっ……!」
ふるふると羞恥に拳を震わす姿に、ふと笑みがこぼれる。らしくないとわかっていても、不思議と彼には絆されてしまうのだ。