陸遜に呼ばれて私室に赴くと、肩を掴まれ扉に押し当てられた。強打した痛みに短く呻きながらも彼の名前を呼ぶが、前髪に隠れて表情は見えないし何も言ってくれない。
「陸―――んんっ」
話している最中にも関わらず、彼に唇を押し付けられた。孫呉の軍師として若いながらも卓越した智勇で用兵する彼からは程遠い荒々しさだった。矢継ぎ早に降る口付けに弄され、抵抗の余地は与えられない。息が苦しくなって口の合わせを緩めると、ぬるりとしたものが割って入ってきた。それが舌であることは瞬時に理解したが、こうなっては歯止めは利かないことも身を以て知っているので、好きにさせた。
「ん……、ふっ……」
自分の舌を絡め取り、口内を嬲る。気が逸っているんだろうとは察せていた。怒りか情欲か。しかし日が昇っている時分に理性を飛ばす彼ではない。同じように、自分の怒りを理不尽にぶつけたりしない。きっと私絡みで事があったんだろう。肩を押さえつけられる力が一段と強くなる。痛みに我慢できずに彼の胸を叩くも、逆効果。しまいには脚を割入れられ、いよいよ不味いとここに来て警鐘が鳴った。
「待っ……、これ以上はっ……!」
渾身の力を込めて胸を押し返すと、ようやく肩を抑えていた手が離れていった。
「―――会うんですか、あの男と」
「男……?」
唐突に落とされた言葉を上手く咀嚼できず、聞き返す。顔を上げた陸遜は私を真っ直ぐに見据える。その双眸には明らかな怒りが火花を散らしていて、彼はもう一度言った。
「昼を一緒していた男との会話を聞いたんです。夜、酒屋に行くと話していたでしょう」
「…………陸遜」
なるべく落ち着いて名前を呼ぶ。それが彼にどう映ったかはわからないが、一瞬傷ついたような目をした。
「なんです」
声が硬い。こちらの落ち度で彼を怒らせた事例はあるが、傷ついた顔をされるのはこれが初めてだ。激しい罪悪感が胸を苛む。
「話していた彼ね、…………私の兄なの」
申し訳なく言い放つと、室内に沈黙が訪れる。両者何を言えばいいかわからず、沈黙が長く続く。ぽかんと目を丸くした彼は後退り、そして一言。
「……すみません。私の不明であなたに迷惑をかけました」
力なく項垂れる彼。なんと言えばいいか迷ったが、とりあえず。
「その……、陸遜も来る?酒屋」
先程の罪悪感は何処へ、胸を占めるのは嬉しさだった。それが声にも現れていたんだろう。顔を背けた彼は「いえ」とだけ返す。髪から覗く耳は見事に赤く染っていた。