餅を食べ進めることだけに忘我する名前に言葉を投げた。
「貴様はどんな世を望むのだ」
女は最初は美味い美味いと喋る方だったが、五つと食べた辺りから無言になったので、飽いたのだ。胡座をかき、片方に肘を突く。退屈を紛らわせよ、と言外に求める要望を悟った名前はこちらを見、手を止めた。
「意思を持たぬよう訓練された忍に聞きますかそれ」
「意思を持たぬ者が図々しくも主に餅を所望するものか、馬鹿め。貴様はそんじょそこらの忍とはとうの昔に逸脱しておろう」
「お褒めに預かり光栄、光栄」
「さらりと流して餅を食おうとするな!褒めてなどおらぬわっ」
「元気ですねえ政宗様」
などと口では言うものの、目は完全に「うるさいなこいつ」と語っている。隠す気などないくせに取り繕うような真似をされ、ますます苛立ちが強くなる。食べかけの餅を嚥下したところで改めて名前を呼ばれた。
「たらふく餅を食べたいです」
「今でもしておるだろう」
「……………………私だけでなく、農民も政宗様もみんなもです」
かなりの間を置いた後に呟かれた本意に、図らずも瞠目してしまう。給金第一で給金以上の働きはしない、と初対面の時に言い切ったほど他人と関わることも他人に感情を割くこともしなかった名前が、到底吐くとは思えない言葉だったからだ。そしてそれは本人も自覚しているようで、続けて「他人の飢えた顔を見ながら食べる飯は美味しくないので」とあたかも自分のためを装って付け加える。
「やはり貴様は馬鹿だ」
「ええぇ……。急に罵倒するとか酷いです。我ながららしくないこと言った自覚あるのに……。少しは労わってくれても―――」
「民が食える飯にありつけるようにするのは、国を治める身として当然のこと。改めて望むほどでもなかろう。もっと大きい野望はないのか」
民を飢えさせるようなお飾りの君主と思われるのが不快だった。それだけのこと。しかし名前は黙り込むと、へらりと笑って「ないです」とだけ言った。つくづく変な女よ。そう思った。
―――砂塵が舞い上がる戦場。鼻を衝くのは火薬と死体と血の臭い。呼吸する都度、煙たいのと不快な臭いが喉にこびりつき、胸中を苦々しいものが満たしていく。馬蹄の音と剣戟の音は何処か遠くに感じ、眼前の光景のみを脳裏に焼き付けていた。いや、意図せずともこの光景が後生脳裏を離れることはないだろう。それでも目を逸らせないでいたのは、ひとえに自身も負傷していたからだ。そうでなくば結果を理解した光景にいつまでもうつつを抜かすはずがない。握っていた刀をさらに握り締め、空いている手を丸めて握り拳を作った。どろどろしたものが喉を押し上げる。
「馬鹿めが!!!」
押し止めていた怒りをぶつける。それはきっと視界を遮る砂塵をも薙ぎ払う怒声だったんだろう。刀を一振し、不明を斬る。切り口から現れたのは、地に伏す女の骸。ほっそりした体格で、あらぬ方向へ伸びる腕のなんと華奢なことか。その指先が引っ掛けているのは己の得物とする短刀であった。物言わぬそれには大量の血が付着しており、乾いているのかうつ伏せの彼女の顔には土砂もこびりついている。目を見開き、生気が抜けた瞳を晒している。その先に捉えるものなどなく、生命に溢れていた輝きもない。何処までも冥く、冷たく、もはや生者の欠片もなかった。ここまで理解していて尚、自分の脚は動かない。微動だにしない。ただただ怒りだけが先行してそれ以外が追いつかない。裏切られた、と思った。たらふく餅を食べたい、とは名前の言だ。そのために政宗様に天下を取らせる、とも加えていた。大言壮語したのならば、眼前の光景はまさしく裏切りとしか言いようがない。
「死ぬなら餅を詰まらせて死ねば良いものをっ……!」
ああそうだ。それなら納得してやっただろう。女らしくないこの女の末路はそれが相応しかった。品性の欠片もなく餅を好きなだけ入れ、詰まらせて死ねばよかったのだ。怒りに腕が勝手に動き、名前の体を抱き上げた。初めて抱く彼女の体は重く沈んでいて、常に甘やかな匂いをまとわせていたのに、今では血と死臭のみ放つ。横へ倒れる顔を無理やりこちらに向かせてやっても、その目は自分を見ていない。一介の忍のくせして主に背くとはなんと不敬か。胸を満たす万感の想いは、けれど何一つとして形を成さなかった。