今日は団子屋の娘だった。仔犬のようにぱっちりした目と人懐っこい笑顔が魅力のその娘を、彼はさながら高貴な姫といわんばかりに口説いてみせるも、文学に明るくないらしい彼女には伝わらないようで、目を丸くして首を傾かせていた。

「おやめください、孫市様。困っておいでですよ」

後ろから首根っこを掴んで引き離せば、掴まれていた娘の手がはらりと落ちる。困惑を見せる彼女に笑いかけてやれば、それをどう受け取ったのか、ありありと胸を撫で下ろして店の中へ入っていった。追いかけて認識を正す気も起きないのは、目の前の男が娘から視線を外して私を見ているからだろうか。

「雑賀衆の頭目ともあろう方が昼日中から彷徨かないでください。少しは私の心労をお考えくださいませ」

「色男は手がかかるって言うだろ?」

「そうですわね。西国の立花宗茂様も大変人気のご様子ですし、そうかもしれません」

「おいおい。なんでそこであいつの名前が出るんだよ」

俺の方がよっぽどいい男じゃねえか、と至極真面目に言うものだから返答が億劫になった。

「それより至急お戻りください。依頼の方がお見えです」

雑賀衆は地侍が集まってできた傭兵集団。数多の鉄砲を集め、自在に扱い、受けた仕事を遂行する。内容も都度変わり、これといった主君もない。誰かに仕えず、誰かに縛られることもない。一歩違えば無法者となる私たちがそれでも唯一頭に据えるとすれば、それは頭目である彼ただ一人。彼のためであれば、たとえ仏に銃口を向けることになろうと、私は構わない。その覚悟は彼に拾われた時にできている。

「―――孫市様」

先を歩く背中に言葉を投げれば、彼は首を巡らせ私を見下ろす。肩にかけられた布が風になびき、その先が微かに頬を掠めた。

「何処までも何時までも、貴方様にお供します」

彼は薄く笑う。私も同じように笑ってみせる。ガラシャ様は以前この感情を「恋」だとおっしゃった。飾ればそういうふうにも見えるかもしれない。一時は自分も納得したものだ。けれどそれは違うとすぐに気づいた。これが恋慕であるとは思えない。あるはずがない。恋慕と飾るにはあまりにも重々しく、おどろおどろしく、おびただしいくらいの黒い感情が混ざっている。喩えるならそう―――汚泥だ。澄んだ水に泥を投げたら、それはたちまち澱んでいく。きっと恋慕はあったのだろう。しかし気づかぬうちに黒い感情を入れすぎていたのだ。結果、できあがったのはあまりにも淀んで歪となった何か、だった。それは恋慕とは言わない。私も知っているし、彼も見抜いている。知って尚、彼は正すこともなく糾すこともなく、素知らぬ顔で傍に置く。これは恋ではないし、この関係も清いものでもない。けれど人の道から外れた私たちには、これがお似合いなのだ。





盲目的な恋だと人は呼ぶけれど
白鉛筆様からお借りしました。