今日も素敵ねえ、と誰かの声が届いて思わず顔を上げる。遠目にこちらを見ていた女官たちと顔が合い、彼女らは罰が悪そうにそそくさと散っていった。

「―――おい、話を聞いているのか」

不機嫌を露わにした声に横面を叩かれ、視線を戻す。正面には眉根を寄せる鍾会、眼下にはケ艾殿の情報を元に作られた地図が広げられている。暇なら付き合え、と強引に房に引き込まれ、彼の考えを聞くという苦行に付き合わされていた。

「私なんかに聞かせてもわかりっこないんですから、軍師殿たちに聞かせてくださいよ……」

「私の考えを理解する頭も持たぬ暗愚共に、何故話してやらねばならない?」

「私ただの傭兵ですよ」

「一介の傭兵よりも目が利かぬようなら尚のことだ」

あけすけに批難してみせるものだから、何処ぞの誰かに聞かれても知りませんからねと内心送っておいた。彼の為人は長くない付き合いでも重々理解しているつもりだ。それでも毎度この敵を作る物言いはどうにかならんものかと辟易する。心配も少しはあるが、聞いてて気分はよくない。けれど口にする気はなかった。彼の言う通り自分は一介の傭兵。遥か上に位置する彼に助言など、それこそ越権行為というものだ。

「それにお前は私の話を頭ごなしに否定しないだろう」

そりゃあ傭兵ですからね。いくら凡人には理解しきれない策であっても、自分の命がかかっているとあれば相手しますとも。

「そういえば……」

思い出したように声を上げた私に、彼は「なんだ」と返答する。持ち上げられた視線を受ける。

「さっきそこを女官たちが通り過ぎたんですけど、みんな鍾会殿を褒めてましたよ。素敵とか、見目麗しいとか。これも英才教育ってやつなんですかね」

「…………この私が、お前でも理解できるよう噛み砕いて説明してやってるのに、そんなことにうつつを抜かしていたのか」

恨めしそうな叱責を送られたが、入り込んできたものは仕方ないだろう。だって何処歩いてても鍾会殿を褒める女官は多いのだから。主にその麗姿について。そう言うと彼は鼻を鳴らして「当然だ」と自信満々に言い切った。照れ隠しかと思ったが、これといって喜色を浮かべているわけでもなく、至って平時の表情をしていた。彼にとってそれらは送られて然るべき評価なんだろう。

「存外人を見る目があるようで安心したよ。軍師のみならず女性まで盲目かと思ったからね」

「鍾会殿でも女性からの評価は気になるものなんですね」

「……人の話を歪曲しないでもらえるかな」

どうやら違うらしい。男の人って難しいなあ、とか考えながら饅頭を噛む。うん美味い。あとで厨房にお礼言いに行かなきゃ。

「でもあの人たちの言わんとすること、わかるなあ」

「は?」

「だって実際、鍾会殿って綺麗ですもん。私もただの女官だったらあの人たちみたいに影で褒めてたかもしれません」

孤児だった自分は傭兵として食い扶持を探すため、女のありとあらゆる機微を落としてきた。ある程度身を立てた今でも風情だの趣だのは理解できない。花なんて食べれるなら重宝するし、芯に毒があるならもっと重宝する、くらいにしか考えてない。以前それを「仮にも女なのだから花くらい嗜んだらどうだ」と鍾会殿に言われた時に返したら、えらく憐れみの眼差しを送られた。それほど情緒に疎いと自負する私でも、鍾会殿の顔貌には目を惹かれてしまう時がある。たとえば書簡を読む横顔とか、蝋燭の淡い灯りが乗った時とか。上手く言い表せられないけど、なんかそういうの見た時、ああ綺麗だなって感じるのだ。そう言ってやると、何故だか鍾会殿は目を丸くさせた。

「お前―――」

「あ。これが鍾会殿の言う女らしさってやつなんですかね。じゃなきゃ鍾会殿のこと、綺麗なんて思うわけないですし」

我ながらかなり的を射た言い分だと思ったが、これまた不思議なことに鍾会殿の顔がみるみる不機嫌に歪んでいく。

「あれ鍾会殿?具合でも悪いんですか?」

熱でもあるのかと伸ばした手は打ち払われ、何を言うでもなく房から出ていってしまわれた。うーん。厠に行きたかったのかな?私はそう結論づけ、空腹を埋めるためとりあえず厨房へ向かった。