いつからだろう。いつからその目と対峙できなくなってしまったんだろう。その目がほんとうは誰よりも好きだったというのに。前を、ただひたすら前のみを見据えて槍を振るう強い目。希望にあふれた目。燦々と照る太陽のようだ、と以前彼に喩えたことがある。大層なものじゃない、ときみは赤くなったけど、そんな顔貌も含めて眩しく映った。私はその時決心した。この人に何処までもついていこう、と。この人の力となって道を切り開いてやりたい、と。背中を預けられるまでに腕を磨き、二人で一つとまで謳われるほど信を置かれ、求められるがまま駆けてきた。ただきみの背中を追って、ひたすらに。そしてふと脚が緩む。駆けて、駆けて、振り落とされないように動かす脚が止まったと同時に、周囲に誰も居ないことに気づいた。後ろにも横にも誰も居なくて、追いかけるきみは遥か先を独走している。背中は刻一刻と小さくなっていくのを見て、ようやく私たちは道を失ってしまったんだと悟った。彼の武を褒めていた誰もが居なくなった今、胸裡に灯るのは漠然とした不安。それは霧のように広がり、彼の道行を隠してしまう。駄目だ、それ以上はいけない。何度も冀うのに声は届かない。もう走らないで。もう行かないで。戻ってきて。叫んで叫んで、思わず落涙しても尚、彼の背中は小さくなっていく。私は絶望した。彼はもう二度と立ち止まってはくれない。その先がなんであっても突き進むと知って、膝を折ってしまった。この槍は一体何を切り開いてきたというのか。
「―――まだ諦めるな。もうすぐ、もうすぐなのだ。あと少しで我ら蜀は日の目を浴び、見事蘇る!」
道半ばでへたりこむ私に彼は手を差し出す。愕然と目を瞬かせた。ああ、こんなところでもきみは眩しいのだね。久しぶりに正面から受ける彼の眼差しは、在りし日を想起させるほど眩く純粋で、泣いてしまうほど稚い。目蓋を伏せ、彼の視線から逃げる。正面から対峙するにはあまりにも純粋すぎた。彼はこの道が何処に続くかなど、見えていないんだろう。脳裏に描く蜀漢の目覚しい復興のみを見据えて走る。熱を失っていく心臓を抑え、私は差し出された手を取った。暖かく、大きい武人の手。何十人もの屍を作り上げた手をしている。確かめるように力を込めて強く握る。目蓋を上げて彼を見た。
「何処までもついて行きますよ、姜維殿」
その言葉に彼は破顔する。ええ、もう一度この槍を振るいましょう。そして最期まで一緒に。行き着く先がたとえ冥府の畔であったとしても。