何も考えずお読みください。



濃紺に昇る白煙は細くうねり、余韻も残さずに夜気に溶けた。

「―――あなたが不摂生など珍しいね」

後ろから声をかけても振り向かないのが彼女という人間だ。代わりに視線を寄越され、咥えていた細長い管を口から離す。妙齢の女性の中ではとりわけ低い声が、落ち着いた様子で自分の名前を呼ぶ。

「なに。たまには自分を労わってやらねばと思いましてね」

揶揄うように口角を吊り上げる。空から注がれる銀色の月明かりが名前の横顔を照らし、伏せられた睫毛が頬に濃い影を伸ばす。再度管を咥え、吸う。ゆっくりと膨らんだ胸は同じくゆっくりと沈み、管を離した唇から薄い白煙が吐き出される。冬の夜明けのように張り詰めた夜気に煙草の匂いは際立ち、肩が触れ合う距離に立つ自分の鼻先から脳にかけて上ってきた。

「美味しいかい?」

「不味いですよ。喩えるならあなたがいつも飲んでいる薬湯より不味いです」

「そう言う割にやめる気はないんだね」

「言ったでしょう。自分を労わってるんですよ」

悪事が成功した子供のような笑みを口端に乗せた彼女に、堪らず肩を揺らす。

「御医であるあなたには常日頃お世話になっているのだから、そういうことなら私に任せてほしかったな」

「……御医であるからあなたには頼りたくないんです。郭嘉殿」

しばしの間を置いて返された言葉に「何故?」と聞き返す。彼女がどういう意図でそれを紡いだかまったくの不明であるわけではないが、それでも胸裡に秘められた一粒を彼女自ら見せてほしいと思った。にわかに困惑を浮かべ、自分に固定されていた視線を居心地悪そうに外す。努めて穏やかに待つ構えをとっていると、とうとう折れたのは彼女の方だった。白旗掲げたといわんばかりに息をつき、再度視線を寄越す。

「こうすればあなたに近づけると思ったんです。
……こんな健康体自分でも」

胸裡の奥底に秘められた一粒が転がり出る。拾い上げるように彼女の手に触れる。手の甲を辿り、日々様々な薬草に触れてかさついた指たちを絡め取ると、手中から管が落ちた。あ、と声を漏らし音を立てて床にぶつかった管へ落とす視線を持ち上げる。軽々と傾いた体を抱きとめ、見上げた名前の唇に自分の唇を合わせる。なんの草かわからないが、若干苦味を覚えた。長いこと居たんだろう。唇はすっかり冷えてしまっていて、熱の差を如実に感じた。月光を閉じ込めた双眸で自分を見る彼女の頬を撫でる。

「寂しさは誰であろうと等しいもの。こういう時は私を呼んでほしい。私のために」

「…………ずるい」

責める語調に声を上げて笑ってみせる。

「狡いからあなたを大切にしたいと思ってしまうんだ」

彼女にとって自分という存在が毒でしかなくとも、その毒にいっそ生かされてしまえばいいと思ってしまうくらいには、自分は狡い人間だ。毒が抜けても毒に殺されてもいけない。毒に犯されたまま生き続けてほしい。そうすればきっと彼女の中枢で自分はいつまでも巣食うことができるだろうから。





呼吸の代わりにキスをしよう
白鉛筆様からお借りしました。